第十四話 ヘスティリアとヴェルロイド、襲われる

 前皇妃の提案に、その場の全員の目が点になった。


 なにしろ、前皇妃は今の今まで、ヘスティリアに敵意ある視線を向けていたのだ。それなのに突然養女にしようと言い出した。


 それは誰だって素直には受け取らないだろう。皇帝が不信感も露わに前皇妃に問い掛ける。


「何をお考えですか? 義姉上?」


 前皇妃は麗しい唇をニッと歪めた。


「なに、別に変な事を企んでいる訳ではありませんよ。その娘が本当に先帝陛下のお子なら、その妻である私の養子にするのはおかしな話ではないでしょう?」


 まぁ、建前上はその通りである。が、問題は本音だ。しかし、前皇妃は別に、本心を隠す気はなさそうだった。彼女は続けてこう言った。


「あの女の娘だと思えば憎らしいですが、その女から先帝陛下の子供を奪うと思えば、それは気分の良い事だと気が付いたのですよ」


 皇帝と皇太子の顔がゲンナリし、皇妃と皇太子妃の笑顔が引き攣った。ヴェルロイドも呆れてしまう。げに恐ろしきは女の嫉妬と恨みかな。私も気を付けようとヴェルロイドは内心で誓ったのだった。


「悪い話ではありませんでしょう? この娘にとっては血筋に相応しい皇族の地位を確立する事が出来ますし、皇族にとっても先帝の娘などという面倒な存在を帝室の手の内に入れられる」


 ヘスティリアを皇族に認定し、野放しにした場合、彼女をどこの誰が利用しようと画策するか知れたものではない。高位の貴族がヘスティリアを保護し、先帝の娘である彼女には皇太子よりも高い皇位継承権があるなどと主張してきたら面倒な事になる。


 その点、帝室の一員である前皇妃が養女として保護すれば、大貴族は手出しが出来なくなるだろう。その場合、先帝の娘よりも前皇妃の養女という立場が優先されるから、皇位継承権はかなり下位になる。


 皇帝と皇太子にとっては安心出来る処置だと言って良いのではないだろうか。


 ヘスティリアとしても、前皇妃の義理の娘の立場となれば完全に皇族の一員となれるのだし、悪い話ではない。単なる辺境伯の妻であるという立場よりも遙かに尊重される立場で社交に出ることが出来るだろう。


「どうかしら? 貴女にとっても悪い話ではないと思うのだけど?」


 全皇妃はニッコリとヘスティリアに微笑んだ。ヴェルロイドとしては断る理由はないように思えたし、皇帝も皇太子も特に依存はなさそうに見えた。


 しかしヘスティリアはこう言った。


「お断りいたします」


 断られて前皇妃は驚きのあまり目を見開いてしまった。皇帝も皇太子も仰天している。ヴェルロイドは慌てて言った。


「なぜだ。君にとっても悪い話ではないだろう?」


 すると、ヘスティリアはヴェルロイドに紫色の目を向け、細めた。


「私は別に、皇族になんてなりたくないからよ」


 ヘスティリアにしてみれば、元は平民が辺境伯夫人になるだけでも大出世なのである。それ以上の高位身分になることなど全然望んでなどいないのだ。


 そもそも、彼女が望んでいるのは帝都で楽しく暮らすことで、アッセーナス辺境伯家に嫁に行ったのは、あくまで父親のオルフェウスの追求から逃れるための緊急避難。別に貴族身分を求めての事ではない。結果的にはヴェルロイドの事が気に入り、今では彼と結婚するのは楽しみだが、それは結果論だ。


 つまり、オルフェウスがヘスティリアとヴェルロイドの結婚を認めて去った今、彼女としては平民に戻っても良いくらいの気分だったのだ。それだとヴェルロイドと結婚出来ないから貴族身分は必要だが、それ以上の地位、皇族の位など望んでいない。


 地位には責任が伴う。仕方なくなった辺境伯の婚約者というだけでもあれほど忙しかったのだ。皇族などになったらどんな責任が押し付けられてくるか、分かったものではない。出来ればそんなものは回避したいというのが、ヘスティリアの本音だった。


