第十話 ヴェルロイド、義理の父に任される

 わざわざアッセーナス辺境伯領の王国時代の国名であるオルイール王国、そして国王と呼ばれたからにはオルフェウスの言いたいことは明白だ。


 アッセーナス辺境伯は帝国に編入されてからまだ三十年しか経っていない。その前は時折戦争をするような関係だったのだ。そのため、帝国からはまだまだ警戒されている家だという事が言える。


 それなのに辺境伯たるヴェルロイドが、密かに先帝の隠し子を娶るという事になると、これは見方によっては帝国に反逆するために権威を補強しているように見える、かもしれない。


 今上皇帝は先帝の弟である。これは先帝に子が居なかった事によりそうなったわけだが、もしも先帝が没する前にヘスティリアの存在が明らかになっていたなら、そんなにスムーズに皇位継承が行われなかった可能性がある。


 そんな曰くのある娘をよりにもよって帝国にまだ馴染み切っていないアッセーナス辺境伯家のヴェルロイドが娶る。場合によってはヘスティリアの方が帝位を継ぐ正統性があると主張して皇帝に反抗するかも知れない。もちろんヴェルロイドにそんな気はないが、こういう事は相手に疑念を抱かせるかどうかが問題なのだ。皇帝陛下がそういう懸念をヴェルロイドとヘスティリアに抱いた時点でアウトである。


 その懸念を考えれば、ヴェルロイドはヘスティリアを妻にすべきではない。オルフェウスが言いたいことはそういう事だろう。わかる。ヴェルロイドにだってそれは分からないではない。


 しかしながらヴェルロイドにとって、ヘスティリアはもう大事な存在だ。領地改革の旗振り役、実行役として欠かせないだけではなく、個人的にも大事な愛する婚約者なのである。手放すなんてもう無理だ。


 ヴェルロイドはそこまで考えて、ふと考える。この目の前にいるヘスティリアの義理の父が、そんな事が分かっていないなどということはあり得ないだろうと。


 アッセーナス県境伯領の改革がヘスティリアの主導で行われた事は有名だ。それなのに改革半ばでヴェルロイドがヘスティリアを手放す筈がない事は、オルフェウスにだって分かる筈だ。ヴェルロイドの個人的感情は知らないだろうが、今回の会話の中でヴェルロイドはヘスティリアへの愛情を十分に匂わせた。


 これらを踏まえた上でヴェルロイドに「ヘスティリアと結婚するな」と言うのは、採用される訳がない提案を無理にするという事になり、まことに無駄な事である。この抜け目ない、頭の切れる大商人であるオルフェウスがそんな無駄な事をするだろうか。


 拒否される事が分かっている無理な提案をする時には、代替えとしてまだしも受け入れられるような提案を同時に提示するのが交渉の常道というものである。つまり、おそらくオルフェウスはヴェルロイドに対して、婚約破棄よりもまだマシな提案を抱えているのだと思われる。それが彼がわざわざこんな北の果てまでやって来た理由なのだろう。


 ヴェルロイドは水を向けた。


「どうすれば良いと思うね? 義父どの」


 ヴェルロイドはあえてオルフェウスを義父と呼ぶことで、彼からの婚約破棄の提案を拒否したことを示し、同時に彼にそれ以外の腹案がある事を察している事を示した。オルフェウスは満足そうに頷いた。


「ヘスティリアとどうしても結婚すると仰せなら、帝都には行かぬ事です」


 意外な言葉にヴェルロイドは目を瞬いた。


「ヘスティリアの血筋が問題になるのは、帝都の貴族社会においてのみです。閣下がヘスティリアと結婚して帝都の社交界に乗り込んだならば、必ず問題が生じるでしょう。逆に言えば帝都には行かず、この地でお暮らしになる分には問題は生じません」


 なるほど、それは全くその通りである。


 ヘスティリアが先帝の娘である、という事実は、彼女が貴族同士の関係の中に分け入る事がなければ問題にはならない。そう。このど田舎であるアッセーナス辺境伯領にいる分には、せいぜい緑の髪が帝都の商人の噂になるくらいで済む。辺境伯領の領民や商人にとっては、ヘスティリアの髪が緑だろうがオレンジだろうが関係無い。どこの馬の骨であるかも誰も問題にはしない。


