11-2

 アウラは、自身の指先に視線を落とした。

 昨日見たラヴェンディアは、確かに手袋をしていた。黒い革の手袋だ。その指先の色などわからない。腕も足元も、しっかりと衣服で覆われていたし、唯一剥き出しだったのは顔の肌ぐらいで、その肌は透き通るほど白かった。


 自身が指先から崩れていく。それは、どれほどの恐怖を伴うのだろうか。


「つまり、あくまでこちらのセラフィムくん曰く、ってことでしかないんだよ。ラヴェンディアが呪法士、ってのはね。しかも、セラは獣人ではあるけど、猫じゃないんだ。ここにいるぼくらは猫とか兎とか、そんなことにたいしてこだわりはしないけど、その感覚が一般的でないことはわかってる。そのセラの感覚を根拠に、政権に楯突くことを良しとしてくれる者達が、どれほどいると思う?」

「期待は、薄いと思います……」

「その通り」


 メイの補足説明に、マリエルは悔しそうに唇を噛み締めた。


「ひとつ、疑問が」


 アウラが話を聞くのに夢中になっている間に、それぞれの前から朝食の食器を下げたレオンが、人数分のカップにお茶を注ぎながら口を開いた。


「あ、お茶。相変わらず気が利くね。ちょうどそろそろ欲しかったんだ。……で? なに?」

「ラヴェンディアが呪法士であることを疑うわけではわりませんが、奴はなぜ、まだ生きているのです?」


 レオンの疑問に、メイが、重い溜息を吐いて、頭をがしがしと掻いた。


「あー……うん、それね。それな。……まじで、今さらなんだけど、それを最初に調べとけば、まだ色々やりようはあったんだよ。セラが呪法士なんて言い出した時点で、あいつの手袋剥いどくべきだった」


 急に口が重くなったメイに代わり、やはり気鬱そうなセラが口を開いた。


「今さらだな。普通、呪法士とか思わねえだろ。オレだって、あの時点ではまだ半信半疑だったしな。あの鳥野郎、確かに元々尋常じゃない魔力量だったんだとは思うぜ。たまにそういう奴はいる。妃殿下とかな。だからたぶん……、いや……」

「なんだよ。今さら言い淀むな」


 珍しく何かを言い淀んだセラに、ジルの口調が少し強めだった。


「……たぶん、操る対象が妃殿下だったのは、元々知り合いってのもあったのかもしれんが、それ以上に、……魔力を、溜め込んでおける的な意味合いもあったんじゃねえかと思う。妃殿下の魔力量も破格だ。隣にいりゃ、引き出し放題だろ。魔力を蓄えておく、水袋みたいな扱いなんじゃねえかと思う。ただ、あくまで一時しのぎだ。あの鳥野郎は、そんなんでどうにかなる話じゃない。なんせ常に垂れ流してっからな。だから、出ていく以上に取り込む必要がある。……こっから先は、昨日お前らと別れた後調べたもんだ。あの鳥野郎、魔力を他から調達してやがる」

「他……?」


 セラの言葉に、ジルが眉を顰めた。


「タイル神聖国との国境沿いの村が、村ごと根こそぎやられてる」

「は……?」


 ジルが、一瞬呆けたような顔をした。マリエルが、目を瞠る。


「ある程度あたりをつけて、とはいえしらみ潰しってわけにはいかねえからな。確認ができたのは三か所だが、全て無人になってた。他にもそういう場所があるかもしれん」


 セラの言葉は淡々としていた。淡々と、ラヴェンディアの所業をつまびらかにする。


 アウラの心臓が、うるさい。

 これまでも、十分酷いことが起こっている。それでも、今明らかになったその行いは、決定的にシャノワ王国を損なう行為だ。


「人が、いない……? どういう、意味だ」

「言葉通りだ。誇張でもなんでもなく、生死問わず、誰一人確認できなかった。死体もない。いつ無人状態になったのかもわからんが、状態から見て比較的最近ってところもあったように思う。いきなり人だけがいなくなった、そんな感じだ。争った形跡もなく、略奪の後も無い。獣が食い散らかした跡もな。洗濯物がそのまま干された状態で、食事が並んだテーブルがあった。生活の跡がそのまま残されているのに、人だけがいない。抜け殻みたいな衣服があちこちに落ちてた。調べてまわったが、金品の類がそのまま残されていたから、ちょっと変わった引っ越しって線もないだろう」

「それを、ラヴェンディアがやったと……?」


 蒼白な顔で、マリエルが呟く。ジルも様子に大差はない。


「人も物も、全て、魔力によってその形を保つことができている。全ての人が魔力自体は持ってると言い換えてもいい。人が人の形を保つために絶対に必要なものだ。魔法士でなかったとしても、同じこと。魔力がなくなれば、人は人としての姿を保てず、肉体は空気中に溶けてなくなる。人だけが消えた、という状況に該当する事態だ。まあ、これもあの鳥野郎がやったという証拠は無い。お馴染みの状況証拠だな」


 王族の二人に対し、それを語るセラは冷静に見える。


「他者の意思を奪い操る、他者の魔力を奪う、これは二つとも禁呪だ。泥沼みたいな状況だが、奴はそうやって今自分を繋いでる」


 マリエルが、震える声で言葉を紡ぐ。


「それが、発覚すれば……」

「それが発覚すれば、確かに多くを味方に付けられる。消えた村はひとつじゃない。冷静でいられないぐらいの被害だ。証拠なんて、ぶっちゃけどうとでもできなくもないぐらいね。感情に訴えて動かせなくもない。ただし、証拠がない以外にも、大きく二つの問題がある」


 マリエルの言葉を継いだメイが、指を二本見せつけるように顔の前に立てた。


「まず一つ目に、時間がかかり過ぎる。それを周知し説明してる間にどんどん奴に食い物にされて民が消える。それでもいいなら」


 メイが、ジルを伺うように見た。


「いいわけあるか!」


 それに、激高したジルがテーブルに強く拳を打ち付けた。

 ジルとは異なり、メイの言葉も、表情も冷静だった。


 村とは、どれだけの人が生きているものだろう。どれだけの、人々が損なわれたのだろう。ジルの、大切な国と、民だ。一体、どれだけ。


「……だ、そうだ。まあむしろ問題は二つ目なんだけどね。さっき言った通り、被害に合ってるのは国境沿い。タイル神聖国、鳥の獣人の国との国境沿いだ。下手したら、戦争になる」


 戦争。

 あまりに、重い言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る