 それと。ヘスティリアはヴェルロイドに向けて聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁いた。


「話がうま過ぎる」


 ヴェルロイドは小さく頷いた。それは彼もそう思っていたからだ。


 確かに、前皇妃の提案はヘスティリアに都合が良過ぎた。昨日までは知らなかった亡き夫の隠し子を、いきなり養子にするなんて普通は簡単に出来る決断ではない。


 先ほど言っていた、先帝の愛人であった伯爵夫人からヘスティリアを奪うためという理由は分かり易いが、動機としては弱過ぎる。奪った後どうするのかという展望もなく、こんな重要な決断をする筈がない。


 前皇妃がヘスティアを手に入れた後になにをしでかすつもりなのか、それが分からない内はこんな話にホイホイと釣られない方が良いだろう。ヴェルロイドはヘスティリアと頷き合った。ヴェルロイドは皇族たちに向き直ると言った。


「そうですね。何もヘスティリアを皇族にする必要はございますまい。むしろヘスティリアが皇族ではない、と皇帝陛下が公式に発表していただければ、と思います」


「なんだと?」


 皇帝が驚く。ヘスティリアはにっこりと微笑んで婚約者の言葉に続けた。


「それが皇族の皆様にとっては一番面倒がないのではありませんか?」


 皇族に迎えれば、皇位継承順位がどうの席次がどうの予算がどうのと、ヘスティリアの待遇について決めなければならないことがいくつも出てくるだろう。ヘスティリア自身も皇族の体面を取り繕うために様々な準備をしなければならなくなる。


 それならばむしろ「ヘスティリアの髪は緑だが皇族ではない」と皇帝に認定して貰えばいいのだ。そうすれば面倒な決め事や手続きは全く必要なくなる。皇族ではないのだから、ヘスティリアを変に利用しようとする者も現れない筈だ。


 しかし、皇帝は戸惑った。


「そ、それでは其方は先帝の娘であるのに、皇族としては扱われなくなるぞ? 兄上の娘であるとも名乗れなくなる」


 皇族には様々な特権もあるし、領地や莫大な皇族予算も支給される。それらを全て投げ捨てようというのかと皇帝は驚いたのだが、ヘスティリアはなんという事もなく頷いた。


「ええ。私はバレハルト伯爵家の娘になってますし、アッセーナス辺境伯の婚約者です。十分な地位をいただいておりますもの」


 元は商人の娘なのだ。本音としてこれ以上高い地位をもらったってよく分からなくて持て余すだけだろう。身の丈に合わないものは欲さないに限るというのは商人の鉄則だ。


 皇帝は考え込んだ。確かにヘスティリアの言う通りにした方が面倒は少ない。ただ、ヘスティリアの髪は明らかに皇族の色だし、顔立ちも先帝や自分に似ている。高位貴族にはすぐ分かってしまうだろう。皇帝として公式に否定したとしても、ヘスティリアの正体は公然の秘密になってしまうだろう。指輪の存在もある。


 そうなると、ヘスティリアを利用しようとする者は必ず出てくると思われる。それを防ぐにはやはりヘスティリアを皇族に取り込んでおいた方が良い。


 それと、彼女の婚約者であるヴェルロイドは、わずか三十年前に帝国に取り込まれた王国の王族の末だ。独立の気風強く、領地に強く根を張って帝都にも滅多に出て来ないこの家が、皇族を娶るというのはかなり重大な行為である。


 正式な皇族が嫁ぐなら、むしろアッセーナス辺境伯家を懐柔して帝国に取り込むという意味で悪くない婚姻となる。しかし、隠された皇族の血を引く者を娶るとなると、再度の独立に向けて皇族の権威を取り込んだという見方をする者があるかもしれない。


 このところアッセーナス辺境伯領は、にわかに領地に商人が集まり活況を呈しているという報告も皇帝の元にも来ていた。この領地振興の動きとヘスティリアの嫁入りを結び付けた時に、これが帝都からの分離独立の準備であると見られる可能性は十分にあった。


