第十五話 ヘスティリア、社交界で有名になる

 ヘスティリアとヴェルロイドは、帝都に入って半月後、小さな屋敷を借りた。当面の仮住まいであり、後々ちゃんとした辺境伯家に相応しいお屋敷を建てるか購入する予定だ。


 小さいが、高い塀に囲まれて防衛が容易な屋敷を選んだ。実際に襲撃を受けてしまっているのだから当然の配慮だ。アッセーナス辺境伯領からも兵を交代で呼び寄せて屋敷の防衛や二人の護衛にする。


 ヘスティリアにしてみれば念願の帝都住まいの始まりであり、それはもう彼女は浮かれ騒いだ。そして彼女は早速、女性の社交に乗り出したのである。


 最初は、実家という事になるバレハルト伯爵家、特に義理の姉という事になるアンローゼを頼り、その紹介でお茶会や観劇会、演奏会などに足を運んだ。


 途端にヘスティリアの存在は大きな話題になった。彼女の髪色が緑だったからである。あれほど鮮やかな緑は、皇族でなければ染める事でしかあり得ない。しかし、ヘスティリアなどどいう皇族は知られていない。


 それで貴族の間で一気に大きな話題になった訳だが、当人のヘスティリアは訪れた社交の場でこう言いふらした。


「いかにも私は皇族の血筋を引いていますわ。そうですね。かなり高貴な方の血を引いております」


 そして思わせぶりに微笑んでこう付け加えるのだ。


「近い内に、皇帝陛下から位を授かる予定ですわ」


 ヘスティリアの告白は衝撃をもって迎えられた訳だが、しかしながら必ずしも彼女の言葉が信じられたわけでもなかった。


 それはそうだろう。いかにも胡散臭過ぎる。昔から髪を緑に染めて、皇族の血筋を引いていると言いふらす詐欺はありふれているのだ。中には有名貴族との婚姻にまでこぎつけてしまい、大問題に発展した例もある。


 しかもヘスティリアは証拠を出さなかった。指輪の存在を明らかにしなかったのである。証拠は隠し、思わせぶりに自分の血筋を吹聴するヘスティリアは、胡散臭さの塊のような存在であった。


 しかも、ヘスティリアは皇族が出てくるような社交は慎重に避けた。その配慮も皇族と鉢合わせて嘘がバレる事を避けているように見えただろう。


 更に、彼女はアッセーナス辺境伯の婚約者を名乗りながら、辺境伯自身は社交に出てこなかった。彼女が出たのが主に女性社交だったからだが、辺境伯であるヴェルロイドは男性の社交には出てこなかったのである。これも疑いの元になった。


 こうして、ヘスティリアは「皇族を名乗る胡散臭い怪しい女」というキャラクターで帝都の社交界に華々しく登場したのである。


  ◇◇◇


 バレハルト伯爵はこのところ頭痛が治らない有様だった。


 理由はもちろん、彼自身が養女に迎えたヘスティリアのせいだ。


 亜麻色髪の商人の娘を養女にしたら、実は緑の髪を持つ先帝の隠し子でした、なんて想像を絶している。ヘスティリアが緑の髪を煌めかせて彼の元を訪問してきた時、伯爵は思わず椅子から転げ落ちたものだ。


 ヘスティリアは妖しい微笑みを浮かべながら、自分の生まれと事情を説明した。そして、どうやら自分は皇族に迎え入れられそうだと言った。証拠の指輪があり、皇帝も認めてくれたという。


 とんでもない話に驚愕しながら、同時に伯爵は計算もする。ヘスティリアは皇族になる。するともちろん、バレハルト伯爵家との養子縁組は解消される事になるだろう。伯爵の娘が皇族では色々おかしな事になるからだ。


 しかしながら、書類上の縁は切れても、彼女が元バレハルト伯爵家の娘であったという事実がなくなる訳ではない。皇族を保護するために一時的に養女にしていた、というのは名誉な事である。これまで皇族とは縁遠かったバレハルト伯爵家としては、皇族に近付く事が出来るよい足掛かりになるだろう。


