第二十話 ヘスティリア、皇帝を籠絡する

 皇太子との「交渉」を終えると、ヘスティリアとヴェルロイドは皇帝と皇妃の元へと向かった。


 ヘスティリアは少し気分を引き締めていた。皇太子を屈服させてヘスティリアは今後の為に必要なモノは全て手に入れることが出来ていた。次代の皇帝と皇妃に対して精神的な優位を得たことは、今後の社交で圧倒的な意味を持つし、そして二十年後くらいに皇帝の代替わりがあった後には更に効いてくるだろう。


 ヘスティリアはこれ以上のモノをこの夜会で得る気はなかった。そして大事なのは得たモノを失わない事だと考えていたのである。その為には、これから行う皇帝と皇妃との会談は重要になるだろう。


 皇帝と皇妃と対立関係になる事は、ヘスティリアは全く望んでいなかった。皇帝の上に出よう、優位に立とうとも思っていない。彼女が皇帝との関係で望んでいるのは敵視されないことで、これは皇太子との関係と比べて随分と穏当なものだと言える。


 理由は、現在のヘスティリアの身分を保証しているのは全て皇帝の権威だからである。


 皇帝がヘスティリアの出自と、皇族の身分を保障していることが、ヘスティリアの今の立場の土台になっているのだ。逆に言えば皇帝が「やっぱりヘスティリアを皇族とは認めない」と言い出せばヘスティリアの権威は崩壊するのである。


 実際には、ヘスティリアは実力で多くの貴族に認められているし、皇太子と皇太子妃の弱みも握っている。皇帝だって前言を翻すのは簡単ではないから、既にヘスティリアの権威をひっくり返すのは容易ではないものの、それでも皇帝が本気で強硬な姿勢を打ち出してくれば、ヘスティリアには対抗が難しいだろう。


 それゆえ、ヘスティリアにとって皇帝との平穏な関係は自らの権威を守るための必須条件だと言える。しかしながら今の状況で、それが難しい事であることは理解していた。


 なにしろ、今さっきヘスティリアは皇太子を眼前に跪かせている。誰の目にも明らかなくらいに皇太子を屈服させているのだ。


 皇太子は言うまでもなく皇帝と皇妃の息子である。その彼を屈服させたのだ。息子が屈辱を与えられたシーンを見て、皇帝と皇妃が驚愕してヘスティリアに反感を抱き、警戒したであろう事は容易に想像が付く。


 もちろん、あれには皇太子の失策があったわけで、ヘスティリアにしては当然の要求であった訳だが、そんな事は皇帝と皇妃には分かるまい。何事が起きたのかと訝っているだろうし、息子を跪かせたヘスティリアに対して怒ってもいるだろう。


 その皇帝と皇妃の怒りと警戒を解かなければ、ヘスティリアが手に入れた全てのことは水泡に帰す可能性が十分にあるのだ。ヘスティリアは頭の中に、事前に調べた皇帝と皇妃についての様々な情報を思い浮かべながら、笑顔に力をいれた。


 ヘスティリアの想像通り皇帝と皇妃は怒っていた。無理もない事である。


 皇帝がヘスティリアを一時的に帝室に迎え入れたのは、ヘスティリアというよりヴェルロイドを一代公爵にするための配慮であって、断じてヘスティリアを皇太子の上にするためではない。


 ところがその配慮をヘスティリアは利用し「姉」として皇太子を跪かせた。どういう事情があったかは分からないが、次代の皇帝と明確に定められ、帝国のナンバーツーである皇太子を、皇族であるとはいえ臣下であるヘスティリアが跪かせるなどあってはならない事であった。


 皇帝は警戒した。皇帝はヘスティリアには帝位を狙うほどの野心は無いと考えていたのである。理由は、そんな事は不可能であるし、そんな事をすればヘスティリアは全てを失う事になると理解していると考えていたからである。


 もしもヘスティリアが帝位への野心を明らかにすれば、その瞬間に皇帝はヘスティリアを逆賊に認定して全ての権利を剥奪して討伐に踏み切るだろう。その場合、皇帝は一切遠慮をしない。たとえアッセーナス辺境伯領との全面対決に陥ろうと、構わずにこれを断行するだろう。


