11-3

 戦争になったら、どれだけの命が失われてしまうだろう。


「やつの狙いは、むしろそこなんだと思う」

「タイルとの、戦争……?」


 メイの溜息交じりに言葉に、マリエルが途方にくれたように呟いた。


「あいつの本当の狙いは、恐らくタイル神聖国だ。そのために、シャノワは都合が良かったんだろう。……ジル、ラヴェンディアが、魔封じの銀環を欲しがってたって?」

「ああ……」

「うん。それこそが、って感じだね。――魔封じの銀環、あとは、そうだな、シャノワでいくつか持ってる転移の魔術具もそう、まあ他にもそういう類の魔術具はいくつか存在してるんだけど、共に隣国アルネヴが占有する技術力の結晶だ。そうそうその辺に転がってるもんじゃない。その中でも魔封じの銀環はね、元々タイル神聖国が所蔵していたものだ」


 探るようなメイの視線が、アウラに向けられた。メイがアウラを見て、口の端を釣り上げる。

 鼓動が、速くなった。


「それが人間の国、オルディナリ王国の所蔵になったのは三年前。オルディナリ王国がマギアの姫君、アウラちゃんを王太子妃に迎え入れた時だね。どういうわけか、マギアからの持参金の中に紛れていたそうだよ。不思議なことにね」

「お前、なんでそんなこと知ってんだよ」


 呆れたように呟くセラに、メイがその時だけは楽し気に笑った。


「知っての通り、ぼくは情報を集めるのが趣味でね。色々知ってるよ。――さて、その元々魔封じの銀環を所有していたタイルでは、その一年ほど前、前王の崩御に伴い、王太子とその弟の第二王子による覇権争いが起こってる」

「ああ、それならなんとなく憶えている。新たな聖王即位に伴い、使者を送るか否かでちょっと揉めてたからな。結局没交渉のままにしてたと思う。俺も聖王と面識はない」

「それそれ。詳しい経緯は省略するけど、最終的に王位に就いたのは弟の方で、それが現在の聖王。タイル神聖国の現聖王陛下は、表向き平和を愛する友好的な人柄で知られてるんだけど、それはあくまで営業用の表向き。今回タイルに行って、色々嗅ぎ回ってきたんだけど、まあ、黒い話が出るわ出るわ。ちょっとはシャノワのまったりした平和具合を見習ってほしいもんだよ。もちろん以前のね。で、その聖王陛下は、玉座を手に入れた際、追い落した兄王子に魔封じの銀環を嵌め、その身を奴隷に落とし、身柄をよりによって、獣人と魔法士を嫌うオルディナリに売り渡したそうだ。どんだけ嫌いならそういう発想になるのか、ちょっとわかんないけど。あまりも悪辣なやりように、身内からも諫める声が上がったとか。それ以降の兄王子の足跡は追えてないんだけど、銀環単体がオルディナリに所蔵されていたことで、色々と想像は捗っちゃうね」

「その、兄ってやつが……」

「タイル神聖国は鳥の獣人の国。王家は代々聖職者であり、魔法士でもある。特に、兄王子は魔法士としての才が突出していたと聞く。女性と見紛う美しい容姿に、羽と髪はグレーがかった銀の色。ちょっとやそっとの美人ではなかったってさ。廃嫡されて、徹底して肖像画の類いは処分されたらしいから、あとは首実験でもするしかないけど。ただ、奴隷にされた時、左目を焼き印で潰されているそうだ。歳の頃も一致する。……魔封じの銀環、その使い道なんて知れてる。奴は絶対に憎んでる。王位を簒奪し、自分に地獄を味わわせた弟と、タイル神聖国を。同じ目に合わせてやりたいと考える」


 メイの話に、全員黙り込んだ。


「タイル側も、ラヴェンディアを廃嫡された兄王子であろうと断定した。十中八九本人だろうが、万が一人違いでももう関係ない。ラヴェンディアはタイル神聖国の、廃嫡された聖王の兄に決まった。それがぼくらにとっての事実だ」


 黙り込んだジルを見て、メイが告げる。


「奴が呪法士になった経緯なんてぼくたちには関係ないし、知る必要も興味もない。奴は禁呪に手を出してて、遠からず消えるのは間違いない。元の魔力が破格だろうと、どんだけ補充して引き延ばそうとも、永遠には続かない。あいつはそのうち絶対に消える。それがいつになるかはわからないけど、楽観視でも希望的観測でもない。問題は、それまでにどんだけシャノワの民があいつに消されるか。そして、シャノワ王国に良からぬことをしようと思えば、色々とできるだけの権力を、あいつが持っていて、いくらでもヤケクソになれる、ってことだ」


 メイの言葉が、アウラの中で上滑りしていく。

 ラヴェンディアの素性、その思い、想像するしかできなくて、想像すらできなかった現実。


 このままラヴェンディアの非道な所業が明らかにならなかったとしても、おそらく国境沿いでの変事はいずれシャノワ国内に知れ渡るのだろう。

 例え自分がいなくなっても、ラヴェンディアはタイル神聖国に脅威となるものを残そうとしてる。


 呪法士として、精霊に、世界に背いたラヴェンディア。

 彼にとって、この世界はどんなものだったのだろう。


「一刻も早く、ラヴェンディアを排斥するべきだ。そのために、タイル神聖国と手を組む。このぼくにかかれば、数百年の分断なんて問題じゃない。タイル神聖国と国交を復活させる。ラヴェンディアを、始末する。必ず」


 力強く断言したメイに、ジルが頷いた。


「こちらから、彼の国に差し出すものは?」

「聖王陛下にとっての兄王子の身柄、あるいは首。そしてタイル神聖国に関する事実の隠蔽だ。ぼくもそこは必要だと思う。ラヴェンディアの素性と所業が知れても良いことはない。元々民衆に根付いてる反タイル感情がある。戦争は絶対に避けないといけない」

「わかった。メイリス、ありがとう。これだけの短い時間でよくやってくれた。――セラ、聞いての通りだ」

「……わかった。問題ない」

「レオン」

「承知いたしました。もとより、覚悟の上です」

「メイも、色々と苦労をかけるな」

「大丈夫だよ。全部任せて」


 一瞬、ジルが泣いてしまうような気がした。

 金の目が伏せられて、再び開けた時、そこには立派な王族としてのジルがいた。いるような気がした。


「――ありがとう。皆に感謝する」


 席を立ったメイが、飄々としたその表情に似合わない、とても丁寧な所作でジルの傍らに片膝を着いた。


「改めて、断言致しましょう我が君。ラヴェンディアの存在は、我らのシャノワ王国に害をなす存在です。自滅を待つは愚策。猶予はございません。国と民を守るため、一刻も早い排除をすべきであると、進言申し上げる」

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