 特に、以前はオルイール王国との戦いに悩まされていた北東部の領主達はそう考え、危機感を覚えて騒ぎ立てるかもしれない。


 それと、さっきから怖い顔をしている前皇妃の事もある。この前皇妃は先帝との関係が複雑で、義理の弟の皇帝としてはあまり深く関わりたくない人物だった。ただ、彼の即位にはこの前皇妃の後押しの効果が大であったので邪険にも扱えない。敬して遠ざけたいのに、ヘスティリアの問題がこじれれば皇帝と前皇妃の関係を波立たせかねない。


 皇帝としてはヘスティアが考えているように、彼女を皇族と認めなければ終わりでしょ、という簡単な話でもなく、さりとて前皇妃の提案に乗れば後が色々恐ろしいという、なかなか微妙な舵取りが求められる事態だったのだ。


 結局、皇帝はこう言うしかなかった。


「うむ……。まぁ、そんなに急いで結論を出すこともあるまい。後日もう一度呼び出す故、それまでに決めて置くが良い」


  ◇◇◇


 ヘスティリアとヴェルロイドは宿に帰った。ヘスティリアは考え込んでいた。ヘスティリアとしては皇帝に決定を保留されてしまって舌打ちでもしたい気分だったのだ。


「何でも良いから皇帝陛下が決定してくれれば、他の皇族への牽制になったのに」


 皇帝の決定に逆らうのには、皇族であっても抵抗があるだろうから。それが保留中では、ヘスティリアへのどんな手出しも可能になる。


「皇族の、あの場にいた方々の誰かが君に手を伸ばすということか?」


 ヴェルロイドが思いつくのは、前皇妃だ。あれは明らかにヘスティリアを取り込むことを狙っていた。何に使う気なのかは分からないが。


 しかしヘスティリアは言った。


「あの場の全員に私を邪魔に思う理由があるじゃない」


 驚くヴェルロイドにヘスティリアは説明する。


「まず、皇帝陛下にとって先帝の娘なんていう存在は邪魔よね」


 皇帝は、先帝に子が無かったから即位した存在だ。勿論、ヘスティリアは庶子であり、先帝が崩御した時にヘスティリアの存在が知れていても、彼女が即位出来たとは思えない。しかし、例えばヘスティリアが傍系の皇族の婿を貰っていた場合には僅かにヘスティリアにも即位の可能性があっただろう。


「同じ理由により皇太子殿下も皇太子妃殿下も私を排除したいと思っていると思うわ」


 もしもヘスティリアが皇族に認定されれば、もちろん彼女にも皇位継承権が生ずる。次代の皇帝たる皇太子にとっては、従兄弟という近過ぎる親戚は、十分に皇位継承のライバルになり得る。後押しをする皇族や大貴族があれば将来の行方は分からなくなる。


「それと、皇妃様と皇太子妃殿下には女性社交界の序列の問題があるわ」


 女性社交界には、男性の貴族序列とはまた別に序列が存在する。この序列は現在、前皇妃→皇妃→皇太子妃という順番になっていると思われる。しかしここに先帝の血を引くヘスティリアが参入すればどうなるか。勿論後押しする貴族や人望その他の要因が関わってくる事になるが、下手をするとヘスティリアは薄くしか皇族の血を引かない皇妃や皇太子妃よりも序列が上になる可能性が十分にあるのだ。


 ヘスティリアも侍女時代やちょっと養女として社交に出た時に、この女性社交の序列の複雑さ、皆の拘りは強く感じたものだ。それを乱す存在になり得るヘスティリアを、皇妃や皇太子妃が看過するとは思えない。


「まぁ、ただ、一番はやっぱり前皇妃様よね。あれはちょっと困ったわね」


「困った?」


「確実に私を亡き者にするつもりよ。あれは。自分の養女にすればどうとでも料理出来ると思ったんでしょうよ」


 そこまでか。さすがにそこまでの殺意を持っていると読めなかったヴェルロイドは驚いたのだが、商人の娘として様々な人と会い、状況を潜り抜けてきたヘスティリアには分かっていた。