 そうなればヘスティリアは勝てない。帝国は強大であり、どんなにアッセーナス辺境伯領が強力でも、勝つ事は出来ないだろう。そして戦争状態になればアッセーナス家に与えられる筈だった一代公爵の地位も何もかもおじゃんになる。


 このことが、聡明で頭が物凄く切れる事は明らかなヘスティリアに分からないはずは無い。それ故、皇帝はヘスティリアが帝位を狙うなどと考えてはいなかったのである。


 しかしヘスティリアは皇太子を跪かせた。これはある意味、一線を超えた行為である。臣下であるヘスティリアが次代の皇帝である皇太子の上に出ようとするなど、反乱に相当するような事だからだ。


 皇太子が何を考えてそのような事をしたのかは分からないが到底看過出来ない行動だった。一瞬、皇帝はヘスティリアを拘束させようと考えたくらいである。


 しかし、直後にヘスティリアは何食わぬ顔をして皇帝のところにやってきた。その麗しい笑顔には一切の屈託がない。


 そのこちらが戸惑うようなあけすけな笑顔に、皇帝は逆に警戒心を高めた。彼は皇妃と顔を見合わせ、頷きあった。皇帝は別室を用意させて、そこでヘスティリアとヴェルロイドと話をする事にしたのである。


 同時に、皇帝は近衛兵を集めさせた。いざという時にはヘスティリアとヴェルロイドを拘束する為である。


 皇帝が二人を別室に誘うと、ヘスティリアもヴェルロイドもあっさりと承知した。皇帝は逆に驚いたくらいである。ヘスティリアの聡さなら、皇帝の意図と拘束される危険性を看破出来てもおかしくない。別室に移る事を嫌がると思ったのだ。


 しかしヘスティリアとヴェルロイドは何やら楽しげに話しながら、大広間近くの談話室に堂々と入って行ったのである。


  ◇◇◇


 ヘスティリアとヴェルロイドは悠然と腰掛けた。対面には皇帝と皇妃が座っている。テーブルにはお茶と、グラス。数種類の酒類や果実水。軽食が何種類か並んでいた。ヘスティリアは早速、給仕に銘じて水をグラスに注がせると、優美な手付きでグラスを手に取り一息に飲み干してしまった。


「ダンスを踊り過ぎて喉が渇いてしまいました。夜会にも慣れていないので、足が攣りそうだったのです。陛下のおかげで座ることが出来て助かりましたわ」


 ヘスティリアはニコニコと笑いながら言った。水を飲む仕草といい、少し粗野な雰囲気がある。彼女は皇帝の前ではいつもこのようなあけすけな態度をしていた。そのため、皇帝はヘスティリアが大きな陰謀を企むような人物には見えていなかったのだ。


「これから嫌でも慣れるであろう。公爵夫人ともなれば毎晩のように夜会に招かれる事になるのだからな」


 皇帝が言うとヘスティリアは肩をすくめた。


「そうはなりませんわ。私とヴェルロイドは結婚式を終えたら一度領地に戻りますから」


 その言葉を聞いて皇帝も皇妃も驚きの表情を浮かべた。


「帰る? 何故だ」


「領地でやり残した事がたくさんあるからですわ。今回の帝都入りは、帝都で結婚式をしたいという私の我儘を、ヴェルロイドが叶えてくれるために無理してくれた結果なのです」


 事実その通りだが、正確にはヘスティリアが暴走して「無理を強いた」のだが、ヴェルロイドはもちろんそんな事は言わずにただ微笑んでいた。


「どうにもこうにも忙しくて。ずっと帝都にいることは出来そうもありません。せっかく建てる帝都のお屋敷にも、いつ住めるようになるやら」


 ヘスティリアは悲しそうに嘆いた。これは本音であるから彼女は本気で悲しんでいるように見えただろう。


 そのヘスティリアの様子を見て、皇帝はスーッと肩の力が抜けるのを感じた。


 ヘスティリアが帝都に常駐しないのであれば、彼女が帝位を狙うことなど不可能だ。彼女が帝都の政界に及ぼせる影響力は大きく制限される事になるだろう。毎日のように社交に出て、貴族たちに働き掛けて自分を帝位に押し上げるべく運動しなければ、皇太子になり変わって皇帝になることなど出来るわけがない。


