隣で眠るだけの簡単な関係です
青樹空良
隣で眠るだけの簡単な関係です
「最近よく眠れなくてさ」
「えー、不眠症? 大丈夫?」
「あ、彼氏と別れたって話? 一人だと眠れないってこと?」
「まあ、そう」
「わかるわかる。さみしくてしょうがないよね」
「他に彼女が出来たんだっけ?」
お酒が入っているからか、周りの友人達の言葉はストレートで容赦が無い。眠れないって話をしただけのに、すぐに恋愛話に食いついてくる。みんな、そういうの好きだから。
「って、
「え、新しい彼女って浮気されたってこと?」
「かっこいいけど、浮気かあ。それは嫌だな」
「今度は同じ学年の人らしいよ。並んで歩いてるの見たことある」
「ちょっと、そんな大きい声で話してたら聞こえるじゃん」
お酒って、無駄に気を大きくさせる。いつもよりみんな声がでかい。
周りもだから、私たちの声が紛れているといいんだけど。
本当に聞こえているだろうかと思って、思わず先輩を見てしまう。目が合う。きまり悪そうに目を逸らされる。
こっちだって、目なんか合わせたくない。
それなのに、大学の同じサークルなんかに所属しているからどうしても顔を合わせてしまう。大きめのサークルで人数も多いから、意識しなければ視界に入らないのはいいんだけど。それに女子だけでこうして騒いでいてもいいのは気楽だ。
それでも、やっぱり顔を合わせるは気まずい。楽しいからって誘われて断り切れなくてこうして来てしまったけど、やっぱり断ればよかった。
ただ、私の方だけサークルの仲のいい友達との交流に支障が出るのはなんだか癪に障るから、当てつけみたいに来たってのもあるけど。だって、先輩も何食わぬ顔をして参加している。
「いいのいいの。別れたのはもういい。ただ、ちょっとさみしいだけだから」
「人肌恋しいってやつ?」
「確かに、いきなり一人で寝ろとか言われてもさみしいのわかるわ」
「ねー、誰かが隣で寝てくれてるのに慣れちゃうとねー」
「梨奈も早く新しい彼氏作ったら?」
「うーん。なんかさ、当分いいや」
「えー、梨奈可愛いのにもったいないよ」
「そう、かな?」
「そうそう、すぐ新しい彼氏出来るって。だから、今日は飲め飲めー!」
「おー!」
私はグラスを掲げる。こういう時のノリと勢いって大事。
全部忘れられる気がする。と言うか、忘れなきゃ。
別れたのはもういいなんて、嘘。
本当は結構引きずってる。じゃなきゃ、夜に眠れないはずがない。
一人になると急にさみしくなって、泣きそうになって。
だから、今は忘れておこう。忘れたふりをしておこう。
◇ ◇ ◇
私は夢を見ていた。
誰かに抱きしめられて、温かくて幸せな気分で眠っている夢。
ずっと夢の中にいたいような、そんな気持ちで、
「……んん」
私は目を開けた。
「うう」
頭が痛い。
ここ、私の部屋だ。一人暮らしの狭い私の部屋。それにちゃんとベッドの上。
二日酔いの気持ち悪さはある。だけど、なんだか久しぶりにちゃんと寝たような気がする。お酒のせいだろうか。
すっきりって訳にはいかないけど、先輩と別れてから本当に眠れていなかったから、なんだか気分がいい気がする。
それになんだか本当に暖かいような?
起き上がりたくない。気持ちがいい。
もしかして、まだ夢の中?
「ん?」
違う。
私は慌てて起き上がった。
「え?」
ベッドの上に私以外の誰かがいる。それどころか、寄り添って寝ていたらしい。
もちろん先輩じゃない。前はこうしてよく一緒に目覚めていたけれど。
「な、なんで……」
私の声に、彼が眠そうに目を開ける。そして、言った。
「……おはよう」
「は?」
私は挨拶も返さずに、彼をぽかんと見つめ返してしまう。
「何、この状況? え、まさか」
慌てて自分の格好を見る。昨日着ていた服のままだ。このまま寝てしまったみたいだから、お気に入りの服がくしゃくしゃにはなっているけど……。
彼の方も、同じような感じだ。
ということは。
「別に何もしてないから!」
彼がそう言ったのは私がまだ質問をする前だった。
そもそもなんでこんなことに?
