45 前に進む理由

 黒竜の態度が、心なしか変化する。

 今やカケルを対等以上の相手と見ているのが、その金の眼差しから伝わってきた。


『では、伝えよう。旧世界を滅ぼしてなお、いまだ稼働を続ける魔導網ネットワーク。その中心を見付け出して破壊して欲しい。もう誰も、竜になることがないように』

「……この世界の魔導網ネットワークは、俺たちの先祖がそらに旅立つ直前に成立した理論なんですね?」

『竜の構築理論以外はな』

 

 呪文コマンドひとつで、何もないところから火や水が現れる。かつて魔法と呼ばれたそれを、科学技術の粋で実現しようとした者達がいた。

 船団が宙に旅立った時には、理論だけで実現していなかった。

 それから数千年。

 宙に旅立った船団と、起源星アースはそれぞれ自分達の手で魔導を実現したのだろう。

 船団で稼働している魔導ソーサリーは、限られた空間、せいぜい小さな部屋くらいの規模の中でしか使用できない。しかも、その限られた空間の魔導を実現するために、莫大な燃料と高性能な演算処理装置を必要としていた。

 起源星アース魔導網ネットワークは、星を覆うほどの規模だ。それを動かすにたる演算処理装置と、燃料はいかほどか、想像も付かない。おそらく史上最大規模の魔導網ネットワークが星の竜のお伽噺と、滅亡の理由に関連していると思われた。


「見付け出すのは努力してみますが、壊すかどうかは、分かりませんよ」

 

 この魔法の世界を壊すには忍びないと、カケルは思う。

 ただ、おそらく魔導ソーサリーそのものに、人類を滅亡させるリスクが潜んでいるのだろうが。


『好きにするがいい。我はもう疲れた。次に起きるのは、世界が終わる時だ』

 

 黒竜はそう言い、水面に沈み始める。

 来た時と異なり、静かな動作だった。

 竜の角の先が水に浸かり、ぷくぷくと弾ける泡がすべて無くなるまで、カケル達は泉の前で見送った。


「リリーナ、ラクス様の頼み事をこなすには、他の都市に行かなければいけないんじゃない?」

 

 イヴが妙に浮かれた声で言う。

 それに、リリーナが「駄目よ」と答えた。


「友達だもの、イヴの考えていることは分かるわ。カケルくんと旅に出たいのでしょう。そんなの、イヴのお父様が許可しないわ」

「……」

「出て行くのは、簡単よ。でも、残された人の気持ちも考えて」

 

 友人にたしなめられ、消沈するイヴ。

 彼女を見て、カケルの心は揺れる。

 一人で出て行けば、誰にも迷惑を掛けずに済む。だから、イヴやオルタナを連れていくべきではないのだ。

 しかし、その一方で、一人では何も出来ないのを、カケルは自覚していた。

 五年前、竜の姿で一人、荒野をさまよった事を思い出す。

 あの時は生き延びることだけしか、考えていなかった。

 今は違う。誰かを守りたいと願い、司書家ライブラの使命を受け入れようと思ったのは、共に進んでくれる仲間がいたからだ。

 彼らを失ってしまったら、カケルは前に進む理由をも、失ってしまうだろう。

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