 やはりヘスティリアには帝位への野心は無いのだ。皇帝はあからさまにホッとした。そして帝都に常駐出来ないという事は、いくら支持する貴族が多いとは言ったって、中央政界に強く干渉する事も難しくなるだろう。


 ある意味、皇帝がヘスティリアに対して抱いていた懸念は、ヘスティリアの「帝都に常駐するわけではない」という宣言でほとんどが解消したのであった。


 他にもヘスティリアは雑談として、彼女が目指すアッセーナス領の展望を語った。新しい港で北の海の交易を活発にして、それを街道と繋ぐ事によって、帝国北部と帝都、更には南部の繋がりを密にする。そうすれば帝国は更なる繁栄が見込めると説いたのだった。


 皇帝はすっかり感心してしまった。ヘスティリアの構想は既にアッセーナス領で進んでいる交易改革が単なる一領地の振興策でない事を示していた。内容は具体的で分かり易く、皇帝が課題としていた帝国内部の経済格差を是正出来るアイデアでもあると思えたのだ。


 彼女が私利私欲や一領地の繁栄だけにこだわるような人物ではないことも良く分かった。そして商業についても明るく、帝国の南部の事にまで精通している事も伝わってきた。既に聡明で頭が切れる上、実行力もある人物である事は知っていた皇帝だったが、この時の会話で彼はヘスティリアが非常に得難い有能な人物である事を認めたのである。


 その彼女は既に帝室の一員であり、ヴェルロイドと結婚して公爵夫人になる事になっている。皇族の地位を得て、その権威で彼女が自分の構想を推し進めてくれれば、これは帝国全体にとっても大きな利益になるだろう。結果論だが、ヘスティリアを皇族にした事は、帝国を発展させる為には思いの外良い事だったのではないだろうか。


 と、皇帝はあっさりヘスティリアを信頼する事に決めてしまった。彼は急に皇帝になることになってしまい、信頼出来る家臣がほとんどいない状態で政務を始めるしかなかった。そのため、家臣を見つけるために家柄や柵を取り払い、偏見を持たずに人を評価する事が出来るようになっていたのである。その彼が、有能である事は間違いないヘスティリアを認めるのは当然であった。


 会話を交わして行く中で、ヘスティリアは皇帝の態度がどんどんと柔らかくなって行くのを感じていた。どうやら上手くいったようだ。


 ヘスティリアは皇帝はいい意味でのお人よしだと見ていた。他人に悪意を強くは持たないタイプで、相手に誠実さを見出せば信用する男なのだ。


 こういう人物には嘘はいけない。本当の事を曝け出して、腹を割って話合うのだ。なので今回、ヘスティリアは一切嘘は吐かなかったし、ほとんど誰にも話した事もない、将来の構想まで赤裸々に口に出したのだった。


 その結果、ヘスティリアの考えは皇帝に気に入られたようだった。元々、帝国の将来を憂う事人一倍の皇帝である。帝国の将来の具体的な構想を聞いて彼は非常に喜んだようだった。二人は意気投合して帝国の色々な事について話し合い、ヴェルロイドが呆れるくらい最終的には親密な砕けた関係になってしまったのである。なにせヘスティリアは皇帝を「お義父様」と呼び、皇帝はヘスティリアを「リア」と呼び始めたのだ。


 そんな二人を見て、もしかしたらやり過ぎたヘスティリアを皇帝が拘束、もしくは暗殺する気なのかもしれないと心配していたヴェルロイドはホッとしていた。一応は懐に短剣を忍ばせ、合図で護衛たちを呼ぶ準備はしていたものの、それでも逃亡出来るかは五分五分だったから、ヘスティリアと皇帝が和解出来たならそれに越したことはない。さすがはヘスティリアだ。


 しかし、仲良くなった二人を見て、皇妃は苦々しい思いを抱いていた。


(陛下は人を信用し過ぎる)


