首なし女

白河夜船

首なし女

 首なし女という見世物の噂を聞いた。

 首を失った女をどういう方法でか延命している、そういう内容の見世物らしいのだけど、それが本当なら素晴らしい。この寂れた見世物小屋を建て直す最高の商品になる。

 考えてもみろ。生首女のような見世物はありふれている。よほど素直な客でもない限り「あァ、台の下に体があるな」と察して鼻で笑う。それに対して、首なし女はどうだろう。

 聞いた話では、かつて首があった部分には不気味な管が繋がっていて、それで命を長らえているのだという。首の上を隠さず、尚且つ管が繋がっているのだから、台の上の生首と違って「見えない所にないと謳っているものがある」などと一々勘繰られずに済む。そんな奇怪な風体なのに、身体だけは艶かしい女……いかにも人の興味を惹きつける。

 しかし、魅力的なのは確かだが、一体どうやってその見世物を仕入れればいいのだろう。他所では珍獣の見世物などもやっている。そういうのは金を払って、外国から手に入れるらしい。

 首なし女もそうなのか。外国で出されている見世物だと聞くし、外国の人に金を払えば手に入るのか。だが、今の私には金がない。首なし女を売ってくれそうな外国人のツテもない。

 ハテ、どうしたものか……と考えていた時に、妙案が浮かんだ。


 ないなら、作ればいいではないか。


 女の首を切って、管をつけて延命すれば、首なし女の完成だ。ただ、どうも難しそうだとも思う。

 女自体はそこらにゴロゴロ転がっている。でも、首のない人間を延命できる管とはどういうもので、どうやって取り付ければいい?

 駄目だ、駄目だ。考え込んでいても仕方ない。私の見世物小屋は他の奇抜な見世物小屋に追いやられ、寂れていく一方なのだ。時間がない。

 とにかくまず、女を用意せねばならない。首なし女を作った後に長く使うことを考えれば、なるべく若い女の方が都合良いだろう。

 手始めに、私の見世物小屋にいる──本来は禁止されているのだけれど、金を貰って一部の客にだけ秘密で見せている──覗き穴用の少女を選んで実験してみることにした。

 夜、私のテントに連れ込んだ少女の服を脱がせ、口を塞ぎ、手足を縛り、事の成り行きが見えているとさすがに可哀想なので目隠しをする。血が飛ばないよう周りを簡単に布で囲って、そうしてから地面に転がる少女に向かって、えいやと斧を振り下ろした。一思いに首を断つつもりだったが、上手くいかず、首の半分だけがざっくり切れた。

 少女がくぐもった悲鳴をあげてのたうち回る。陸に上がった魚のようだとぼんやり思っている内に、少女は己から溢れた血の海に浸って動かなくなった。死んだらしい。首を半分切っただけなのに、こんなに早く死んでしまうのか。

 首なし女を作った誰かの妙技に、今更ながら私は驚嘆の念を抱いた。






 それからは、適当な女を見繕っては首を切り、やり方を考えて、また見繕っては首を切り、を繰り返した。

 血溜まりの中で、女の白い肉体が達するように痙攣する。命が失われた後の瞳孔が、厳かにふわりと花開く。だらしなく開かれた唇の愛らしさ。流れた涙の跡の美しさ。

 いつしか私は、首を切った後の女と交わるようになっていた。生温かく脱力した彼女達は、私を優しく受け入れてくれる。

 これはいけない。と、途中から気がついていた。最早私は首なし女を作るためでなく、女の首を切るために、首を切った女と交わるために、この実験を行っている。

 女を殺す。死体と交わる。女を殺す。死体と交わる。女を殺す。死体と交わる。女を殺す。死体と交わる…………

 元から非道な人間だという自覚はあったが、それを気にしたことは殆どなかった。しかし今は、止められない凶行の中、地獄というものを強く意識する。

 私はきっと地獄に落ちるのだろう。地獄に落ちるべき人間なのだろう。

 女を殺す。死体と交わる。女を殺す。死体と交わる。女を殺す。死体と交わる。女を殺す。死体と交わる…………

 回を重ねるごとに、殺しの手練は上達する。ただしその反面、慣れが生じて気が緩む。

 ある日、手足の縛り方が甘かったのか、女が不意に立ち上がり、私に思いきり体当たりしてきた。体格は私の方が上である。しかし不意を突かれた驚きと、女が必死だったのとで、斧をウッカリ取り落としてしまった。

 獣のような素早さで、女がそれを拾い上げる。振り上げる。振り下ろす。私の首に斧が刺さった。

 女は斧を引き抜こうとして、けれども存外深く刺さったため引き抜けず、錯乱して私のテントから飛び出した。

 猿轡を噛ませているので叫び声はあげていないが、女が人に助けを求めるのは恐らく時間の問題だろう。

 こうなるともう仕方ない。あまりに多くの罪を犯した身だ。生き残っても、死罪となるに相違ない。

 私は覚悟を決めて、斧の柄を握った。少しずつ動かして、刃を抜いていく。

 血が流れる。激痛が走る。口中に鉄の味がじわりと広がる。

 視界が極彩色に明滅し、やがては赤一色に染まった。轟々と風の唸る音………いや、悲鳴だ。幾重にも重なった悲鳴が、風の音に聞こえているのだ。


 地獄の鬼の大きな眼が、私の顔を覗き込む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

首なし女 白河夜船 @sirakawayohune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