あんぱんの宴

 我が家の居候にT君という人物がいました。

 いきなり居候とは……というツッコミはとりあえず置いといてください。そういう実家なのです。


 T君は陽気で気のいいお兄ちゃんで、もちろんお酒も大好きでした。夜ごと父が開催する宴にもよく顔を出して、場を盛り上げていました。


 ある年の忘年会、という名の恒例飲み会で、T君が余興をすることになりました。

 無駄に人脈の広い父のもと、宴会場はもちろん照明音響機材も本格的なものが揃います。

 乾杯の音頭を父が取り、程好くお酒も入って宴もたけなわ、T君の出番です。照明が落とされ、何やら妖しげな音楽が流れます。紫のスポットライトの中央に出てきたのは女装したT君。紫色のアイシャドウ、紅い口紅。ピッチピチの赤いワンピースに網タイツ。胸は詰め物をしているのか豊満です。


 ここで1つお断りしておくと、T君は体格の良い成人男性、わりと毛むくじゃらです。決して女装が似合う体型ではありません。


 T君は音楽に合わせて妖艶なダンスを踊ります。周りからは野次や歓声が飛び、大盛り上がり。そして、調子に乗ったT君は服を一枚ずつ脱ぎ出しました。


 子どもだった鳥尾巻、そこから先は母に目隠しをされてしまったので見ておりませんが、会場はかなり盛り上がったようです。


 ニコニコしながら宴席に戻って来たT君、化粧もそのままに、着ていたワンピースの中から潰れたあんぱんを取り出し、モグモグと食べ始めました。


 そしてじーっと見ていた鳥に言いました。


「鳥ちゃん、これ食べる?」


 オッサンの汗と何かにまみれたあんぱん……食べる訳ないし。

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