13-2

 気が付けば、メイはいつもの軽薄な笑顔に戻っていた。

 その顔の中で、少しも笑っていない目がマリエルをねめつける。


「あれっぽちの小隊引き連れて、のこのこ王都に出掛けていって、どんな勝算が得られると思ったの? 将軍閣下が率いるシャノワの本軍がいる城に? 正面突破で殴り込み?」


 言われたマリエルが、メイを睨み上げながらも言葉に詰まった。


「ねえ、お姫様。君はラヴェンディアをどうにかすれば、シャノワに再び平穏が訪れると本気でそんなことを思ってしまった? ジルはね、もう政治的には負けてるんだよ。そのジルが神官長に手を出して、めでたしなんてあり得ると思ってる? 言ったでしょ? ラヴェンディアは神聖タイル王国の元王太子、それでなくても鳥の獣人だ。タイルに由来のあることは明らかで、シャノワとタイルとは、歴史的なわだかまりがある。それがなくても、鳥の獣人が呪法士だった、なんて話をおおやけにしてしまえば、鳥の獣人どころか、魔法士への迫害に繋がる恐れだって出てくる。ラヴェンディアの悪行は、どの角度から見てもおおやけにはできないんだよ。その一方で、冤罪だろうと父親殺しという言葉はジルに一生ついて回るだろう。それに続いて、王妃と神官長を手にかけるジルベルトが、そのまま王子様として民衆の支持を得られる? 今までのように王子様に戻れるって本気で思ってる? 誰かが、被らないといけないんだよ。妃殿下が、全部自分のやったことだと、大勢の前で証言してくれれば、そういう落としどころもあるかもしれない。でも、そんなことあり得ると、本気で思う? ジルは、もうだめだ。……もう、だめなんだよ……!」


 メイが、奥歯を噛み締めた。大きく息を吐いて、ふわりと笑う。


「……でも、ここには、清廉潔白な王族がまだ一人残ってる」


 突きつけていた剣が、ふらりと下りた。マリエルが、歯を食いしばったのがわかった。


「あなたたち……!」

「ジルは、何をしたって奴を片付ける。レオンと、そしてセラが必ずそうさせる。その後は、ぼくの役目だ。ぼくが君を次の後継者にする。場合によっては王として立たせる。シャノワ王国の平穏を、ぼくが必ず現実のものにする。取り戻す、絶対に」


 マリエルの表情にあるのは怒りだ。細い肩を怒らせているが、それと同時に諦めも見えているような気がした。王族として、何をすべきか。何を求められているのか、彼女は理解をしている。

 食いしばった派の隙間から、漏らした言葉がそれを象徴しているように思う。


「――具体的な、策を聞かせなさい」


 それを言われたメイの目に、マリエルを値踏みするような色が加わった気がした。


「昨日、言った通りだ。ラヴェンディア討伐のため、タイル神聖国と手を組んだ。神兵を借り受けている。既に城の周囲に潜伏済みだ。あとは時を見て、騎士とタイルの兵を率いて君が城に乗り込み平定してことは終わる。その頃には、ジル達によってラヴェンディアは片付いているはずだ。万が一失敗していれば、タイルの兵がその後を引き継ぎ奴を片付ける。おおやけとなる討伐対象は王子ジルベルト。国王と王妃、そして神官長を殺戮し、乱心の末にシャノワの村を次々と殲滅した暴虐の王子。シャノワの真の後継者である君が、タイルに庇護を求め、それを聖王が受け入れ、乱心した王子とそれに加担し王国に仇をなす全ての者を一掃する。そういう筋書きだ。ジルが全てを背負って逝く。後に残されるのは、一点の曇りもない清廉潔白な悲劇の王女」


 淡々と説明された策に、眩暈がした。


「ラヴェンディアを、倒すための策は」


 メイの表情に一瞬過ったのは、どんな感情だろう。


「相手は破格の力を使う魔法士、呪法士だ。だったら、こちらも呪法士をぶつける」


 呪法士を、ぶつける。その意味を、一拍置いて理解した。


「そんな……!」


 マリエルが、目を見開き、アウラの口からは思わず声が漏れてしまった。


「セラは、絶対にあいつをくだす。何をしても、どんな犠牲を払っても、必ずやり遂げる。本当は、レオンは残したかったんだけどね、一度やりあった三人共がレオンも必要だと口を揃えた。残るのがぼくだけじゃ不満だろうが、そこは諦めて欲しい」


 メイリスの手が、マリエルの首元を掴んで自身に引き寄せた。


「あいつらを犠牲にして、この国を永らえさせる。ジルが何よりも愛した、平穏な美しい国を取り戻す。お前の婚約者と、兄の命を踏みつけて未来を掴む。蔑めよ。許さなくてもいい。憎めばいい。泣きたければ好きなだけ泣け。ただ、王としてぼくの前に立ってさえくれればいい。あとは全部、ぼくがどうにかする。あいつらの犠牲を、無駄にすることだけは許さない」


 メイリスの低い声がそう告げて、マリエルを解放した。たたらを踏んだマリエルを支えたアウラに、メイが微笑んだ。


「アウラちゃんは、ごめんね。これからも色々あると思うけどさ、事情を全部知ってるのは、君ら二人とぼくだけになるから。姫様と仲良くしてあげてね」


 何を、言えばいいのかわからない。

 歯を食いしばっていないと、何かが零れてしまいそうな気がした。


 アウラに、与えられた役割。

 何も知らない他人より、事情を知っている方が、その痛みを分かち合うことができると、そう考えたのだろう。理解はできる。理解はできるのに、納得はできない。


 いつからだろう。いつから、そうだったんだろう。

 少なくとも、昨日の朝食でアウラが同席したのは、きっとこのためだ。だから、そのために、アウラは全てを聞かされたんだろう。


「さ、君に自分の足で走れと言う気はないけど、ドレスは着替えて欲しいな。お姫様はその格好でいいよ。ただ、あんまりもたもたしてるなら二人共、そのまま縛り上げてでも連れて行くから。そのつもりで準備して」


 無言で走り去るマリエルを、メイの冷ややかな視線が見送った。

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