44 謎解き

 それにしても、カケルは迂闊だったと自分の行動を思い返す。

 管理者権限で強引に侵略機械アグレッサーを止めたのは、司書家ライブラリアンここにありと宣言しているようなものだ。もう少し慎重になっても良かった。しかし、あの緊急事態で、隠蔽する余裕が無かったことも事実だ。


「……姫様は、俺がもし本当に司書家ライブラリアンだったら、何をして欲しいんですか?」

 

 気を取り直して、質問に転じる。

 カケルの正体を暴いたからには、何か目的があるはずだった。


「ここエファランにも、遺物レリックがあります。カケルくんなら、封を解けるかもしれません。解けなければ、あなた自身が言う通り司書家ライブラリアンではないということになるでしょう」

 

 まるで試すような提案だ。

 しかし、遺物というのが何なのか、カケルは気になった。


「え~と。その遺物レリックって一体」

「善は急げ、ですね。早速、見に行きますか」

 

 リリーナは立ち上がり、一行に外に出るよう促した。

 護衛たちに囲まれながら移動を開始する。

 彼女はカケル達を連れ、中庭の泉の前に案内した。そこは建物に囲まれた小さな区画で、サークル状に積まれた石の中に、紺碧の水がこんこんと湧き出している。水は透明で澄んでいるが、泉の底はどこまでも深い青に染まっていて果てが無かった。


「深っ、底が見えないじゃない」

 

 イヴが無遠慮に泉を覗き込んで歓声を上げる。


「勝手に近付いていいんですか……?」

「ふふ。まあ、いいんじゃないかしら。イヴですもの」

 

 恐る恐る聞いたカケルに、リリーナはころころ笑って答える。


「それに、この泉の主は、私ではありません」

「へ?」

「カケル、泉の底から、ぶくぶく泡が……きゃっ」

 

 泉の水面に泡が立ったかと思うと、急に中央が盛り上がった。

 噴水のように水柱が上がり、イヴがずぶ濡れになる。


「この泉は、竜の止まり木の根元、嘆きの湖と繋がっているのよ。そして、湖には、ある古代種の水竜が棲んでいるの」

 

 水柱の中から、黒銀の竜の頭がにゅっと現れる。

 頭だけで泉の大半を占領しているので、本体はきっととても大きいのだろう。首が長い体格で、胴体は水底にあるのだろうと思われた。

 

「こちらはその、湖の主のラクス様です」

『……いきなり呼び出したかと思えば、なんだ、このガキどもは』

 

 黒竜は不機嫌そうに喋る。


「ラクス様がお待ちになっていた、司書家ライブラリアン……かもしれない方ですわ」

 

 リリーナが優雅に片手を上げ、カケルを指した。

 そうか。リリーナの知識は、この古代種の竜からもたらされたものだと、カケルは気付く。古代種は数千年生きているという噂がある。もし本当なら、この世界の歴史の生き証人だ。


『ふん。人間は、嘘を付く。騙す。隠す。変化する。司書家ライブラリアンの血族なんてものが、この世に存在するか疑わしいものだ』

「あら、待っていると言ったのは、ラクス様では?」

『技術は進歩する。血族であることを示すDNAも、家名を示す生体認証サーティフィケイトも、もはや信用がおけぬ。ただ、時を経ても変わらないものがある。小僧、そなたが司書家ライブラリアンだと言うことを、我に証明してみせよ』

 

 ラクスという黒竜は、金眼でぎろりとカケルを睨む。

 

「証明って、どうやって」

 

 黒竜は、鼻先を使って器用に水中の石を持ち上げた。

 ふちは少々歪んでいるが、平らで四角い石だ。

 表面には、点と線で何かの模様が刻んである。


『この石板が何を示しているものか、回答せよ』


 石板を足元に置かれ、カケルは困惑した。

 点と線が掘られた黒い石板は、何かの星図を表しているかのような、あるいは芸術家が無作為に彫りつけた絵のような、独特の佇まいだ。

 イヴがしゃがんで石板をつつく。


「点と線に法則性があるとか? あるいは、点を結んだら何かの図像が浮かび上がるとか?」

 