同じサークルにいるから知らない顔ではないけど、そんな関係ではない。断じて。
「昨日、何があったの?」
「覚えてない? 結構酔っ払ってたもんな」
言いながら彼がアクビをする。
そもそも名前なんだっけ?
話したことはあるけど、名前はぼんやりとしててちゃんと覚えてないくらい。
あ、でも、いつもはこの人メガネ掛けてる気がする。そのせいで野暮ったい印象だったけど、今は寝起きのはずなのに意外と整った顔をしている。と言うか、ハッキリ言ってイケメンの部類だ。実はパッと見、誰かわからなかったくらい。それなりに好みの顔ではある。
多分、サークルの中で誰も気付いてないと思う。
って、それはいいとして。
「覚えてないのはさすがにショックなんだけど」
「いやいやいや、突然男が部屋にいる方がショックなんだけど」
「だから、突然じゃないし」
「え?」
彼がため息を吐く。
「帰り、あまりにも酔っ払ってたから俺が家まで送ったんだよ。俺なら男だけど害が無さそうとか言われて頼まれたんだけど……。で、部屋の中にも支えて入らないと危ないくらいだったから入ったって訳」
どんな訳だよ。
確かに、眼鏡を掛けている状態のこの人なら害がなさそうには見えるのは認める。
「あのさ、その前にも話してたんだけど覚えてない?」
「……」
そう言われれば、話していたような気もする。
女子だけで話していたら、男の子たちが話に入ってきたのは覚えている。それで、私が別れたって話になって慰められたりとかしてて……、それからどうしたっけ。
「あ、そうだ。
名前は思い出した。
「名前すら覚えてなかったんだ……」
「覚えてたってば、ちょっと忘れてだけで。ちゃんと今、言ったでしょ?」
なんだか予想以上にショックを受けているようで、永井君が肩を落としている。
「じゃあ、私の名前は?」
そもそも、あんまり話したことも無いんだから永井君こそ覚えてないんじゃないの? と思ったけど。
「
即答される。
「うわ、下の名前まで覚えてるんだ」
「そこ引く? 昨日自分で名乗りまくってたけど」
「そうだった?」
正直、全然覚えてない。そんなことしてた? 結構酔っ払っていたらしい。
「そんな状態だと話してたことも覚えてないかな」
「うっすらとは……」
本当はあんまり覚えてないけど、全く覚えてないなんて酒癖がめちゃくちゃ悪いみたいじゃないか。
「でも説明してくれる?」
「……わかったよ」
やれやれ、という感じで永井君が話し始める。
つまり、こういうことだ。
永井君にも付き合っていた彼女がいた。けれど、私と同じく振られてしまった。で、私が眠れなくなっているというのを聞いて共感したという訳だ。
元々、永井君の場合は高校の頃から付き合っていた人で大学に入学するときに彼女は地元に残ったらしく、ずっと遠距離だったらしいけど。それでも、一人で眠ろうとすると彼女のことを思い出してしまって辛くなると言うことだ。
わかる。
別に隣にいないことだけが辛いんじゃない。夜、一人になって静かな中で色々と思い出して、さみしくなったり腹が立ったり悲しくなったり。そういうことが辛い。
「同士よ……」
気付けば私は永井君の肩にそっと手を置いていた。その途端、永井君がびくんと肩を跳ねさせる。
「あ、ごめん。急に」
さっきまで一緒に寝ていたんだし、それくらいしても驚かないかと思った。けど、そうだよね。私たち、こんなに馴れ馴れしくするような仲じゃなかった。
永井君がごほん、と咳払いする。
「で、昨日はちゃんと寝れた?」
「ん?」
そうだ。そうだった。
「……寝れたみたい。ずっとちゃんと寝れてなかったのに」
「それは良かった」
隣に永井君がいてくれたおかげだろうか。
久しぶりにいい夢も見た。
さみしいだけかと思っていたけど、人肌のぬくもりって実はすごく大事なのかもしれない。いや、さみしいで合ってるのか?