 そういう意味では悪い話ではない。伯爵はそう考えたのだが、それを見透かすようにヘスティリアは言った。


「お義父様には感謝しているのですよ。ですから、お義父様がこの先も私の事を援助してくださると約束してくだされば、私はバレハルト伯爵家の娘であった事の恩を忘れず、当家に便宜を図る事をお約束いたします」


 つまり、この先皇族になるヘスティリアに様々な口利きをして貰いたいのなら、当面の援助をしろという訳だ。さすがは商人の娘。しっかりしている。しかしながら商人は、利益には利益で返してくれる生き物だと伯爵は知っていた。


「おお、もちろんだともヘスティリア。お前も私の可愛い娘。そのお前が幸せになるための援助は惜しまぬとも」


 商談成立である。ヘスティリアはニーっと笑う。それを見て、伯爵は少し背中がゾクッとした。その悪寒の正体を伯爵が確かめる前に、ヘスティリアは言った。


「つきましてはお義父様。私はこれから社交に出ますので、アンローゼお義姉さまに女性社交に連れていって下さるようにお願いして下さい」


「社交? まぁ、それは構わぬが」


 女性社交は基本的には招待された者しか参加出来ない。そのため、お茶会などに飛び入り参加するには、参加者からの紹介を受ける必要がある。つまり、紹介者がその者の身分保証をするのだ。ヘスティリアは帝都貴族の婦人に伝手がない。社交に出るためには義理の姉であるアンローゼの紹介が確かに必要だろう。


 なので伯爵は軽い気持ちでヘスティリアを女性社交に紹介するようにとアンローゼに命じてしまったのだが、そのヘスティリアがまさかあんなに胡散臭い、詐欺師めいた存在になってしまうとは、伯爵にとっては予想外にも程がある事だった。


 ヘスティリアから詳しい事情を聞いたバレハルト伯爵は自分でも事情を調べ、彼女の語ったことが事実であると確認していた、なので、伯爵はヘスティリアが詐欺師などではなく、まごう事なく皇族の血を引く娘だと知っている。


 だから、ヘスティリアについて流れる胡散臭い噂が、ヘスティリアが意図的にそういう風に噂されるように振る舞った結果だという事が分かるのである。分からないのは、彼女がなぜそのような振る舞いをしたかという事だ。


 ヘスティリアが身分を周囲に信じさせたいのなら「自分は先帝の娘である。証拠はこの指輪。この指輪が本物であることは既に皇帝陛下も確認済み」と言って、社交のたびに指輪を見せびらかせば良い。しかしヘスティリアは指輪の存在を明かさず、皇帝陛下に既に血筋を認定されている事も言わなかったのだ。


 という事は、ヘスティリアはわざと自身が語る事をぼかし、周囲から疑われるように仕向けているという事である。なんでまたそんな事を。


 そしてバレハルト伯爵にとって困るのは、ヘスティリアはアンローゼの、つまりバレハルト伯爵家の紹介で社交に出ているという事だった。つまり、バレハルト伯爵家がヘスティリアの事を保証してしまっているのである。伯爵家が皇族の名を騙る怪しげな娘の後見をしている事になってしまっている。しかも、調べれば彼女がバレハルト伯爵家の養女である事は分かる事だ。


 その結果「バレハルト伯爵家が皇族を騙る怪しげな女を養女にして、何やら企んでいる」という話に、どうやら貴族の間ではなっているらしい。とんでもない話だ。伯爵は帝宮に上がったり、夜会などに出た時に、知り合いの貴族から「どういう事なのか? あの娘は何者だ?」と聞かれることが増えた。


 こうなると、伯爵としても堂々と真実を「ヘスティリアは本当に皇族である」と主張しても、それが素直に信じてもらえない状況になってる。むしろそういう主張が、バレハルト伯爵家は何か企んでいるという噂の補強に使われる有様だった。伯爵は頭を抱えるしかないのだ。どうしてこうなった。


 どうやら、あのヘスティリアという娘はとんだ食わせ者らしいとバレハルト伯爵はようやく気がついた。しかし今更、ヘスティリアから手を引く訳にはいかない。今更無関係でございますとは言えないのだ。