 女の嫉妬と恨みの恐ろしさがだ。


 先帝と前皇妃の関係はよくは知らないが、あの前皇妃の瞳に浮かぶ憎悪は本物だった。自分を裏切った先帝。先帝の愛人のイラスターヤ伯爵夫人。そして自分は産めなかったのに存在する先帝の娘であるヘスティリア。そんなものは絶対に許せない、という強い憎悪がありありと感じられた。とてもではないが、あんな女の義理の娘になんてなれるものではない。願い下げだ。


 しかし、前皇妃からの勧誘を拒否した、そのこと自体がもう恐ろしい事なのだ。ヘスティリアにはその事が十分に分かっていたが、ヴェルロイドは少し甘く見ていたのだった。


 しかし、その日の夕方に襲撃を受けてヴェルロイドも即座に理解せざるを得なかった。いきなり宿の窓から暗殺者が侵入してきたのだ。


「な……!」


 自室でくつろいでいたヴェルロイドは仰天した。窓から侵入してきた黒覆面の男は四名。この宿の部屋は三階なのだが、一体どうやって入ってきたものか。完全に夜にはなっていないものの、部屋の中は薄暗い。そろそろランプを付けようかと考えていたタイミングだったのだ。その薄暗い部屋の中、四つの殺意が殺到する。


 反射的に、ヴェルロイドはベッドの脇に立て掛けていた剣を手に取った。彼には戦場の経験があるので、武器を身辺から離さない癖があったのだ。瞬時に剣を抜くと、暗殺者達の動きが止まる。ヴェルロイドは白刃を翳して牽制した。


「何処の者だ! 私がアッセーナス辺境伯だと知っての狼藉か!」


 暗殺者達も短剣を持っているが、ヴェルロイドの剣は帯剣用のそこそこ長いものだ。間合いはヴェルロイドの方が長く取れるし、そして彼は大柄だ。戦闘の経験も豊富だから迫力もある。暗殺者達が躊躇したのも無理はないだろう。


 大して強くは無さそうだな。とヴェルロイドは見て取る。連携の動きも拙いし、誰から飛び掛かるかを今更目で打ち合わせている。本職の凄腕暗殺者ではなく、普通の兵士なのだろう。


 これは先手必勝だな。ヴェルロイドは決意して床を蹴った。


「うおぉぉぉおおお!」


 雄叫びを上げて剣を水平に構えて突撃する。剣を振るには天井が低い。攻撃は突き一択だ。迫力あるヴェルロイドの突進に暗殺者達は驚き、後ろに下がる。しかしヴェルロイドは構わず突撃して一人の太股に向けて剣を突き出した。腹や胸を狙わなかったのは鎖帷子を着ていると思ったからだ。


「あ!」


 太股に剣を突き立てられた暗殺者の一人が悲鳴を上げて転がる。それに驚いた暗殺者の残り三人は動揺して陣形を乱してしまった。戦いなれているヴェルロイドは、多数との戦いの時は相手の命を奪うのではなくて手傷を負わせる事を優先する。怪我をすれば痛みで誰だって戦闘力が落ちる。戦力差がある場合は、兎に角相手の戦闘力をを減らすことだ。そして、苦痛に苦しむ仲間が出れば他の者も動揺する。


 隙を見付けたヴェルロイドは椅子を掴むと、一人に向けて叩きつけた。怪力であるヴェルロイドにそんな事をされたらたまらない。男は仰向けにひっくり返った。その時にはヴェルロイドは次の男に駆け寄り相手の振るう短剣を躱すと、肩で相手にぶち当たって転倒させた。そのままその首に剣を突き立てる。


 ヴェルロイドは動きを止めない。叫び声を上げながら向かってきた暗殺者から転がって身を躱すと、テーブルを蹴りつけて自分と暗殺者との距離を取る。そしてそのまま走って部屋の入り口を開いた。


「誰ぞ! 出会え! 賊だ!」


 部屋の外の廊下には護衛の兵士が歩哨に立っている。既に部屋の中の異変に気が付いて彼は剣を抜いて準備していた。


「殿下! ご無事で!」


 その時には隣の部屋にいた他の護衛も飛び出してきていた。


「殿下! お下がり下さい!」「やろう! ふざけた真似を!」


 護衛の兵士はヴェルロイドが選抜した実戦経験もある優秀な兵士ばかりだ。任せても大丈夫だろう。ヴェルロイドは自分を襲ってきた暗殺者への対処を兵士に任せると、そのまま廊下を走った。ヘスティリアの事が心配だったからだ。自分が襲われて、どう考えても元凶であるヘスティリアが襲われないわけがあるまい。