「俺もなんだ」
「永井君も? 彼女と別れてからずっと眠れなかったとか? そういう話も昨日してたっけ?」
「してたって、だから一緒に寝てみようっていう話になったんだよ。送ったときに。もしかしたら、安眠できるかなって笑って言ってたけど?」
「え、あー、なるほど」
昨日はよっぽど酔っていたらしい。
普段なら絶対にない思考回路だ。
そんなに人肌恋しかったのか、私。
「で、さ。よかったら、俺たちソフレにならない?」
「は? ソフレ?」
「そう、ソフレ。添い寝フレンドの略」
「はあ、ソフレ……」
「あ、別に何もしないから。本当に一緒に寝るだけだから」
「そんなのある?」
「ある」
あまりにおかしな提案に私は混乱していた。
セフレなら聞いたことあるけど、ソフレは聞いたことが無い。
けど、いいかもしれない。昨日は本当に安眠できたし、永井君なら本当に手を出してこなさそうだし。手を出してくるなら昨日もうヤッているはずだ。ベッドの様子をさっきからちらちら見て確認したけど、そういう痕跡は無い。
同じ痛みを持つ仲間みたいな安心感もある。
「うん、いいかも。それ」
だから、私はなんとなく同意してしまったのだった。
心地よい安眠のために。
「じゃあ、朝飯にする?」
「え、食べてくの?」
「俺の方が泊めてもらったんだし何か作るよ。なんかある?」
「食パンと卵くらいなら……」
「よし」
永井君が立ち上がる。
「台所使っていい?」
「いいけど」
狭いキッチンだけど汚くはしてないはずだ。そこまで料理にこだわってはないから、人に使われても問題は無いし。
え、何? 朝食、作ってくれるの?
先輩だったら、ただごろごろしているだけで何もしてくれなかったんだけど。そういうもんかなと思って、私の作った料理を食べてくれるだけで満足してたんだけど。
永井君はテキパキと朝食の準備を始めた。
「いい匂い……」
そんなに時間もかかっていないのに、なんだかいい匂いがしてくる。
「はい、どうぞ。簡単なものだけど」
「うわ」
目の前に置かれたのは、トーストに目玉焼きを乗せた目玉焼きパンだ。
「なんか、美味しそうなんですけど」
実際、美味しかった。
「すごい、永井君。すごい……。目玉焼きにかけてあるマヨネーズの焦げまで美味しい……。こんなのパパッと作れるなんて最高……」
「なにそれ、食レポみたいだな」
永井君は笑う。
これが、胃袋を掴まれるというやつか。
永井君。ソフレにするには最高の人材なんじゃないだろうか。
「私はともかく、永井君が振られるとかおかしいんじゃないの?」
思わず出た私の言葉に永井君が苦笑した。
◇ ◇ ◇
『ソフレとは、添い寝フレンドの略です』
添い寝するだけで恋愛関係は無い。それ以上の行為もしない。
スマホで検索しても出てきた。どうやら、永井君が提案したのはそれ程おかしいことではないらしい。
意外と普通?
