10-3

「ごめんなさい……」

「欲しいのは謝罪じゃない」

「うん……。あまりにも、身勝手で浅慮だった。反省する。もう、絶対に、しない。ごめんなさい」


 座ったままであれ、深々と頭を下げたジルに対し、メイがこれ見よがしな溜息を吐いた。

 ちらりと、ジルが顔を上げ伺い見る。とても、不安そうだ。


「メイリス、どうかその辺りで。もう十分です」


 口を挟んだレオンに対し、メイは苦笑した。


「レオンはジルに甘いよねえ」

「あなたが厳しすぎるせいで、私が甘くせざるを得ないのですよ」

「逆じゃない? レオンが甘いせいで、ぼくが苦いことばっか言わなきゃいけなくなってるんだよ」


 しおしおになってしまったジルに、メイは再度溜息を吐いた。

 語り掛けるその口調は、先ほどまでに比べればいくらか柔らかい。


「あのね、ジル。何かしてないとどうにかなりそうだった、というのは一応ぼくだって理解できる。あの状況が君にどれだけの精神的な負担を強いていたのかもわかってる。でも、君は為政者だ。耐えるべき時は耐えないとだよ。君が生きていてこそ、なんだから。命はひとつしかないし、死ぬときは案外あっさり死んでしまうんだからね。その命を、軽はずみに危険に晒すことはしないで欲しい。まあ、無事でよかったよ。アウラちゃんも、ぼくのあるじを助けてくれてありがとう」


 メイが、アウラを見た。

 その意図を察し、アウラは頷く。


「どういたしまして。お役に立てて何よりです」


 教えられたままに口にしたが、メイは満足そうに頷いた。


「うん。よろしい。あ、最後にジルにもうひとつだけ。さっきまでのは苦言だけど、これは年長者としての助言。そういうたぐいのことを誰かに伝えたいなら、まずは君自身がそうあるようにしないと。説得力は大事だよ。自己犠牲なんて身勝手な自己満足は、やられる方にとっては暴力にも等しい行為で、そんな良いもんじゃないって、ちゃんと君も心に留めておきなね」

「わかっ………………いや、待て。おま、ほんとにさっき、いつから……っ」


 ね、と笑ったメイに、ジルが呻くように言って、顔を赤らめた。


「いつから聞いてたか、ってもちろん最初から。はいはい、興奮しなーい。ほんと、ぼくのあるじはかわいいな。――さて、じゃあこっからは食べながらでいこうか。せっかくの料理が冷めちゃうしね。はい、いただきます!」


 明るく宣言したメイの声に、堪えるように悶絶するジルの無言の呻きが重なった。





 食事はとても美味しかった。

 特に珍しい料理があったわけではない。レオンの料理の腕なのか、この食事環境なのか。


「ところでアウラちゃんは、ジルの事情、どこまで把握してんのかな?」


 とろけたチーズをのせた芋に感動していると、急に名指しで聞かれてアウラは目を瞬かせた。


「……え、わたくし、ですか……?」

「成り行きでここまで連れて来られて、ゆっくり説明を聞くような暇はなかった思うんだけど、ラヴェンディアに襲撃された時もいたんでしょ。ってことは、大体把握できてるのかな、とは思ってるんだけどね」

「事情……ええと、断片的なものではありますが、シャノワ王国の王子でいらっしゃることと、今はその、国を追われている、と」

「うん。その通りです。で、その理由は?」


 元気いっぱいに肯定したメイが、続けた質問に思わず口籠る。


「それ、は……」

「それは?」


 恐る恐るジルを伺おうとするも、それを阻むようにメイが身体を乗り出してきた。圧がすごい。


「……父君を、手にかけようとされたから、と……」

「そう! そうなんだよ! 酷いよね! びっくりするよね! もちろん冤罪なんだけど、そもそもどこの馬鹿が言い出したのか、びっくりしちゃうよね!?」

「え、あ、は、はい」


 むしろメイの勢いに驚いて気圧される。


 確かに、ひどい話だと思う。本人も、セラやレオンも否定し、アウラもジルがそんなことをするとは、とても思えない。

 ジルは、とても優しい人だ。言葉の端々に見え隠れする他者に向ける優しさを感じる。国を思い、民を慈しみ、見ず知らずの他人であるアウラにさえ、こんなに良くしてくれる。


 理由もなく、私利私欲で誰かを害したりしないと思う。ましてそれが家族なら、きっとなおさら。アウラには、家族のことはよくわからないけれど。

 わからないけど、ジルが大切に思ってたことも、その喪失を嘆いていることも、察することぐらいはできる。


「まあ、じゃあそんなアウラちゃんにも分かってもらえるように、初めから話そうか。せっかくだしね」


 メイはそう言いながら、器用に豆をフォークに突き刺した。


「まずあのクソ眼帯鳥野郎、ラヴェンディアが妃殿下の古い友人だとかって触れ込みで、あくまで賓客として、シャノワの宮廷に招かれ滞在を始めたのが約一年前だ。ラヴェンディアが古い友人かどうかは知らないけど、妃殿下は若い頃タイル神聖国のアカデミーで魔法を学んでいたことがあるね」


 フォークに刺さった豆でチーズをすくい、さらにひと口大に切り分けた塩漬け豚を刺したメイの視線が、マリエルに向いた。


「ええ。タイルとシャノワの関係は歴史上決して良いものではありませんが、ここのところは戦争状態にはなく、没交渉の状態です。当時お母さまはまだ王家と関係のない一貴族令嬢に過ぎませんし、そういったことも可能だったのでしょう。タイルとの関係から、公にはされていませんでしたが。その時に、交流を持った方がいらっしゃったということは、それ以前から聞いたことがありました。それが、ラヴェンディアのことだったのだろうと、そう思っておりましたが」

「タイルは魔法の研究が盛んで、東隋一を誇るアカデミーがあり、種族を問わず門戸は開けている。あくまで魔法士限定だけど。まあ、古い友人と言うなら、学友というのが最も考えられることではあるかな。二人は歳も近そうだしね」

「そうだな。俺も母上から、タイル神聖国にいた時に親しくしていた友人のことは聞いていた。だから、その時の友人が訪ねて来たんだろう、ぐらいにしか思ってなかった。――最初はな」


 ジルの言葉に頷いたメイが、フォークを置いた。


「そう、最初は。ただ、この頃からだ。家族であるジルや姫様だけに限らず、妃殿下の様子に違和感を抱く者達が出始めた」

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