11 禁忌の魔法士

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 堂々と言い切ったマリエルの発言に、メイが満足げな笑みを浮かべ、ジルに視線をやった。少し驚いた風に目を瞠ったジルが、その視線を受けて頷く。


「……なんです、この空気感。わたくし、変なことを申しましたか」

「いや、関心しただけ。むしろとても良い。思ったより、賢いお姫様だったんだな、って、ぼくは今とても喜ばしく思っている」

「馬鹿にしてません?」

「まさか」


 不審そうに顔を顰めるマリエルに、メイは構わず言葉を続けた。


「お姫様の言う通りだよ。ぼくたちは、ジルが自分の父親を手にかけてないことを、そんなことをするわけがないこと知っている。妃殿下の元々の人となりを知っている。だから、あの状態が正気であるとは思えない。でもだからといって正気じゃないすなわち呪法、とはもちろん普通はならない。ラヴェンディアが呪法士だっていうのもね、確かに奴は強い。優れた魔法士であることは明白だ。でも、優れた魔法士であることが、呪法士であることの証明になるわけじゃ、もちろんない。意外と、痛いところをつくね」

「メイ」

「お姫様、君の懸念は尤もだし、君がぼくたちを疑っているわけでないことももちろんわかってる。それでも、盲目的にぼくらの主張を信じないで、ちゃんと自分で考えたのは、とても良いことだ」


 窘める声を上げたレオンを片手で制し、メイがマリエルを……おそらく、褒め称えた、ような気がする。


「まず、結論から言おう。ラヴェンディアが呪法士であることはほぼ確定だと思って貰っていい。ただ、それを理由にして、諸侯や官、騎士たちにこちらに付いてもらって、ことを構えることはできない」

「なぜですか」

「君がさっき言った通りだよ。提示できる証拠がない。まず第一に、ラヴェンディアが呪法士であることをつまびらかにできるなら、それが一番話が早いんだけどね。それはちょっと難しい。――その辺は、専門家に解説お願いしようか、そもそも奴が呪法士だ、って言い出したのもこいつだしね。天才の名を欲しいままにした、魔法士のセラフィムくん?」


 指名されたセラは、大きな瞳でギロリとメイを睨みつけ溜息を吐き、それでも律儀に応えた。


「ムカつく言い方すんな。……いいか、呪法士の定義は、まず第一に魔法士であること。その魔法士が禁呪を使うか、無理やり精霊を従わせるか、そのどちらかで精霊に嫌われることだ。精霊に嫌われてあなを開けられた者。それが呪法士と呼ばれる。だが、そのあなは人に認識することはできない。そもそもな、禁呪なんて使った時点で大抵の奴はその場で消滅する。精霊って奴は容赦ねえからな。精霊を従わせるために魔法陣に強制力を付与するでも、禁呪を使うでも、魔力をごっそり持って行く。ここで生き残ったとしても、長くはもたない。残った魔力もあなからどんどん流れ出すからな。すぐに消えることになる。呪法士や禁呪の存在が一般的に知られてないのは、その辺も理由だ」


 セラが、自身の掌を皆に向かって顔の前で広げた。その手は意外に骨ばっていて大きく、滑らかな肌は指先まで白い。


「呪法士は、末端、特に指先が壊死によって黒ずんでいくらしい。それは魔力が通わなくなり、末端の肉から腐っていくからなんだと」

「ラヴェンディアの、指先は?」

「手袋をしてた。指先がどうなってるかはわからん」


 マリエルの声に、応えたのはジルだ。確かに、ラヴェンディアは両手に、黒い手袋をしていた。


 自身の白い手に視線を落とし、セラは指先を握り込んだ。


「黒くなった指先を他の奴に見せて、ほら呪法士だ、なんて言ったところで、だ。他人の魔力量なんて皆が皆わかるわけでもねえしな」

「……では、セラは何を根拠にラヴェンディアが呪法士であると?」


 マリエルの疑問に、セラが僅かに言い淀んだ。


「……魔法士の、魔法士としての資質を左右するのは、魔力量、質、精霊との相性だ。ただし、相性ってやつは、質と同義で語られることも多い。普通のやつは気配を感じることも、声を聴くこともない精霊との相性なんてな、言ったところでわからんだろ」

「ちなみにぼくはそもそも魔術士であって、魔法士じゃない。魔術士は、精霊の奇跡に縋らない人の技術だ。奇跡に頼らない分、莫大な量の魔力ってコストがかかる代わりに、精霊との相性とか好き嫌いに左右されることがない。このぼくも、他人の魔力なんてそんな正確に読み取れるわけじゃないし、精霊の様子なんてまったく、わかんない。でも、セラはわかるんだよね?」


 メイに言われたセラは、ひとつ深い溜息を吐いた。


「オレは、精霊との相性が良いし、気配もわかるし、声みたいなもんも聴こえる。ついでに魔力に対し鼻が利く。理由なんて知らねえから聞くなよ。ただの体質だ」

「ちなみに、程度の問題とかじゃないよ。精霊の声が聴こえるとか姿が見えるとか感じるとか、言う奴は結構いるけどね。大体気のせいで錯覚、あるいは虚言。自分は特別だと思いたいだけ。思春期が幽霊が見えるとかって言っちゃうアレと同じで、ほとんどの人には精霊の気配も声も感じることはできない」


 メイの補足説明にセラが頷いた。


「まあ聴こえたからなんだってこともないし、最悪、思春期か虚言扱いされるだけだ。あんまり吹聴は薦めない」


 ちらりと、セラの赤い目がアウラを見たような気がする。気のせい、かもしれないけど。


「とにかく、このセラくんは精霊さんたちに大人気なんだよね? 黙っててもどんどん寄ってくるし、普通より魔力消費が少なくても、精霊たちが手を貸したがる。費用対効果が半端ない」

「虫たかってるみたいに言うな。とにかく、そういうことだ。オレだからわかる。あり得ないほど異常に精霊に嫌われてるやつがいて、そいつがションベン漏らしてるみたいに、魔力垂れ流してんだ。……で、決定打は、昨日のあれだな」


 ラヴェンディアの強襲と、その後の戦闘のことだろう。


「精霊共が、うるせえんだよ。とにかくあいつが魔法使う度に、耳元でぎゃーぎゃー騒ぎやがる。普通じゃねえ。禁呪は、精霊にとっての禁忌だ。一度でも禁呪を使ったやつの呼びかけに、精霊が応じることは二度とねえ。だから、それ以降も精霊魔法を使おうと思えば、精霊を無理やり従わせるしかなくなる。莫大な魔力で、一時的に縛り付け無理やり従わせるっていう、禁呪以上に精霊が嫌うやり方だが、あいつは、そういうことをしてる。ラヴェンディアは呪法士だ。それ以外、あり得ない」

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