いやいや、それはない。それなりに特殊。
けど、お互いに今は付き合っている人がいなくて利害が一致しているのだから問題ない、と思う。誰かに迷惑かけているわけじゃないし、私は眠れるようになったし。
ソフレなんか作るくらいなら普通に恋人を作ればいい。そっちの方が普通だとは思うけれど、正直それは面倒だ。まだ誰かと付き合うなんて考えられない。
そう思えば、ただ隣で一緒に眠ってくれる人がいるというのは私にとっては最高の状態だった。
人のぬくもりってそれだけで落ち着く。
最近気付いたんだけど。
「ね、最近は眠れてるの?」
一緒にいた同じサークルの女の子に話し掛けられて、私はスマホを触っていた手を止めて顔を上げる。
大学の食堂で昼ご飯を食べた後でぼんやりしていた。眠れていても食べたすぐはやっぱりちょっと眠くなる。
「やっと眠れるようになったよ」
「そっか、よかったね」
私は頷く。
「もしかして新しい彼氏でも出来た? お肌の調子よさそうだし」
「睡眠ちゃんと取れてるせいかな? 彼氏なんて出来てないってば」
「でも、吹っ切れてるみたいだし、なんか怪しい」
「怪しくないよー。そんなに違う?」
「だって、梨奈、先輩に振られたばっかりのときクマとか出来てたしヤバかったよ。いつも眠そうにふらふらしてたし」
「そんなだったんだ……」
「そうそう。だから、元気になったのは良かったと思うよ。時間が経ったお陰かな?」
そんなにひどかったのか、私。
だったら、永井君がソフレになってくれて本当に良かった。永井君はあれから何度か私の家に来ている。彼がいるとぐっすりと眠ることが出来る。睡眠薬を飲もうかな、なんて思ったこともあった。それに比べたら随分と健康的だ。だって、隣で眠っていてくれる人がいるだけでいいんだから。
◇ ◇ ◇
「コンタクトにしてみたらどうかな」
「え?」
そんなにおかしい提案をしたつもりはないんだけど、永井君がびっくりしたような顔をしている。
今日も一緒に眠るために今日は私が永井君の家に来ていた。清潔で居心地のいい部屋で、私が掃除をする必要はハッキリ言って無い。いつもぐちゃぐちゃで私が行ったときに片付けていた先輩の部屋とは大違いだ。
初めて来たときにそれを伝えたら、何故か不機嫌そうな顔になっていたのはどうしてだろう。
今日も永井君の部屋は綺麗に掃除されていて居心地がいい。
しかも彼が作ってくれたカレーを二人で食べているところだ。正直、最高。
で、私は眠るとき以外あまりにも役に立っている気がしなくて、せめてものお礼として提案してみたという訳だ。
「永井君かっこいいから、メガネだともったいないかなと思ったんだけど」
「……!」
永井君は言葉を失っている。そんなにびっくりすることかな?
「大学だとメガネ外してるところなんて見たことなかったけど、寝るときには外してるでしょ? それ見て、外してみてもいいんじゃないかと思って」
「そうかな」
あんまり信じていない様子だ。
これはアレだ。自分が割と整った顔をしてるって気付いてない?
それは本当にもったいない。
けど、本人が嫌ならしょうがない。好みの問題もあるし。
「もちろんメガネが好きなら無理にとは言わないよ」
「別にこだわりがある訳ではないけど。なんとなく、付けてる方が落ち着くというか」
「そうなんだ。でも、コンタクトにしたら絶対いいと思うよ。私は」
「……そっか」
うんうん、と私は頷く。
なんなら服も一緒に買いに行ったりしようかな、なんて思ったけれどそれは言うのをやめておいた。
だって、私たち恋人でもなんでもないし。
外で一緒にいるところを見られたりしたら困る。多分。私はともかく、永井君が。
だって、もし好きな人が出来たり、付き合う人が出来たりしたら、変な噂が立ったら困る。
永井君、普通にいい人だし、料理も上手いし、優しいし。すぐに新しい彼女が出来そうな感じだ。
あれ? でも、そうしたらこの関係ってどうなるんだろう?
彼女がいたらさすがにこんなこと出来ないだろうし。
解消、かな?