 こうなったらヘスティリアの思惑がどうあれ、最終的にバレハルト伯爵家の利益になるように行動するしかあるまい。そのためには、ヘスティリアが完全に詐欺師認定されないようにする必要がある。


 一番良いのは皇帝陛下に公の場で「ヘスティリアは皇族である」と認定してもらう事だろう。しかしながら、伯爵が皇帝にそんな事を依頼出来るわけがない。バレハルト伯爵家にとって、皇帝陛下は遠い存在だ。言葉を交わした事すら数えるほどしか無いのだ。


 ではどうするか。出来るだけ近しい間柄の皇族に話を持って行き、そこから皇帝陛下に話を上げてもらうしかないだろう。バレハルト伯爵家の本家はフレブラージュ侯爵家だ。そのフレブラージュ侯爵家からは今の皇太子妃であるネスティア妃殿下が出ていた。


 なので、バレハルト伯爵はまず、本家の当主であるフレブラージュ侯爵に話を持って行った。面会して事情を語ると、フレブラージュ侯爵は仰天した。


「なんだと! 先帝陛下の隠し子だと!」


 伯爵はヘスティリアの素性を語り、証拠の指輪の存在や、皇帝陛下に既に話が通っている事も話した。フレブラージュ侯爵は全ての話を聞き終えるとうむむむっと唸ってしまった。


「……分かった。確認してから良いように動こう。安心するが良い」


 バレハルト伯爵はホッとする。フレブラージュ侯爵は皇太子妃を出すくらいなので、皇族とも日常的に会える立場にある。侯爵が皇太子妃か皇帝に話を持って行けば、おそらくヘスティリアの皇族認定を急ごうという話になるだろうと思ったのだ。


 ……まさかここまでがヘスティリアの描いた筋書き通りだとは、バレハルト伯爵にとっては思いもよらぬ事であった。


  ◇◇◇


 ヘスティリアは調べて、バレハルト伯爵家の本家がブレブラージュ侯爵家である事を知っていた。そしてその侯爵家から皇太子妃殿下が出ている事も知っていたのである。


 バレハルト伯爵が本家を頼れば、ブレブラージュ侯爵は必ず皇太子妃に事情を問い合わせる。その結果はどうなるか。


 ある日、ヘスティリアは皇太子妃殿下に呼び出されたのである。場所は帝宮ではない。皮肉にも皇太子殿下の浮気が目撃された、例のレストランだった。ここは皇族の密会にもよく使われるところらしい。


 ヘスティリアが個室に案内されると、しばらくしてから皇太子妃が入室してきた。皇太子妃ともなれば、帝都を移動するだけでも本来は護衛を何百人も引き連れるものだ。しかし、今回はそんな様子はなかった。お忍びという事なのだろう。


 ネスティア妃殿下は黄緑色の髪と少し垂れ目の青い瞳を持つ。今年十八歳になるのでヘスティリアより一つ歳下だ。桃色の可憐なドレスに身を包み、優雅に上座の席に腰掛ける。


 ブレフラージュ侯爵家には色濃く皇族の血が入っている。皇太子妃の妃になるには髪の色が緑系統でなければならないのだが、これは帝室から皇族の血が薄くならないようにするためである。侯爵家はそれほど濃い皇族の血を引く家なのだ。


 ヘスティリアも青いドレスを揺らして着席すると、お互いにお茶を勧め合って、カップに口を付けた。


「貴女とはちゃんと話がしてみたいと思っていたのよ。実家に伝手があったのは幸運だったわ」


 皇太子妃は微笑んだ。その表情をヘスティリアはお茶を飲むフリをしながら観察する。皇太子妃はまだ若いが、皇族として社交の場数を踏んでいる。ヘスティリアと歩んできた道は違うが「経験」は豊富だと考えるべきだろう。