 と皇妃は思っていた。人が良く、第二皇子としてのびのび育ったせいか大らかで、人を恨む事がない。真面目で誠実で浮気など考えもしない良い夫だったが、政治家としては少し単純過ぎる。何度か悪どい貴族に騙されそうになったり、利益を奪われそうになっても変わらないのだから、生まれ持った性格というものなのだろう。


 なので皇妃は妻として、その彼を支える者として、どうしても疑り深くならざるを得ない。今回も、彼女はヘスティリアに帝位への野心の無さと帝国発展の意欲と展望、そして'有能さを認めながらも、どうしても胡散臭さを拭えないでいた。


 皇妃には眼前のあけすけな女性と、わずか半年で女性社交界を制圧して皇太子妃と皇太子を屈服させた、稀代の奸婦の姿がどうしてもが結び付かないのだ。つまりヘスティリアは、この無邪気な仮面の奥に、もっと悪辣な悪女の姿を隠していると考えざるを得ないのである。


 その姿を暴かなければならない。皇妃は微笑みの仮面を顔に被せたまま、ヘスティリアに声を掛けた。


「ヘスティリアは商売が好きなようですがそれは何故ですか? あまり貴族的とは思えませんけど」


 ヘスティリアが平民の商人に預けられて育ったことを承知での質問である。彼女が平民育ちであることを当て擦った、やや侮蔑の意味を含んだ言葉であった。ヴェルロイドがわずかに眉を動かした。皇妃がヘスティリアに好意的でない事に気がついたのであろう。


 しかし、ヘスティリアは涼やかな笑顔を崩さずに軽く言った。


「私は別に商売など好きではありません」


 意外な返答に皇妃は目を丸くしてしまう。それを見ながらヘスティリアは言った。


「私が好きなのはお金です。お金があればモノが買えますもの。好きなものを食べて、綺麗な服を着て、楽しく遊べますでしょう?」


 これぞ貴族的でない、俗っぽい発言に、皇帝も皇妃もキョトンとした顔をしてしまう。ヴェルロイドは苦笑している。ついこの間までギリギリの財政だったアッセーナス辺境伯家としては、お金の問題の切実さは身に染みているが、生まれながらの皇族や大貴族である皇帝夫妻には分からないだろう。


 しかし、ヘスティリアはこう続けた。


「お金は大事です。それが無いために、明日の食事が出来ず飢えて死ぬ者を私は実際に目にしました。お金がないために、商品が仕入れられずに商機を逃し破産した商人を私は見てきました。そして、お金がないために大きな可能性を持つ領地が。みずみす衰退しつつある様も目にしたのです」


 皇帝も皇妃もヘスティリアの重い言葉に聞き入った。領地の規模にまで話が大きくなれば、皇帝と皇妃にも理解出来るようになった。個人のお金は領地や国の規模になれば予算と呼ばれるようになる。予算の不足によって政策が実行できないような事は、皇帝も皇妃も何度も経験してきた事だったのだ。


 つまりヘスティリアは個人的なお金と予算を結び付ける事で、庶民がお金に困るという意味を皇帝と皇妃に分からせたのである。ヘスティリアは真っ直ぐに皇帝と皇妃を見つめて言った。


「私が商売に励み、交易を振興するのは、お金が欲しいからです。お金があれば人は死なず商人は破産せず、領地を正しく発展させることが出来ますから」


 平民的な俗っぽい言葉が、貴族として領主夫人としての自覚を持つ、誇り高い言葉に化けてしまった。なんということか。皇妃は舌を巻いた。彼女は暗に皇妃に、平民的な商人的な感性を持つ事は政治家として悪いことではないと言ったのだ。皇妃に直接反論することのない、見事な切り返しだと言えた。


 皇妃としてはヘスティリアを怒らせて地を出させる狙いがあったのだが、完全に当てが外れた。これは、やはりこの女性はただ者ではない。皇妃は感嘆すると共に、母として危機感を覚えた。