 つまり、ヘスティリアをアッセーナス辺境伯領から出さない事が重要なのだ。そうすれば遠い帝都の皇帝陛下も、ヘスティリアの素性をわざわざ確かめようとしなだろうし、ヴェルロイドの叛意を疑ったりしないだろう、


 なるほど。流石にオルフェウスの提案は単純だが理に叶っていたし、ヴェルロイドの望みを過不足分なく実現してくれるものだった。


 しかしながら、それは……。ヴェルロイドは考え込み、オルフェウスに尋ねてみた。


「ヘスティリアは、どうしてあんなに都会に憧れを持っているのだ?」


 こう言ってはなんだが、ヴェルロイドもヘスティリアと同じく田舎者である。しかしながら、ヴェルロイドの方は帝都に過度な憧れを抱いた事はない。なのでなぜヘスティリアがあれほど帝都にこだわり、帝都での生活を熱望するのかがよく分からなかったのだ。


 オルフェウスは苦笑して言った。


「ヘスティリアには故郷がありません。私が旅暮らしでしたからな。それで、リアに自分の出生地を聞かれた時に、うっかり『お前は帝都生まれだ』と言ってしまったのです」


 それでヘスティリアは殊更帝都に関心を持つようになってしまったらしい。同時に、母親をしきりに知りたがったため、オルフェウスは彼女に「貴族と関わってはいけない。帝都に行ってはいけない。母親の事を知ろうとしてはいけない。この約束を破ったら親子の縁を切らねばならないぞ」と脅かしたそうだ。


 しかしヘスティリアの帝都への憧れを止めることは出来ず、他の商人や旅人から帝都の話を聞いて憧れを深め続けた結果、我慢出来なくなったヘスティリアはオルフェウスの元を飛び出したのだった。


「まぁ、実際に帝都に住んである程度納得したでしょう。貴族の真似事もして嫌な目にもあったでしょうからな」


 とオルフェウスは言ったのだが、ヘスティリアが帝都への憧れを薄れさせるどころか、更に深めて拗らせていることをヴェルロイドは知っている。帝都の貴族生活の事もしきりに楽しかったと思い出してヴェルロイドにも語るのだ。


 あのヘスティリアが帝都への移住を諦めるだろうか? ……とても承知するとは思えない。オルフェウスはヘスティリアが帝都の現実を知って幻滅して、それでアッセーナス辺境伯領に嫁いで来たのではないかと予測したようだが、実際には彼女は全く帝都への想いを薄れさせてはいないのだ。


 ヴェルロイドは悩んだ。オルフェウスの提案通り、帝都への移住を取り止める事が最も穏便に事態を収拾する方法だと思う。正直、ヴェルロイドは帝都には何の拘りもなく、貴族の社交界など出たくもない。


 しかしながら、ヘスティリアはそれはもう帝都に帰りたがっているし、貴族の社交界に出たがっている。実際出た社交界では養女ということで多少は差別的に扱われた筈なのに。そんな事は一切忘れて華やかな世界を懐かしんでいるのだ。


 あの彼女に彼女自身の素性を話し「帝都に行かない方が身のためだ」と諭しても、果たして聞いてくれるだろうか。むしろ……。


 ん? ヴェルロイドはそこで少し違和感を抱いた。彼はオルフェウスに尋ねる。


「そういえば、ヘスティリアに彼女自身の素性を明かさなかったのは何故なのだ? 帝都近郊に行く前に。ヘスティリアに彼女の秘密を明かせば。彼女が脱走するような事はなかっただろうに」


 ヴェルロイドがそう言うと、オルフェウスは珍しく商人笑顔を消して渋面になった。


「それは私も考えましたがね。その情報を得たリアが何をしでかすか全然読めなかったので、断念したのです」


 それを聞いてヴェルロイドは危うく吹き出し掛けた。それは確かにその通りだ。


 自分は実は皇帝の娘だ、などという事が分かれば、ヘスティリアはその血筋に相応しい待遇を得るために動き出すかも知れない。もしくはその血筋を生かして新たな商売を企むかも知れない。あの行動力である。何かを思い付いたらいきなり行動に移してしまうだろう。