「それで、どうなの? やはり前皇妃様の養女になるのかしら? 私はそれはあんまりお勧めは致しませんけど」


「それはどうしてでしょう?」


「前皇妃様は恐ろしい方よ。貴女、知ってる? 先帝陛下の死因を。どうやら先帝陛下は前皇妃様に虐め殺されたらしいわよ。恐ろしいこと」


 ヘスティリアはふーん、と聞き流した。その手の話は偉い人が早死にすると毎回出てくるものなので、いちいち真に受けていてはキリが無い。


「しかし、前皇妃様の養女にならないとなると、私を受け入れてくださる皇族のお家がありますかしら?」


 ヘスティリアが振ると、皇太子妃は我が意を得た、というように頷いた。


「それですけどね。アバイン公爵家が貴女を養女に迎えたいと言っています」


 アバイン公爵家は、帝国の傍系皇族四公爵家の一つだ。先々帝の弟が起こした家である。


 ヘスティリアは頭の中で、この半年で学んだ帝国貴族の複雑な関係図を思い出す。アバイン公爵家はブレフラージュ侯爵家と関係が近い。確か、皇太子妃の母親がアバイン公爵家からブレフラージュ侯爵家に嫁いできている方だ。つまり、皇太子妃の母親の実家に当たる。


 皇族としての皇太子妃の後ろ盾がアバイン公爵家なのだ。その家の養女にヘスティリアがなると、ヘスティリアは女性皇族としては皇太子妃の下に入り、皇太子妃を支えて行く立場になることになるだろう。


 なるほどね、とヘスティリアは頷く。皇太子妃としては、ヘスティリアが前皇妃の養女になると、皇族の序列的には皇族出身ではない自分よりも上になりかねない事を危惧していたと思われる。それを、母の実家の養女にして防ごうとしているのだろう。


 彼女の考えは良く分かった。ヘスティリアはニヤッと笑って言った。


「なるほど。そうすれば私を亡き者にしないで済みますものね。いきなり暗殺者を送り込んで来られた方にしては、随分穏当な方法を考えられましたわね」


 皇太子妃がギョッとしたような表情を浮かべた。


「な、なんでそれを!」


 言ってしまってから皇太子妃は口元を抑えたが、ヘスティリアはしっかり聞いてしまった。うんうんと頷く。


「妃殿下か、皇妃様か。確率は二分の一でしたが当たりましたね。大丈夫ですよ妃殿下。別にその事を責めようとは思っておりません」


 皇太子妃は青ざめた表情でヘスティリアを睨んでいたが、ふと気が付いて呟いた。


「二分の一? 前皇妃様は?」


「前皇妃様は暗殺者を送ったりは致しませんよ。あの方は私が目の前でのたうち回って死ぬ事をお望みです」


 言ってしまってゲンナリしてしまうが、前皇妃がヘスティリアに向ける憎悪はそれくらい強いのだ。


「それとついでに言いますが、皇帝陛下や皇太子殿下が暗殺者を向けてきた場合、あんなただの兵士ではなくもっと専門のアサシンを使ったでしょう。ですから、陛下と殿下は除外しました」


 引退状態にある前皇妃は兵士を動かす権限を失っているだろう、というのも予想の根拠である。それと、彼女にはヘスティリアに向ける憎悪はあるが、ヴェルロイドには興味もないだろう。ヘスティリアと同時にヴェルロイドが狙われたのも、犯人が皇妃か皇太子妃だと考える理由になった。


「妃殿下はヴェルロイドの報復を恐れなさったのですね」


 ヘスティリアが言うと、皇太子妃は不貞腐れたような口調で言った。


「ええ。貴女たちを見ていれば、貴女を失った辺境伯が怒り狂う事は目に見えていたからね」


 アッセーナス辺境伯領は軍事力に定評がある。そして見るからにヴェルロイドは強そうだ。その彼が愛する婚約者を失って怒り狂い、帝都に攻めてきたら大変な事になる。皇帝陛下が和解のためにヘスティリアを暗殺した犯人を探すのは目に見えているだろう。そうなれば皇太子妃の身の破滅を招く。


 それを防ぐために同時にヴェルロイドも暗殺してしまおうと考えるのもなかなかの思い切りの良さだが、それはともかく、皇太子妃が見ても、自分とヴェルロイドはラブラブに見えたらしいと考えると、ちょっと恥ずかしくもなるヘスティリアだった。