 ヘスティリアの部屋は一階上である。ヴェルロイドは階段を駆け上った。


 ヘスティリアの部屋のドアは開いていた。ヴェルロイドは戦慄を覚えながらも、脚を止めずに部屋の中に飛び込んだ。そこにはやはり黒覆面の男達の姿が見えた。ヴェルロイドはそのままその背中に無言で剣を突き立てる。


「ぐわ!」「なんだ!」「ぎゃあ!」


 途端に大乱戦になった。しかし、ヴェルロイドは不意を打てていたし、人数は三人。そしてこの部屋は大きなガラス窓があって明るかったので、ヴェルロイドにとっては戦い易かった。そのため、三人の男に深手を負わせる事に成功し、男達はたまらず部屋を飛び出していった。階段を駆け下りる音がしたが、下には護衛の兵士がまだいるから、逃げられるかどうかは微妙だろう。


「リア! 無事か!」


 男達が逃げたのを確認すると、ヴェルロイドは部屋の奥に向けて叫んだのだが、白い壁紙に青いカーテン、臙脂色の絨毯という貴族趣味なその部屋には、一人の女性が立っているだけだった。ヘスティリア、ではない。


「ケーラ! ヘスティリアはどうしたのだ!」


 ケーラ一人が短剣を持って開いたままの窓際に立ち尽くしていたのだった。彼女はなんだか呆然としている。


「ケーラ! リアは何処なのだ!」


 苛立ったヴェルロイドが言うと、ケーラは丸くした目をそのままに窓の外を向いた。


「り、リア様はここから逃げました……」


「は?」


 ヴェルロイドは窓際に駆け寄り、下を見た。その窓の一階分下には隣の建物の屋根が迫っていたのだ。なるほど。この屋根を伝って暗殺者はヴェルロイドの部屋へと飛び込んできたらしい。……という事は?


「その、賊が入り口から押し込んできましたら、リア様は躊躇無くここから飛び降りました。それで、スカートをたくし上げたまま屋根の上をたったか走って逃げてしまったのです」


 あまりの動きの鮮やかさに、ケーラも暗殺者たちも唖然と立ち尽くしてしまったのだという。おそらくはこういう襲撃があることを予期して、逃げるルートをあらかじめ計画していたのだろう。さすがは数々の修羅場を潜り抜けてきたというだけの事はある。そして、襲撃を予知していたというのもさすがとしか言いようが無い。


 賊は五名が捕らえられ、残りは殺害した。とりあえず宿の一室に縛って監禁させてもらう。翌日になったら帝都の守備兵に引き渡して、尋問してもらう事になるだろう。


 ヘスティリアは夜が深まった頃にしれっとした顔で帰ってきた。彼女は帝都の地理には詳しいし、どこかで身を潜めていたのだろう。怪我もなさそうだった。室内履きで走ったせいか、足は痛そうだったが。


「リア! 無事だったか!」


 ヴェルロイドは歓喜してヘスティリアを抱き締めたのだが、ヘスティリアは一応ヴェルロイドを抱き締め返したものの、もの凄く不機嫌そうな顔をしていた。まぁ、命を狙われたのだから無理もないのだろうが。


 むくれるヘスティリアはソファーに座り、ケーラに足を洗ってもらいながら、なにやら考え込んでいたが、やがて、彼女を見守っていたヴェルロイドにこう言った。


「うん。ヴェル。私やっぱり皇族になる事にするわ」


「なんだって?」


 ヴェルロイドは驚いたのだったが、ヘスティリアは意地悪そうに口元を歪めてこう言った。


「やられたら、やり返さないとね。十倍にしてやり返さないと舐められる、ってのが父さんの教えだもの! 見てなさいよ!」


 紫色の目を爛々と輝かせて復讐を誓うヘスティリアに、ヴェルロイドは嫌な予感をひしひしと感じざるを得なかったのである。

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