10-2
「アウラ様」
給仕を終えたらしいレオンが傍らに立った。
見上げる姿は昨日の朝、初めて話した時から変わりはないように感じられた。両手の指もしっかり動いている。血の海に沈み込むようだったあの状態から、本当に助けることができたのだ。
「彼らのことは放っておいて大丈夫ですよ。いつものことです。そんなことより、改めてお礼を言わせてください」
そう言うと、レオンはアウラに向かって片膝をついた。
「アウラ様、あなたのおかげで命を繋ぎました。ありがとうございます。生涯をかけ、必ずやこのご恩に報いることを、お約束いたします」
「や……やめてください、そんな……!」
立派な騎士であるレオンに、そこまでさせるようなものでは絶対ない。
慌てふためくアウラに追い打ちをかけるように、跪くレオンの隣に、それまで黙っていたマリエルまでもがなぜか膝をついた。
思わず立ち上がって後ずさる。
「落ち着けアウラ。別に取って食われるわけじゃないから」
いつの間にか背後に立っていたジルの胸で、背を止められた。
「レオンの婚約者であるわたくしからも、お礼を言わせてください。アウラ様のおかげで、レオンとお別れしなくてすみました。ありがとうございます。まして、アウラ様は我が身を顧みることなく……言葉では到底感謝しきれるものではありません。わたくしにできることがあれば、なんなりと仰ってくださいませ」
婚約者、という事実への驚きより、狼狽が遥かに勝る。
確かに、アウラは結果としてレオンの命を救いはしたのかもしれない。でも、決してレオンを思ってやったことではないのだ。そこにあったのは我が身可愛さで、そんなにも丁寧で畏まったお礼を受け取れるようなことはしていない。
ましてや、マリエルはこの国の王族なのだ。膝をつく必要があると言うのなら、それはアウラの方ではないだろうか。
「アウラ、君が膝を折る必要はないから。こういう場合、礼は素直に受け取るものだぞ」
「そうそ。特にその二人、揃って馬鹿が付くほど真面目だからさ。お礼の言葉ぐらいさっさと受け取んないと、永遠にそうやって床に座り込まれるよ。それより情報共有をしよう。あとお腹空いたし。セラもほら、いつまでも床に転がってないで座んなよ」
「てめえ」
「ね、アウラちゃん。これは親切なメイさんからの助言なんだけどね」
立ち上がったメイが、転がっているセラに触れる。
「君のかわいそうな境遇は大体把握しているつもりだ。致し方ない部分があるのは承知している。でも、これから触れる誰も彼もに君の境遇を話して回るわけにもいかないし、知ってもらって配慮を求めるなんて、現実的じゃないよね。知ったことじゃないし。これからどこでどう生きるにせよ、過ぎた卑屈や謙遜は君自身にとっても、周囲にとっても良いことなしで邪魔くさいだけだ。それ以上のものを求められている、なんて意味にも取られかねない。ほどほどにしておくことだよ」
顔を上げアウラを振り返ったその表情は、親しみやすそうな笑顔に見える。それなのに、なぜか有無を言わせない迫力のような何かがあるような気がした。
「君は今、我が身を顧みず他者の命を救って、そのお礼を言われてるんだ。その状況での『ありがとう』に返す言葉は『どういたしまして』の一択。せいぜい、『どういたしまして。お役に立てて何よりです』ってとこだね。はい、復唱」
メイが手振りでレオンとマリエルを示す。
「……どう、いたしまして。あの、お役に立てて、何より……です」
「よろしい。座りな。全員ね」
そう言いながら席に着いたメイが、四人を見渡した。
なぜか、空気がピリっとした緊張感を孕んだ気がした。
全員が素早い動きで席に着いた。心なしか背筋が伸びている気すらする。
アウラも隣のジルに倣い、背筋を伸ばした。
「ぼくが身を粉にして他国に出かけ働いている不在の間、色々あったみたいだ。あー、うん、言い訳を聞く気はないから、口を開くな。まずはぼくから言いたいことがある。ジル、君に」
「えっと、メイ、あの」
「勝手に口を開くなクソガキ」
「はい。すみませんでした」
「で? 君が愚かにもラヴェンディアのクズに唆されて、人間の国の城に単身忍び込んで盗み出してきたっていう、魔封じの銀環は? 今どこにあるのかな?」
ジルが視線を彷徨わせて、口の端を引き攣らせた。
セラは無表情でどこも見ていない。
「どこ?」
「……俺が持ってる……ます」
笑顔なのに極寒のような気配のメイの再度の質問に、ジルが項垂れた。身を縮ませて冷や汗をかいている。気がする。
「わかった。出さなくていい。そのまま持ってろ。それで? その魔封じの銀環をどう使うつもりなのかな? ぜひ、君の頭脳として仕えてるこのぼくに、畏れ多くも王子殿下御自ら立案されたご立派な作戦をお聞かせ願いたい伏してお願い申し上げます拝聴する栄誉を賜れますでしょうか」
「……えー……っと」
「王族として言葉を求められているときは迷うな」
「はい。ごめんなさい」
「謝るな」
「……はい」
「いいか。その空っぽの頭でしっかり聞け。ぼくも、レオンも、セラも、君を城から脱出させた時点で、覚悟の上とはいえ、危険を背負ってる。その行為自体が、現在シャノワ王国で権勢を振う妃殿下の
ジルの猫耳が、その頭上で力なく垂れていた。
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