10 情報共有と事実確認

10-1

 屋敷の庭に転がっていたセラは、慌ただしく出て行ったレオンとジルによって無事に屋内に運び込まれた。

 メイが言っていた顔の傷はラヴェンディアによって付けられたものだろう。

 それ以外に目立った傷はないとのことで、無事と言って差支えないようだった。


 ただ、ここに来るまでに転移魔術を繰り返したらしい。

 あと一歩のところで魔力切れを起こした上に、転移先の座標が僅かに逸れ、魔力が切れて動けない状況になってしまったとのことだ。

 本来転移という魔術はそれなりに高位の術であり、魔力の消費も大きい。そう短期間で繰り返すようなものではない。

 もちろん、アウラ程度の魔力量では満月の晩だったとしても、使えるものではない。


 そんな高位魔術を連発し、人気のない道の真ん中で伸びていたところを、ちょうどこの場所に向かっていたメイに運良く発見され、ここまで担がれて来たとのことだ。

 到着した途端に庭に放り出されたというセラは、アウラと同じく四肢の感覚がないらしい。

 屋敷内に運び込まれ床に転がされてはいるが、声だけはそれなりに元気な様子だった。


「てめえ、メイ! 魔力寄こしやがれ」

「えー、やだよ。ぼくだって疲れてるんだからさ」


 ジルに抱き上げられて連れて行かれた食堂では、円卓の座席に腰かけたメイと、立派な暖炉の前に転がされたセラが言い合っていた。


「まあまあ、そんなイライラしないでさ。将軍閣下んちの床だったら、絨毯も上等でしょ」

「当家の屋敷と言っても、ほぼ使ってないものですけどね」


 ニヤニヤと笑いながら言うメイに、ちょうど部屋に入ってきたレオンが答える。


 ここは大陸の東側、影の森を抜けた先にある猫の獣人が住むという、シャノワ王国内であるらしい。

 レオンの家の持ち物であるという屋敷は、二階建ての立派な建物である。


 両手に料理の載った皿を持ってきたレオンは、まずジルの前に皿を置いた。そして、レオンの隣の席、椅子の背に凭れるように座ったアウラの前に。


「床は床だろふざけんな!」


 皿にのっているのは炙った塩漬け肉とふかした芋、そして溶けたチーズ。豆の煮込みらしき料理もある。湯気を立てる皿からはとても良い匂いが漂ってきた。


 レオンのあとからマリエルも皿を持ってやって来た。慣れた様子で皿をテーブルに置いている。

 マリエルはジルの妹と言っていた。ということは彼女も王族だろう。給仕などさせていいのだろうか。


 時折レオンとマリエルは親しげな視線を交わし微笑み合っている。幸せそうに微笑むマリエルが可愛らしくて、とても仲が良さそうだ。


「オレも腹減ったんですけどー!」


 セラの叫びについては誰も気にした様子はない。こちらはマリエルやレオンとは一転して、とても腹を立てているように見える。放っておいて良いのだろうか。


「結構綺麗にしてんのに、誰も住んでないとかもったいないねー」

「人里からも離れていますからね。少々不便なこともありまして。以前は祖母の兄夫婦が別荘として使っていたそうなんですが、お二人が亡くなってからは、ごくまれに別荘代わりに使用する者がいる程度です。一応荒れないよう手入れだけはしていましたし、ある程度の日用品や食料などは用意していたおかげで、こうして今私たちが使用できるので、まあ良かったと思いましょう。着替えなども好きに使ってください」

「さっすが、将軍閣下のおうち。有り余ってんね。確かに助かるけどさ。この状況だと、下働きでも人使うのはちょっと心配だしね。ま、とりあえず朝ごはん食べよっか。さすがに結構疲れたからさー。アウラちゃんも一緒に食べようね。レオンのごはん結構おいしいよ。こいつお貴族様だけど、騎士だからさ、野営の訓練とかあるしね。結構料理すんの。器用だよねー。真面目だから真面目な味のごはんだよ。ちなみにジルとセラが作ると大雑把すぎておいしくないんだ。あ、アウラちゃんには魔力ちょっとだけ分けてあげるね。折角だから、ちゃんと自分でごはん食べれた方がいいもんね」


 手足の感覚がまだ戻らないため、座らされた席で料理をぼんやりと眺めていただけのアウラに、メイが笑いかけた。


「はあ!?」


 途端に床の上から抗議の声が飛んでくる。


「え、いえ、あの、わたくしはいいので、その、セラ様に……」

「メイのクソバカ野郎!」


 しかしメイはまるで意に介してない、というよりどこか楽しんでいるような様子で、ニヤニヤと笑って席を立った。


「アウラちゃんやーさしーい。なんかもうほんと可愛いからちゅーしたくなっちゃうなー。魔力、口移しであげてもいい?」

「なっ……! 何言ってんだ! いいわけあるか! このばか!」


 なぜか大きな声を上げたのはジルだ。椅子を倒して立ち上がり、目を丸くするアウラの視線に気付くと今度は顔を赤くする。

 なんだか忙しない。忙しなくて、仲良し……なのかもしれない。

 どうだろう。アウラにはちょっと難しい、慣れない空気感だ。


「ジルまじじゃん。うける。冗談に決まってんでしょ。はいアウラちゃん、失礼するよ。ちょっと触るね」


 肩を震わせて笑うメイの手が、アウラの肩に触れた。

 じんわりと、温かいものが流れてくる。触れた肩を通り、腕から指先へ。脚を抜け、つま先へと流れていくのを感じる。


「はい。これでどう? ごはんぐらいなら食べれるんじゃないかな」


 その言葉通り、指先がぴくりと動く。手足の感覚が戻っていた。僅かな倦怠感は残っているものの、動かすことができる。


「……動かせます……! すごい、メイ様、ありがとうございます……!」

「どういたしまして。そんなかわいい笑顔で言われたらもっと分けてあげたくなっちゃうなー」

「メイ! もういいから離れろ!」

「はいはい」


 ジルが叫ぶように言って、メイが笑って肩を竦めた。


「おいメイ! オレにも寄こせ!」

「おおっと、セラフィムくん、それが人にものを頼む態度かなあ?」

「お前すっげえムカつく!」

「ぼくだって疲れてんだよー? 魔力あげたらその分ダルいしさー。そこを押して分けてもらおうってんならさ、それなりの態度ってあるじゃん? お前もアウラちゃんぐらいかわいくお願いしてみ? メイリス様お願いします。卑小なるわたくしめにその尊き魔力をお恵みください、とかさ。ほらほら」


 メイがひらひらとセラの前で手を振る。


 はらはらと二人を見るアウラの隣で、ジルも二人を見ていた。二人を見て、笑みを零す。

 緩んでいるように思えるジルのその表情に、泣きたくなるほどの安堵を覚えた。

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