12 逢瀬
12-1
改めて彼らに起こった出来事を、その時の話を聞けば、ジルにとってもマリエルにとっても、誰にとっても、とても辛いことだったのだろうと思った。
それでもジルは、彼らは誰も、何も、諦めてはいない。
きっとアウラなら、何もかも諦めて自分の殻に閉じ籠り、やってくる終わりに怯えていることしかできなかっただろう。
マリエルだって、騎士たちを引き連れて城を抜け出してやってきた。皆が、自分にできることを探して、行動している。
これを、今のこの気持ちを、心が震えると表現するのだろうか。
彼らの何割かだけでも、アウラにも同じようにできるだろうか。彼らのように、生きられるだろうか。
ただ漠然と生きるだけじゃなくて、誰かのために、何かのために、懸命になれる、大切な何かを、アウラも見つけられるだろうか。
見つけたい。アウラも欲しい。
命も、心も、全部を懸けられるだけの何かが欲しい。諦めないと、諦めたくないと、思えるだけの何かが欲しい。
ジルのように、生きたい。
***
形式ばったメイリスの進言、そこから「決行は明朝」とジルの宣言があった。
今、そのための目まぐるしい準備が行われている。
そうは言っても、アウラは宛がわれた部屋で、うとうとと過ごしていただけだったが。まどろみながら、窓の外から聞こえる足音や話し声を聴いていた。
一刻も早く、と言いながらも一晩を準備に充てたのは、大きな戦力でもあるセラの回復を待つためらしい。そうは見えずとも実はわりと疲弊していたメイも、宛がわれた部屋に籠っていたようだ。
彼等の中で、元より話の内容はある程度共有されていたのだろう。
作戦の立案も大筋では行われていたらしい。彼らが行っていたのは想定を確定させること、そして何より作戦決行における根回しだったようだ。
言葉少なでも同じ目的に向けて、各々ができることを自分で決めて行っている。
それがほんの少し、羨ましいような気がした。アウラが持たない、その誰かとの関係性が。
決意を固めたジルやレオンの存在を傍目に感じながら、アウラと同じく蚊帳の外に置かれていたらしいマリエルが、ひどく心細そうにしていることが、気にかかっていた。
朝話した直後もそうだったし、部屋で休んでいるアウラに夕食を運んで来てくれた今も、口数が少なく、何かを考え込んで、沈んでいるように見える。
兄であるジルのこと、結果として敵対することになってしまった利用されているという母親のこと、そして婚約者であるレオンのこと。父親も無事かどうかはわからない。
マリエルの心中を思えば、かけるべき言葉を見つけることはできない。
それでも、アウラに視線に気付いたマリエルは、気丈に微笑んだ。
「大丈夫です。……でも、いつも、わたくしだけ仲間外れなの。お兄さまと、レオンと、メイとセラ、四人でなんでもやってしまうのだもの。わたくしも男だった良かったのかしら、っていつも思っていて……。レオンは優しいけど、お兄さまたちとの話を共有してくれるわけではないから」
アウラから見れば、騎士たちを引き連れて城を飛び出してきたマリエルは、十分に勇ましく、憧れを抱くに足る存在だと思った。
でも、マリエルはもっと多くを望んでいる。
「もっと、色んなことを話してくれたらいいのに。作戦会議に同席させてくれたから、もしかしたらって思ってしまったわ。でもやっぱり、わたくしの知らないところで、色んなことが進んでいるみたい」
寂しそうに微笑むマリエルは、きっと不安で堪らないのだろう。
「アウラさまがいてくれてよかった。一人じゃないって、安心できるもの」
その不安に満ちた笑顔の向こうに、欠けた月が浮かんでいるのが見えた。
アウラにとっては、魔法が使えない期間だ。魔法が使えないことに不安を感じるなど、初めてだった。
でも、不安で仕方がない。アウラにできることは、僅かで不安定な治癒の魔法。
他に、何かできることがあればいいのに。いくら考えても何も浮かばない。
ずっと考えている。
アウラにできることはないか。アウラがやらなければならないことは何か。
どうすれば、よかったのか。
でも、何度考えても、アウラの選択は変わらない。
きっと今この時でも、アウラは同じことをする。何度でも同じことを繰り返すだろう。それが、どんな結果を招くのだとしても。
過去は変えられない。もう戻れない。戻りたいとも、変えたいとも思わない。
だったら、これから先、どうするかだ。
一人になった客室で、窓の外を見る。
夜の空に、月が浮かんでいた。
オルディナリ王国の後宮にいた三年間。毎晩、夜に月を見上げるのが習慣だった。
後宮にいた頃のようなバルコニーはないので、窓を開ける。
ひんやりとした夜気に、風に揺れる木々が騒めいている。
屋敷のどこかに、マリエルが率いてきたという騎士たちもいるはずなのだが、そこそこ大所帯だと思う彼等も、アウラにその気配を悟ることはできない。
静かだった。
こんなに静かだと、不安になる。彼らの存在が、現実だったのか。
耳元で、何かが囁いた。
何を言っているかはわからない。くすくすと、笑う声のような気がした。
月の見える空の元で、精霊たちはよく何かを囁いて聞かせてくれる。
自分以外の声を聴くために、アウラはいつも月を見上げていた。
こうして、欠けた月を見上げる自分の心境の変化が、信じられないような気がする。
こんなにも真剣に、何かを思い悩んだことがあっただろうか。
誰かのことを、思い浮かべたことがあっただろうか。
今までは、もう嫌だとか、逃げたいとか、そんなことばかりを考えていた気がする。
ジルは、もう眠っただろうか。
せめて、今この夜が、彼にとって心地良いものであることを祈る。そんなことしかできないのが、歯痒いと思う。
「――アウラ?」
呼ばれたような気がして、アウラは目を瞬かせた。
背後を振り返るも、月明かりに照らされた薄暗い部屋に、人影はない。
「ジル様……?」
アウラの、願望による錯覚か。
「気のせいじゃない。上だ」
慌てて上を見上げるも、そっけない部屋の天井があるだけだった。
「屋根の上だ。部屋に、入れてもらってもいいか」
見えているのか、くすくすと笑うジルの声が聴こえてきた。言われてみれば確かに声は、窓の外、上の方から聞こえてくる気がした。
「……は、い」
「窓から離れて」
言う通りにすれば、すぐにジルの姿が窓から飛び込んで来た。
月を背にしたジルが、アウラの前に立っていた。
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