 それによって巻き起こる問題や厄介ごとに自分が巻き込まれる危険性を考えたら、それはオルフェウスがヘスティリアに素性を打ち明けなかったのも無理はない。同じ理由により、ヴェルロイドも明かせないだろう。危険過ぎる。


 ヘスティリアに素性の話をしないまま、帝都移住を諦めてもらう? それこそ大難題だ。彼女がヘソを曲げる事は間違いない。結婚など論外になり、彼女は自分が領地改革に果たした役割を強く主張して、多額の離縁金をヴェルロイドから分捕って一人で帝都に帰るだろう。


「ご忠告はありがたく受け取ろう。後は私とヘスティリアで考えさせてくれ」


 ヴェルロイドが言うと、オルフェウスは少し額を抑えるような仕草をした。


「閣下、くれぐれも問題を軽くお考えになりませぬように。イラスターヤ伯爵夫人は単純に娘に会いたがっているだけですが、その兄上であるサザランド伯爵やその本家であるローザイヤン侯爵はそうではありません」


 ローザイヤン侯爵といえば非常な野心家として有名な人物だ。その欲深い貴族がヘスティリアを狙っているらしい。政略結婚の駒として欲しがっているのか、それとも自らの手で女帝にでも推す気なのかは分からないが、とりあえず帝都に行けば必ずヘスティリアに手を伸ばして来る事だろう。


 しかしヴェルロイドはあえて余裕の表情を浮かべる。彼だっておそらく大変な事に、面倒な事になるだろうことは分かっていた。しかしながら彼にはもうヘスティリアを手放す事など出来ようもない。離れるつもりはない。必ず彼女と結婚するつもりだった。


 そうであれば、この目の前の男、ヘスティリアの育ての親であるオルフェウスに不安や弱気は見せたくない。この男は、もしもヴェルロイドがヘスティリアを守りきれない人物だと判断したなら、手練手管を使って彼女をヴェルロイドの前から連れ去ってしまうだろう。


 そんな事をさせるわけにはいかない。ヴェルロイドは力強く頷いて言った。


「ヘスティリアの事は私が必ず守る。義父となる其方に、約束しよう」


 その瞬間、オルフェウスは悔しそうに口元を歪めたのだった。


  ◇◇◇


 ヘスティリアは恐る恐る応接室に入って行った。


 ヴェルロイドに「オルフェウスに会うように」と言われたのだ。「オルフェウスは怒っていない」とも言われた。大丈夫だとも励まされた。それで彼女はイヤイヤながらやってきたのである。


 別に、ヘスティリアは父親のオルフェウスが嫌いな訳ではない。男手一つで自分を育ててくれた事に対しては感謝をしているし、肉親としての愛情も持っている。


 しかし、自分のしたいこと、やりたいことをオルフェウスは許してくれなかった。帝都に行く事もウィッグを脱ぐ事も許してくれなかった。彼女が彼女らしく生きるには、父親の元を飛び出すしかなかったのである。


 応接室に入ると、オルフェウスが立っているのが見えた。ヘスティリアは反射的に身構える。彼は彼女にとって常におっかない父親であり、厳しい教師であり、苦労と抑圧の元凶だったのだ。


 オルフェウスはヘスティリアを見ると。グワっと怒鳴った。


「このバカ娘が!」


「ご、ごめんなさい!」


 ヘスティリアは思わず謝った。彼は荒っぽい商人なので娘に平気で拳骨をくれる。今回はなにしろ、彼の厳重な言い付けをいくつも破ってしまったのだ。ボコボコに殴られてもおかしくない。


 しかし、オルフェウスはハーッとため息を吐くと言った。


「まったく、心配掛けおって。どれだけ捜したと思ってるんだ」


「……ごめんなさい」


 ヘスティリアは今度は違う気持ちで謝った。この父親は厳しいが情のない人ではない。何かあると最優先で自分を守ってくれる人だと言うことを、ヘスティリアはよく知っている。