それは、さみしい気がする。
「どうしたの? 宮里さん」
「!」
急に名前を呼ばれて、私はスプーンを落としそうになった。
私は誤魔化すように笑って答える。
「なんでもない。カレーすごく美味しいよ」
「よかった」
永井君も笑う。
うん。メガネでも充分かっこいい。
◇ ◇ ◇
嬉しい、はずだった。
「最近、永井君かっこよくない?」
「私もそう思った!」
「どうしたんだろ、急に。彼女でも出来たとか?」
「えー。でも、そんな話聞かないよ」
「ね、梨奈はどう思う?」
「え、えーと。確かにかっこよくなったよね」
自分自身でやったことだからもっと誇っていいはずなのに、私はどうしようもなく複雑な気分になっていた。
永井君がこんなに注目されるなんて。
サークルの部室の中で、私たちはおしゃべりしている。もちろんひそひそ声で。
なにしろ永井君は少し離れたところで男子たちと一緒に話している。
永井君は元々かっこいい。
本当はそう言いたいけど、そんなことを言ったらなんで知ってたのかとか根掘り葉掘り聞かれるに決まってる。
服なんかもちょっとアドバイスしたら前よりずっと良くなった。お陰で、私以外の女の子も永井君の魅力に気付いてしまった。
そんなの、別になんとも思わないと思っていたはずなのに。
周りのみんなが永井君に注目してる。
私が発見したんだって、もっと誇らしい気持ちになってもいいはずなのに。なんだかモヤモヤする。
「彼女いないなら、私ちょっといってみようかな」
「えー、そんないきなり」
「前から優しそうだなって思ってはいたよー」
「そうなのー?」
「そういえば、前の飲み会の時に梨奈って永井君に送ってもらってなかった?」
「あ、うん」
「羨ましい!」
あの時は何も言われなかったのに、みんな勝手だ。
「その時になんかあったりした?」
聞かれて私はぶるぶると首を振る。
「家の前まで送ってくれたよ」
「わー! 紳士!」
「それ、最高じゃない!?」
「永井君なら大丈夫って思ってたけどさすが」
口々に言う友人たちに本当のことなんか言えなかった。
◇ ◇ ◇
「今日、サークルの女の子達が永井君のことで騒いでたよ」
今日も私は永井君の家に眠りに来ている。
で、今日のことを話してみたんだけど永井君はピンときてないみたいに首を傾げている。
「かっこよくなったって言ってたよ。コンタクトにしてよかったね」
「そうなんだ」
わかってないのかと思って、わかりやすく言ってみたんだけど反応は薄い。
「永井君と付き合いたいって言ってる子もいたよ」
あまりに反応してくれないから、私はムキになって言った。本当はこんなこと言いたくないのに。
「俺と?」
「あのさ、もし好きな子が出来たらちゃんと言ってね。今はまだそんな気持ちにならないかもしれないけど。そのうちってことはあるでしょ? 相手がいないならいいけど、こんなのきっと相手がいたら嫌がられるに決まってるし。そしたら、私……」
言葉に詰まった。
ソフレなんてすぐに止めるから、って言いたかったのに。迷惑は掛けないからって言うつもりだったのに。
思っていたよりずっと、永井君の側は居心地が良かったみたい。
さみしいのかな、私。この関係が終わるのが。
「何? 俺に彼女が出来たら、今度は別の男とソフレになるってこと?」
思わず言葉を失う。
そういう選択肢もあったのかって、今気付いた。
考えもしなかった。
「嫌だからな、俺。そんなの」
「え?」
永井君、何を言いだしてるの?
