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事故から数週間が経過した。
迷子の少年は母親と合流できた。
トラックの運転手は重傷を負ったが救急車で搬送され、一命を取り留めた。これから全快に向かい、事故の処理も行われる。
だけど七海は修復できない傷を負った。
石切は七海を会社に連れて行き、技術者として七海に修復を施した。破損したパーツを修復し、エラーを起こした機能を様々な工夫を施し、修正した。
だけど七海を完全に修復することはできなかった。ドナー登録対象機体のため、パーツを取り替える等の許可が降りなかったからだ。
その結果として七海は一部演算機能が破損した。具体的には行動にミスが生じるようになった。石切に料理をするときに味付けを間違えたり、鑑賞した映画のタイトルを間違えたり等。論理的に動作するアンドロイドとしては致命的な不具合だった。
そういうわけで七海が料理するときは石切も手伝うようになった。作業を分割し、七海が間違えそうになったときは石切がフォローした。
こうして完成した料理を笑顔で食べる石切に、七海は曖昧に微笑んだ。
「ごめんね。ミスばっかりで」
七海は首を横に振った。
「七海がミスをしても、可愛いって感じてる。むしろ距離が近くなったとさえ感じてる」
「私がポンコツなのは認めるんだ?」
「そんなのどうでも良いんだ」
「……え?」
「七海の言った通りだ。七海が役に立とうが、ちょっとポンコツであろうが、俺は七海のことを愛している」
七海は目を丸くした。
演算機能の不具合により処理落ちが発生したのだろう。やがてガラス細工の瞳を洗浄する液体が彼女の瞳から溢れ出した。
「ごめんね。情報処理能力が落ちて的確な表現ができないんだけど言いたくてたまらないの」
七海は液体を拭い。瞳に石切を移した。
「石切のことが世界で一番好きでした」
自宅のインターホンが鳴ったのはそのときだった。石切はインターホンに応答し表情を堅くした。部屋の前に黒い服を着た男が複数人立っていたからだ。
「管理局のものです。ドナー登録機体の回収に参りました」
石切は覚悟を決め、男達を家に通した。
七海も微笑み、男達を受け入れた。
この後の展開は想像するまでもない。
七海は男達に車に乗せられ、そこで電源を落とされ、専用の施設へ搬送された。
石切は見えなくなる車を見送った。
こうして石切の長い休暇は終わった。
石切は仕事に復帰し、七海が持っていたタスクは石切が引き継ぐようになった。
☆
時は流れて数年。
資源問題がよりフォーカスされた頃。
石切の会社に女性型アンドロイドの新入社員がやってきた。美しい顔立ちでスーツが似合うアンドロイドだけど、情報処理が荒く、上司や先輩によく注意を受け、昼休みになると階段で落ち込んでいる。
ある日、石切は階段に座り項垂れる彼女に歩み寄った。
「色々、苦労していそうだね」
「私、演算機能のスペックが低くて……」
「ミスをしないように少しずつ工夫している」
「でも、みんなの足を引っ張ってばかりで、役に立たなければアンドロイドの価値がないじゃないですか」
「役に立つ、役に立たない程度で人生の価値を計るのは生き方の定義を誤っている」
「そうでしょうか」
「少なくとも俺は、キミには居て欲しい」
「……本当ですか?」
「だから声をかけてるんだよ。あ、そうだ。仕事が終わったら映画観に行かない? マジモンの最新作の上映が始まったんだ」
「……先輩、マジモン見るんですか?」
「毎年の恒例行事さ」
すると彼女はクスと笑った。
「先輩って意外に子どもなんですね!」
「意外と奥深いんだよ」
「知ってます。私も毎年見てるから」
彼女は立ち上がり、スカートの裾を直した。
「先輩とは気が合いそうです」
「俺もそう思ったよ」
「先輩の全額おごりでお願いします!」
そう言って、彼女は持ち場に戻っていった。
石切はそんな彼女の後ろ姿を見て微笑んだ。
「ちゃんとつながってるよ」
スクラップ 月丘ちひろ @tukiokatihiro3
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