「身体を悪くしてはいないだろうな? 辺境伯はよくして下さっているか?」


「大丈夫よ。元気だし、好きにさせてもらっているわ」


 ヘスティリアは両手を広げてみせた。格好はバレハルト伯爵家から贈られたドレス姿で、装飾品などは最近商人からもらったものだ。すっかり貴族風の装いの娘の姿に、オルフェウスは再び深いため息を吐く。


「バカ娘が。なぜ私の言うことを聞かなかった? その姿、その髪。おかげでお前は大変な事に巻き込まれるだろう。……大事な夫と一緒にな」


 大事な夫と言われて少し安心する。オルフェイスはどうやらヴェルロイドの事を認め、ヘスティリアとの結婚も認めてくれているらしい。人物鑑定に優れたオルフェウスが認めるのだから、やはりヴェルロイドは人間としても統治者としても優れているのだろう。


「父さんが、必要のない事を言う筈ないのは知ってる。父さんが言うんだから、私に禁じた事にはきっと意味があるんだろうと、分かってた」


 ヘスティリアはこの父親を、商人としても一個の人間としても尊敬している。その父親が故なくヘスティリアを抑圧し、我慢させるわけがない。


「でも、私は、私の望みの通りに進みたかったの。きっととんでもない苦労や障害があるとは思うけど、それでも自分で選んだ道を前に進みたかったのよ」


 父さんは私の事を思って、困難から遠ざけて近付けないようにしてくれたのだと思うけど、私の望みはどうしても父さんが禁じた方にあったのだ、とヘスティリアは言った。


 オルフェウスはヘスティリアの言葉をジッと聞いていた。その表情は穏やかで、確かにヴェルロイドの言った通り、彼は怒ってなどいないようだった。


 ただ、少し寂しそうに、悲しそうに見えた。この名うての大商人であり、人間としても非常に強靭な彼が、そんな儚い表情をするのをヘスティリアは初めて見た。


「……父さん?」


 ヘスティリアはオルフェウスに近付いてみた。するとオルフェウスは静かにヘスティリアの頭に手を伸ばした。殴られるか? と少し身構えたヘスティリアだったが、彼は優しく彼女の緑色の頭を撫でただけだった。


「……綺麗な、美しい髪だ。この髪を隠させて、すまなかったな」


 ヘスティリアは驚いた。幼少の頃よりずっと「呪われた髪だ。見せてはならない」と言われてきたのに。首を傾げるヘスティリアに、オルフェウスは苦笑して言った。


「もう、呪いは解放されてしまった。今更隠してもどうにもならん。呪いを祝福に変えることが出来るかどうかは、リアとあの青年次第だが」


 オルフェウスは三度フーッとため息を吐いた。


「リア、信じる通りに進むがいい。ヴェルロイド様を信じて、進むがいい。私はもう見守ることしか出来ん」


 彼が何を言っているのか、ヘスティリアにはまったく分からなかったが、彼女は勘で、オルフェウスが自分に二度と会わないつもりであることを悟った。


 ヘスティリアは少し慌てた。それは、彼女は家出をした挙句にこんな北の果てにまで来てしまったわけで、オルフェウスとは二度と会えない、会わないことも覚悟してはいた。


 しかし、いざ自分からではなく、父親側から別れを告げられるとなると、寂しさと戸惑いが湧き上がってきてしまう。勝手なものだが、それが娘の情というものだろう。


「父さん……」


「すべてヴェルロイド様にお任せした。お前も、好き勝手ばかりせず、何でもヴェルロイド様に相談しろ」


 ヘスティリアは父親の最後の忠告に神妙な表情で頷いた。彼女は父親を信じている。その彼がヴェルロイドに相談しろというのなら、した方が良いのだろう。


「そんな顔をするな。そうだな。孫が生まれたら南方に見せに来い。待っているぞ」


 ヘスティリアにはその言葉が嘘であるという事が分かっていたが、それでも黙って頷いて、彼女は父親との別れを終えたのだった。


  ◇◇◇


 オルフェウスは南方へと帰っていった。最後の言葉通り、全てをヴェルロイドに託して行ったのだろう。ヴェルロイドにしてみればとんでもない置き土産を残されて迷惑に思う気持ちと、同時に望むところだと奮い立つような心地も覚えたのだった。