 この女性と皇太子では、母である皇妃が見ても、どう考えてもヘスティリアの方が全てにおいて上に思えた。発想力、構想力、実行力、人望、そしてこの口の巧さである。


 ヘスティリアが本気で皇帝を目指したなら、皇太子は太刀打ち出来ないだろう。皇帝はヘスティリアが帝都に常駐しないと言ったことで警戒を解いたようだが、皇帝の代替わりはおそらく二十年近くは先の話だ。その頃にはヘスティリアが帝都に住み着いている可能性が無いとは言えないではないか。


 そう考えて皇妃は危機感を高めていたのだったが、それを見透かしたようにヘスティリアは皇妃に笑い掛けた。


「皇太子殿下は良い皇帝になられますよ。きっと」


 皇妃は核心を突かれて仰天した。驚愕を露わにしてしまい、表情を戻す事にも失敗する。彼女はヘスティリアを睨み付けた。


「どういう意味ですか?」


「これから、色々苦労するでしょうからね。私のせいで」


 ヘスティリアは皇妃を見つめながらクスクスと笑った。


「これまで皇太子殿下にはライバルがいませんでした。皇帝の一人息子でございますからね。ですから、慢心があったのです。だから浮気なんてしていたのですよ」


 皇妃は言い返せなかった。確かに、皇妃も皇帝も、たった一人の息子である皇太子を甘やかし気味だった事は確かだった。きちんと教育は施したものの、かなり自由な行動をさせ嫌な思いをさせないようにしてきたのだ。


 そのせいで彼はやや高慢な自信家に育ってしまった。皇妃から見ても自分の実力を過信して、他人の意見を軽んじる傾向があると思えた。皇帝も皇妃もそれを強く指摘せず、浮気に関してもむしろ二人は皇太子妃ではなく皇太子を庇った。


「この先、皇太子殿下は常に私の存在を意識する事になるでしょう。私よりも劣ると思えば。貴族たちは遠慮なく殿下ではなく私を皇帝にせよと叫ぶでしょうからね」


 そうならないためには、皇太子はヘスティリアを超えるべく努力をするしかない。勉強と実務に邁進して、家臣たちと協力してヘスティリアがこれから残すだろう実績を上回るべく頑張る事になる。浮気などしている暇はなくなるだろう。


「私が皇太子殿下を跪かせたのは、そのためです。あの方は頭の上に重しを置いた方が伸びるタイプですよ」


 ヘスティリアはしゃあしゃあと言ってのけた。彼女の見るところ、皇太子は別に素質が劣っている訳ではないようだから、死ぬ気で頑張ればそれなりに有能な政治家にはなれるだろう。社交界で聞いた範囲ではそれなりに人望もあるようだし、頑張る姿を見せれば有能な家臣も集まって来るに違いない。


 そして浮気さえしなければ、皇太子妃との関係も上手く行くだろう。何しろ発想が似ているのだし。あの二人は。


「貴女は皇帝になる気はないのですか?」


 思わず皇妃は言ってしまった。言ってしまって馬鹿な質問だと気付く。これにヘスティリアがなんと答えようと、皇妃がヘスティリアを疑っている事をハッキリと示してしまったのだから。その事自体がヘスティリアに対して失礼な事であり、皇妃の失態となるのだ。


 果たして、ヘスティリアは苦笑しながら言った。


「皇妃様がお疑いになるのは無理もありませんが、私はそんな不遜な事を考えた事は一度もございませんよ。不安だとは思いますが、その辺りはこの先の私の行動を見て判断して頂くしかございませんね」


「……つまらぬ疑いを掛けてすみませんでした。ヘスティリア。忘れて下さい」


 皇妃は謝罪を余儀なくされ、ヘスティリアは笑顔で一礼した。これで皇妃はこれ以上ヘスティリアを追求する術を失ったのである。本当は皇太子をどうやって跪かせたのか、どういう意味合いのある事だったのかなど、追求すべき事はまだあったにも関わらず。


 ヘスティリアは素知らぬ顔で皇帝と帝国の改革についての話をしている。それを見ながら、皇妃はヘスティリアが、自分の手に負えない存在である事を悟らざるを得なかったのである。


 こうして、ヘスティリアは皇帝を籠絡し、皇妃に自分を認めさせ、帝国における地位を確立したのであった。今やヘスティリアの行動を制限できる者は誰もいなくなったのである。


 

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