13 魔封じの銀環
13-1
日が昇り切った頃、屋敷の外には、身支度を済ませた騎士たちが整列していた。
窓の外から窺い知ることのできるその姿に、緊張が高まる。
彼らを率いていくジルたちが、無事であることを祈るしかできないことが歯がゆくてたまらない。
玄関ホールには、やはり身支度を整えたジルとレオンとメイ、そしてセラが立っている。ジルとレオンは初めて会った時と同じ様に、軽装備で腰に剣を佩いていた。
少し離れて立ったアウラは、ジルのその姿を目に焼き付けようと目を凝らした。
行かないで欲しい。
そう言えたら良かったのに。そんな埒も無い考えばかりが、浮かんでは消えていく。
「銀環って、投げたらうまくラヴェンディアの首に嵌ったりしないかな……」
「しねえだろ」
そんなジルとセラの会話する姿を、目に焼き付ける。
大丈夫だと、どんなに自分に言い聞かせても不安が拭えない。
昨夜の、消え入りそうなジルの声が思い出される。
ついでに、別の記憶がどんどん溢れ出てきて、顔が熱を持った。
ふいにジルと目が合って、ジルも顔を赤くする。
「……え、お前らなんなの。オレ今何見せられてんの」
セラの呆れたような声が聞こえた。
「さて、そろそろかな。朝議が始まる頃だ。今なら参加しないだろう妃殿下と神官長様は、それぞれ私室だろう。たぶんね」
「一緒にいる可能性もある、よな」
「そんときゃそんときだ。諦めて二人まとめて相手にしてやろうぜ」
メイが、窓の外を見ながらそんなことを言って、ジルとセラが応える。
その時、遅れて玄関ホールにやってきたマリエルが姿を現した。
今日もウエストコートに動きやすそうなブリーチズを合わせた勇ましい男装姿で、剣を携えている。
張り詰めたその表情に、ジルが苦笑したのがわかった。
「そろそろ行く。マリエルは、後を頼む」
「わたくしも、連れて行ってください」
声を上げ、マリエルが進み出た。
「だめだ。俺と一緒には連れて行かない」
「それなら、お兄さまが残ってください。呪法士や魔法士を相手には剣の腕など大した問題ではないはずです。むしろわたくしであれば油断を誘うこともできます」
言い募るマリエルに、ジルの返答はそっけなかった。
「ここまできてがたがた言うな。聞き分けろマリエル」
マリエルが、拳を握るのが見えてしまう。
「姫」
マリエルに近付いたレオンが、その細い身体を抱き締め、背中を優しく撫でた。
額を寄せ合う二人が、何かを囁き合う。
何を言っているのかはわからないが、レオンが優しく説き伏せているのだろう。
解放されたマリエルは、渋々といった体でアウラの前に立った。
「アウラ、勝手だが、マリエルについていてくれると嬉しい。それと、巻き込んですまなかった」
私こそごめんなさい。
そう言いかけて、しかし言葉にはできなかった。
どこか、穏やかなジルの纏う空気がなんだかすごく嫌だと思った。不安で仕方なくなる。
もう二度と、会うことはできないのかもしれない。
それなのに、それでも、アウラの中に後悔はない。きっと今同じ状況になっても、何度やり直しても、アウラの選択は変わらないだろう。
きっと何度でもおなじことを繰り返して、その度に思い悩んで、それでもやはり後悔はしない。その後どんな恐ろしいことが起きるのだとしても。
あの時かけられた言葉を宝物にして生きてきた。その気持ちだけは、なかったことにはできない。
「一人でいると、不安になってあれこれ考えてしまうだろうからな。話を聞いてやってくれるだけでも、ありがたいものだ。俺も、助けられた」
まるで、本当にお別れのようだと思ってしまった。
確かに、必ず無事であることを保証されるようなものではない。
誰かを送り出すということは、こんなにも不安を抱くものなのか。
「よし、行こう」
踵を返したジルの背で、黒い尻尾が揺れている。
セラが、ごく自然に、玄関ホールで魔術を展開した。白く輝く魔法陣は、ここ数日で何度か目にしている。セラの肩に、ジルとレオンの二人が手を置いた。
「……ちょっと、待ってください」
マリエルが、声を上げた。見開いた目に、戸惑いが浮かんでいる。
「メイリス、後は頼んだ」
「任せて。必ずどうにかする」
外には騎士たちが列をなしている。彼等と、行くのではないのか。
そして何よりも、メイが彼ら三人から離れた位置に立っている。
「転移で向かうの? 騎士たちは?」
マリエルの声に、応えはなかった。ジルは、こちらを見ようとはしなかった。
「お兄さま!? レオン! 待って!」
駆け寄ろうとしたマリエルの腕を、メイリスが掴んだ。
「放して、放しなさい!」
セラの術が発動する。立ち尽くすマリエルの前で、三人の姿は跡形もなく消え去った。
何が、起こったのだろう。
「メイ……メイリス。どういうことなの」
マリエルの腕を解放したメイリスは、真意の読めない笑顔を見せた。その顔は、どこか作り物のように見える。
「ぼくらもすぐに出発するよ。こっちは騎士たちと、徒歩での移動だ。夕方までには王都に入りたい。すぐに準備を」
彼らが去った床の上に、魔法陣の残滓が残っている。白く輝くそれが、混乱を煽ってくるような気がした。
今さらながら、ラヴェンディアを排斥するという、その作戦の全貌を知らないことに気付く。騎士たちを率いて、城に行くのだと、当然のように思っていた。
違ったのだろう。アウラが勝手に勘違いしていただけなのだろうか。
でもそれならなぜ、マリエルがこんなに怒っているのだろう。
「まず、説明をなさい!」
マリエルが、鮮やかな手付きで剣を抜いていた。細身の剣を、慣れた様子でメイに突きつけている。
メイは、その剣を無表情で見下ろした。
「……あのさ。いつまでもお姫様気分でいられたら困るんだよね。今さっきジルにどうにかするって言ったばっかだしさ。聞き分けてよ。時間ないって言ったでしょ。さすがに今ならわかるよね? 自分の役割」
口調だけは軽いのに、メイの言葉はまるで詰るようだ。アウラには、止めることも割って入ることも、どうすることもできない。
「ジルが騎士を率いて行くと思った? 馬鹿かお前。そんなことをして、何になると思ったんだよ」
メイが、ぞくりとするほど暗い目で、どこか歪な笑みを見せた。
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