 ヴェルロイドはハイネスにだけ、事情を打ち明けて相談した。当然、ハイネスは驚愕した。顔中から汗を流して呆然としてしまう。


「た、只者ではないと思ってはおりましたが……」


 人間的だけではなく血筋まで只者ではなかったとは。ハイネスは赤い前髪を指先で絡めながら必死に思考を巡らせる。


「確かに、オルフェウスとやらが言うとおり、ヘスティリア様を帝都に連れて行かぬのが一番でしょう」


「しかし、それが可能だと思うか?」


 ……ハイネスは汗を流しながら沈黙してしまう。ヘスティリアの帝都行きへの執念を知っているが故に。なにしろそのためだけに、たったの一年でアッセーナス辺境伯領の財政を劇的に改善してみせた程なのだ。


「しかし、ヘスティリア様だって、ご自分の血筋を知れば、ご自分が帝都に現れたら大問題の元になってしまう事は分かるでしょう?」


 ヘスティリアは聡い女性だ。詳しい事情と起こり得る大問題を列挙して説得すれば、聞く耳を持たないとは思えない。


 しかしヴェルロイドは首を横に振った。


「オルフェウスは、ヘスティリアに素性を明かせば、彼女が何をしでかすか分からなくて、事情を明かせなかった、と言った。俺も同意見だ」


 ……ハイネスにも分からないではない意見だった。なにしろヘスティリアはその思考回路が常人とは異なる。同じ情報からヴェルロイドやハイネスが想像もしなかった事を見抜き、それによってとんでもない方策を考え付き、そして無類の実行力で一気に実現してしまう。


 彼女が自分の素性を知った時、何を考えるかがまず分からず、それを元に何をしでかすかが全く予想出来ない。ハイネスであれば問題事を避けるためには辺境伯領に籠るのも已むなし、という結論を出す所を、ヘスティリアは逆に帝都に行って自分の血筋を利用しなきゃ損だと言い出すかもしれないのだ。


 しかしながら。ハイネスは考える。既に辺境伯家の財政はかなり改善し、しかもどんどん豊かになっている。この調子だと半年後くらいには帝都に屋敷を買って盛大な結婚式を挙げてもまったく問題無いくらいになるだろう。もちろん、ヘスティリアはそれを知っている。


 あの帝都行きを熱望する彼女が、財政状況が条件に達した今、帝都行きを躊躇うとは思えない。すぐにでも帝都に行って結婚式を挙げて、そのまま帝都に住もうと言い出す筈だ。


 そして帝都に行けば社交界へ出るのは当たり前である。ヘスティリアはそれも楽しみにしているのだ。しかしながら、社交界に出れば、ヘスティリアの素性はあの緑の髪により一発でバレてしまうだろう。


 そうなれば彼女の実母であるという伯爵夫人や、その係累が黙っているとは思えない。皇族、そして皇帝陛下だって問題視する筈だ。つまり、その状況に陥ったらヘスティリアに彼女の素性を隠していても意味はないのである。


 ハイネスがその事を指摘すると、ヴェロイドは無表情になってしまった。困り果ててしまったのだろう。随分と無表情のまま葛藤していたヴェルロイドだったが、最終的に彼はこう言った。


「帝都行きが正式に決定し、彼女から結婚式を挙げる承諾をもらい、彼女の行動が制限出来る状況になってから話そう」


 彼女としても自分の望み通りになる事が決定し、結婚式の準備が始まってしまえば、流石に計算外の行動を起こす余地はないだろう。ヴェルロイドはそう考えたのである。ハイネスもこれには納得出来たので、ヴェルロイドの考えに同意したのだった。


 しかしながら、ヘスティリアはそんなヴェルロイドとハイネスの計算など軽々と超えてくる女なのである。

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