「で、どうなの? 私の提案に乗るの? 乗らないの?」


 皇太子妃は少し乱暴な口調で言った。それを見ながらヘスティリアはもう一枚カードを切る。


「それは、皇太子殿下を次の皇帝にしないための計画の一環だと考えてもよろしいですか?」


「な!」


 皇太子妃は口を開いて硬直する。貴婦人にはあり得ないような無作法さだが、それほど驚いたという事だろう。つまり図星だ。ヨシヨシ。ヘスティリアは内心でまた頷く。そうだろうと思っていたのよねと。


「な、何を言うの? 何を根拠に……」


「妃殿下と皇太子殿下はあまり仲が良さそうにはお見受けできませんでした」


 皇太子がここで浮気していたくらいである。そして口論する皇太子夫妻に辟易としていた皇帝の様子からすると、二人は日常的に喧嘩をするほど仲が悪いのだと思われるのだ。


「妃殿下は離婚をお考えだとお見受けいたしました。しかし、殿下が即位なされ、皇帝と皇妃になっては離婚は難しい。そこで、皇太子殿下の即位を妨害して、それから離婚しようと思っているのではありませんか?」


 皇太子妃の目が驚愕に見開かれる。唇が震え出す。もちろんだが、皇太子妃はその密かな望みを誰にも漏らしてはいない。それなのにこの目の前の女はそれを白日の元に晒して見せたのである。


「おそらくこれまでは、お母上のご実家のアバイン公爵家のどなたかを皇太子殿下の代わりに即位させることが出来ないかとお考えだったのでしょう」


 その人物を皇太子妃が密かに後押しして、皇帝に押し上げる計画だったのだと思われる。しかし、これは当然上手く行かないだろう。アバイン公爵家は傍流だし、直系の男子である皇太子がいる以上、取って代わるには相当な理由がなければならない。


 そもそも皇太子妃にはかなりの権力と権威があるにはあるが、その源泉はあくまで皇太子の、次代の皇帝の妻である事に依存する。その皇太子を引き摺り下ろせば、彼女自身も共連れで権力も権威も失ってしまうのだ。


 そもそも、そんな計画には皇太子妃の実家であるブレブラージュ侯爵家も、アバイン公爵家も同意すまい。両家にとっては皇太子妃に順調に皇妃に上がってもらった方が、そんな大逆の罪にも問われかねない計画よりもメリットが大きくて確実だ。


 つまり、今のところ皇太子妃が密かに企んでいるに過ぎない計画なのだ。しかし皇太子妃はそのために色々と画策して、自己の権力の拡大を図っていた。ヘスティリアを自派に取り込もうとするのもその計画の一環のつもりなのだろう。


 まぁ、皇太子と離婚したいという気持ちばかり先走った甘い甘い計画よね。とヘスティリアは思う。いきなりヘスティリアとヴェルロイドを暗殺しようと動いた事といい、この若い皇太子妃は短慮なのだ。行動力があって短慮な人物は始末に悪いが、利用し易くもある。


 そしてヘスティリアは皇太子妃を遠慮なく利用するつもりだった。自分の命を狙ってきた相手を許すほどヘスティリアは寛容ではなかった。利用して利用し尽くす事で借りは返してもらうとしましょう。


「妃殿下。そういうおつもりなら、私も是非協力させて下さいませ」


 ヘスティリアは猫撫で声で言った。


「私がアバイン公爵家の養子になれば、皇帝の有力候補が一人出来る事になりますわ」


「は?」


 さすがに皇太子妃が意図を測りかねる。ヘスティリアは機嫌良く説明してあげた。


「先帝の娘にして、帝室の証である指輪を持つ者。皇太子殿下と同じ程度には次代の皇帝になる資格があると思いませんか?」


「ま、まさか……」


 皇太子妃がヘスティリアの言いたいことを理解して驚愕する。ヘスティリアは笑顔で胸を叩いた。


「私、妃殿下のために、次期皇帝に立候補しようと思います!」

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