 彼女の推測は、これがパズルであるという考え方に基づくものだ。

 カケルは顎に手をあてて思考する。

 いや、これはパズルではない。司書家ライブラリアンかどうかを試す試験であるなら、パズルである訳がないのだ。パズルなら誰でも解けてしまう。それでは司書家ライブラリアンの証明にはならない。


『ぷはっ』

 

 鞄の底から、こっそり持ってきた白竜が顔を出した。

 イヴとオルタナがぎょっとする。

 白竜には動かないよう言っておいたのに、我慢できなかったらしい。しかし、今はちょうど良いタイミングだった。


「モッチーくん、ちょっと手伝って」

『カケル様、そのネーミングは』

「白餅だからモッチー。何も問題ないよね」

 

 カケルが言うと、白竜は諦めたように項垂うなだれた。


『……何をすれば良いので?』

「ちょっと俺の補助脳の代わりをしてくれない? 俺の補助脳、ずっと壊れちゃっててさ」

 

 補助脳とは、船団の人間が生まれた時から体に埋め込んでいる、生体コンピューターだ。機械の計算機能やデータ保存の良いとこ取りをするため、コンピューターを持ち歩くのではなく、体に埋め込んでいる。

 この星に降りたって竜になった直後、カケルはイヴの言葉が分かるのに、自分からは言葉を話せなかった。その理由は、自動翻訳する補助脳が壊れていたからである。

 エファランに来てから、記憶領域スフィアに溜め込んだデータが使えなくてだいぶ苦労をした。カケルは幼少の頃から、興味のあるデータを何でもそこに突っ込んでいたから、宝の山だ。もしかすると儀式に失敗したのは、無為なデータを溜め込み過ぎたからかもしれない。

 とにもかくにも、白竜に補助脳の代わりをしてもらって、記憶領域スフィアからデータを取り出せれば、司書家ライブラリアンとして十全に能力を発揮できるだろう。


記憶領域スフィアの十一番データベースに、二十世紀の地図情報が格納してあるから、片っ端から照合して」

『二十世紀に限定されるのは何故ですか?』

「この石板を作ったのは、人が宇宙に上がった時代、少なくとも二十世紀より後の人間だと仮定する。姫様の話の通り、宇宙に旅立った人間の子孫にあててのメッセージなら、星の竜の災厄より前の世界を知っている事が証明となる。ましてや、司書家ライブラリアンなら、過去の地理データを持っていて当然だから」

 

 そう言い放つと、リリーナと、黒竜ラクスは驚いた様子を見せた。

 

『……照合完了』


 白竜はカケルにくっついて、記憶領域スフィアを検索してくれていた。

 空中に地図のホログラムを投影して、結果を説明する。


『点は、暗黒大陸北部の国イーディプトの都市群と一致しました。線は国境と一致しています』

「うん。じゃあ、答えは明らかだ」


 案外、簡単だったなと、カケルは思う。

 

「本当に司書家ライブラリアンかどうか試す問題だったね。この石板は、旧世界で一番古い図書館の場所を示している。人は記録を付けて他者と情報を共有することで、野の獣から自然を支配する唯一最強の種に成り上がった。最初の頃は、木や石に文字を彫りつけていたんだ。やがて紙というものが登場し、情報はより軽量化され、整理されるようになった。図書館は、人の記録を集積する場所。かつて司書家ライブラリアンの本拠地だった場所だ」


 ちがう? と黒竜を見返す。

 その場にしばしの沈黙が落ちた。


『…………本当に、本物を連れてくるとは』


 黒竜はややあって呻いた。


『永年受け継がれていくものは、血でも家名でもなく、信念、為すべきこと、その想いの根幹である。過去の痕跡を明らかにし、その謎を紐解く者。お前は、まぎれもなく司書家ライブラの末裔のようだ』


 カケルは苦笑する。

 脱走した自分が、司書家ライブラリアンとしての使命を負うなんて皮肉でしかない。

 過去の記録を受け継ぐこと。

 それが司書家ライブラにいた時、後継者だったカケルに与えられた任だった。

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