5-2

 背中に大きな翼を生やしたラヴェンディアに、ジルが正面から斬りかかった。


「君はどうやら勘違いをしているようだ。君が敵対を決めたのは、僕個人じゃない。君の祖国、シャノワ王国そのものだよ」


 ラヴェンディアの指先に現れた陣が、刃を阻む。


「風よ、切り裂け!」


 左右から斬りかかったジルとレオンの剣を軽く防いだラヴェンディアの身体が、二人を置き去りにしてふわりと浮いた。

 一瞬前までラヴェンディアの身体があった場所を、セラの魔法による不可視の刃が襲い、浮かび上がったラヴェンディアを、ジルとレオンが追襲する。


「国に背いているのはお前だ、ラヴェンディア!」

「面白い意見だね」

 

 二人の剣士と一人の魔法士を相手にしているのに、その余裕を崩さない。


 一体どれだけの魔力量なのか、セラが次々と魔法を発動し、その合間を縫うようにジルとレオンが攻撃を畳みかける。

 ところどころ目で追うことすらできないほどの素早さに、戦闘についてまったくの素人であるアウラでも、彼らが優れていることが十分理解できる。


 そんな三人を、ラヴェンディアは魔術による障壁と身軽な回避によって、まるで踊るように翻弄していた。


「陛下は君の凶刃で傷を負われた。露命をつないではいるが、政務に就ける状態ではない。陛下の代理として今国を治めているのは、君の義母君ははぎみである妃殿下だ。この僕は、妃殿下の忠実なるしもべ。おかしな言いがかりは止めてくれ。炎よ――」


 漆黒の神官服、そのローブの裾が大きくはためく。

 黒い裾から覗くのは、黒い手袋の指先。広げた五指の先に、大きな赤い魔法陣が現れた。

 ラヴェンディアの口元が、愉悦に満ちた酷薄な笑みを浮かべる。


「ジル!」


 セラが叫んでジルの前に飛び出したのが見えた。

 レオンが焦った表情でアウラを振り返る。


「――爆ぜろ」


 一拍置いて発せられたラヴェンディアの声に合わせ、爆炎が上がった。




***




 横倒しにされたアウラの上に、アウラを片手で抱えるようにしたレオンが覆い被さっていた。

 床の上にいたはずだが、今は剥き出しの地面の上。衝撃による多少の痛みはあるが、問題を感じるほどではない。

 レオンが爆炎から遠ざけ、守ってくれたのだろう。


「……っ」


 苦し気に吐き出された声を上げながらも、レオンは素早く身体を起こした。

 驚いて声も出ないアウラに一瞬だけ気遣わし気な視線を寄越し、再び剣を構え噴煙で遮られる先に視線をやる。


 まだ、何も終わっていないのだろう。

 ジルは、セラは、ラヴェンディアはどうなったのだろう。


「怪我はありませんね」

「あの……っ」

「なるだけ下がってください。私は多少炙られた程度です問題ありません」


 レオンが早口にそう言ったところで、噴煙の向こう側から地面を転がるように白い塊が吹っ飛んできた。

 傍にあった木にぶつかったセラの身体が、地面にどさりと落ちる。


「セラ!」

「……ってええ」


 結構な勢いがあったように思ったが、それでもセラは頭を振って身体を起こした。

 淡い金の髪が乱れ、頭を覆う大きな帽子が落ちている。金の髪と一緒に揺れたのは、同じ色の毛に覆われた、垂れた長い耳だ。


「くそ! ジルも無事だ、さっきまではな! 魔法は防いだ!」


 乱暴に言ったセラも素早く立ち上がり、今し方自分が吹っ飛んできた方に顔を向けた。


 噴煙が風に押しやられて晴れていく。

 小屋は、もうほとんど残っていなかった。床に積もっていた残骸が増え、壁や家具の類もなくなっている。


「全員、動くな」


 そこに、仰向けに倒れ喉元に短剣を突きつけられたジルと、倒れたジルの肩を踏みつけ短剣を突きつけるラヴェンディアの姿があった。

 ジルの上に屈み込むラヴェンディアの、背にあったはずの翼は見えなくなっている。


 ジルの手に剣はなく、両手を顔の横に広げている。

 ジルの置かれた状況と、ラヴェンディアの声に、セラとレオンがピタリと動きを止めた。


「結構。安心したまえ。王子様、君は遠からず死ぬべきだが、今ではない。従順でありさえすれば、殺すまではしないよ。たぶんね。余計なことをされると、片目を抉るぐらいはやってしまうかもしれないけど」


 ラヴェンディアの手袋の左手が、ジルの右瞼に触れる。

 仰向けに転がったジルは、されるがままにしていた。


「まあ、なかなか悪くはなかった。君たちに対する評価を考え直そう。一兵卒とは一線を画す、称賛に値する良い動きだ。僕が相手でさえなければ、きっと首を獲れたろうね」

「それはどうも」

「失くすにはあまりに惜しい人材だ。そこの二人も含めて」

「あんたもな。呪法士にしとくには惜しい」


 ジルの言葉に、ラヴェンディアが軽く首を傾げた。


「僕が、呪法士だと?」


 呪法士とは、世界に背く魔法士の成れの果て。

 

 魔法士が使う魔法は、精霊魔法とも呼ばれるものである。

 自分の魔力を代償に、万物に宿る精霊の力を借りて物質に対しなんらかの干渉を行う。

 精霊の同意なく、莫大な魔力によって精霊を強引に従え、時に精霊が嫌う魔法、禁忌とされている呪法を使用し、精霊に叛意を示した者が、呪法士と呼ばれ忌み嫌われる存在となる。


「母上は、お前に操られている。人心を惑わし操るのは精霊が拒む禁呪だ。禁呪を使うお前は、既にこの世界に拒絶されている呪法士。まあ証拠は無いからな。否定したければ好きにしろ。だが、その否定を俺は聞き入れない」

「君らしくもない横暴さだね」

「まったく身に覚えのない、わけのわからない罪に問われ、城を追われた挙句、こんなところで剣を突きつけられているんだ。お上品にする気も失せる」


 ジルの声はどこまでも冷静だ。少なくとも、アウラにはそう聞こえた。

 ラヴェンディアが喉の奥で笑う。


「仮に、君が言うように僕が呪法士だとして、それで? どうするの?」

「呪法士かどうかという点だけで言えば、どうもしない。俺が気にするべきは唯一、祖国であるシャノワ王国のことだ。国と民さえ無事ならそれでいい。俺は魔法士ではないからな。世界のことわりなんてものには興味もないし、精霊の理屈も知ったことじゃない。呪法士であるかどうかなんてのは、正直どうでもいいことだ。それに――」


 淡々と紡がれるジルの声が、ラヴェンディアに告げる。


「呪法士なら、放っておいても遠からず自滅する」

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