「嫌ってどういうこと? もしかして、ソフレとしてすごく良かったってこと? え、でもダメだよそんなの。ちゃんとした相手がいるのにこういうのって」
「違うって、そうじゃなくて」
永井君は頭を抱える。
「大丈夫?」
「ああ」
永井君がさみしそうに笑う。
「宮里さんにとってはそういう関係だったんだな。けど、ただのソフレだもんな。しょうがない」
「しょうがないって、何が?」
「……それは」
今度はため息を吐く。それから言った。
「彼女が出きたらって言うけど、俺にはそんなつもりないから。本当に気付いてないんだね。俺、ずっと宮里さんが好きなんだよ」
「好き? 好きって、私を? ずっと、って?」
「ソフレになる前から」
「え、え? いつ?」
「サークルに入ったばかりの時」
「そんな前? それって大学入ったばっかりじゃん! どうして?」
突然の告白に頭が混乱する。
「俺、人に話し掛けるの苦手だからすごく困ってたんだ。それに根暗っぽい見た目だから、誰も話し掛けてくれなくて。でも、宮里さんは普通に話し掛けてくれたんだ」
「そうだっけ」
そんなこともあった気がする。私もサークルに入ったばかりの頃は緊張してて、出来れば色んな人と仲良くなりたいなって話し掛けてたのは覚えてる。
だけど、そんなことを覚えてて、それで好きになってくれたの?
「そうだよ。それで緊張がほぐれて他の人とも話せるようになったんだ。だから、ずっと感謝してる」
「そんなこと。私、大したことしてないのに」
「いいんだ。俺には大したことだっただけだから。それに、ここまで来たら言っちゃうけど」
「まだあるの?」
「俺が彼女に振られたってのも嘘」
「え、ちょ……。なんでそんな嘘!?」
「だって、普通にソフレになってくれって言っても断られそうだったから。それなら、同じような境遇だって言った方が親近感湧くかなって」
「なにそれ、ずるい」
「だよな。でも、必死だったから」
なにそれ。なにそれ。
本当にずるい。
「だから、俺が好きになったのは宮里さんが初めて」
はにかむように笑うのもずるい。
「チャンスだって思ったんだ。話し掛けることすらなかなか出来なかったのに、逃がしてたまるかって思った。でも、迷惑だったらしょうがない。好きな子の負担になりたくないもんな。今日はこのまま帰って……」
「迷惑なんてそんなことない」
私は永井君の言葉をさえぎるように言った。永井君がきょとんとしている。
「初めて好きになった人は違うけど」
それは、ちょっぴりさみしいけど。
「私が今好きな人は永井君だよ」
今度は永井君がびっくりした顔をしてる。
「宮里さん、俺のことただのソフレだと思ってたんじゃないの?」
「それはこっちのセリフ! ずっと私のこと好きだったなんて知らなかったんだから! というか、それで手出さずに我慢してたの? ちゃんと寝れてた?」
「う。……それは。実は、あんまり寝れてませんでした……。だって、好きな女の子が隣に寝てるんだから……。それに、恋人でもないのに手なんか出せないし……」
しゅん、と子犬みたいにうなだれる永井君も可愛い。というか、なんていい人なんだ!
「じゃあ、安眠できてたの、私だけってこと? 言ってくれれば良かったのに。それ、ソフレの意味無くない?」
「じゃあ、最初に素直に言ってたら、俺のこと好きになってた?」
「それは~」
私は目を泳がせる。
「段々好きになったというか、最初だったらちょっとわからなかったというか……」
私の言葉に永井君がため息を吐く。
「それ、素直に言わなくてもいいのに……」
「別にいいでしょ。今は永井君が好きなんだから」
「そうれもそうか」
ぱっと輝くような笑顔になるのも子犬っぽい。単純というかなんというか。
「じゃあ、今日からは恋人として寝てもいいってこと?」
って、何を言い出すの! この子犬君は!
でも。
こくりと私は頷く。
「やった!」
本当に嬉しそう。
「それなら俺も安眠出来そうだし」
「もう!」
「あ、でも、宮里さんは大丈夫? 俺がソフレじゃなくて恋人になっても安眠できそう? いきなり眠れなくなるとか無い?」
「当たり前でしょ。ソフレだからじゃなくて、永井君の隣だから安心して眠れてたんだから。彼氏になっても変わらないに決まってるでしょ?」
「そっか」
たった今ソフレから私の彼氏になった永井君は、照れくさそうに笑ったのだった。
隣で眠るだけの簡単な関係です 青樹空良 @aoki-akira
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