43 受け継がれるもの

 友人二人は、お姫様の友達だったらしい。

 世間は狭いなぁとカケルが感心していると、オルタナが険しい表情で口を開いた。


「……カケルを容疑者扱いか? お前が来るということは」

「オルタナ、私自身は、彼を疑っていません。でなければ、私達の対面は牢の中だったでしょう」

 

 どういう意味? とオルタナを横目で見る。

 意図は伝わったらしく、オルタナはむっすりした顔で説明した。


「リリーナの前では、誰も嘘を付けない。こいつは嘘発見器だ」

「ちょっと、あんたリリーナ様付けしなさいよ!」

 

 イヴが突っ込んでいる。どうやらオルタナが王女を呼び捨てにしているのが、気にかかったらしい。イヴほどではないが、カケルも困惑している。彼らは一体どういう関係なのか。

 しかし、リリーナ本人は柔らかい笑みを崩さない。


「別に構わないわよ、イヴ。私が対話するというのは、その意図がまったく無い訳ではないですし」

 

 被疑者の考えていることが分かるからこそ、この王女は重要な局面に呼び出され、証人とされるのだと言う。


「手を出していただけますか」

 

 戸惑うカケルに、リリーナは自身も手を差し出す。

 接触型の接続リンク

 カケルは瞬時にその可能性に気付いたが、ここで抵抗すると余計に怪しいと思われるばかりだ。

 観念して、片手を彼女の前に持ち上げた。

 リリーナの細い指先が近づく。

 二人の手が触れあった瞬間、空中に銀色の魔術文字が描き出される。


「っつ!」

 

 カケルは条件反射で、生体情報防御セキュリティウォールを発動させていた。

 しかし、リリーナの情報分析スキャナーは、それより少し早かった。

 バチリと音がして、空中に浮かぶ銀色の文字列が消え失せる。

 そのやりとりは、ほんの数瞬だった。


「何……?」

「こんな現象、見たことないぞ」

 

 周囲の、王女の護衛が呆然とし、イヴが不安そうにする。

 一方のリリーナは動じていなかった。

 

「……アヤソフィア地下で樹核コアを見て、食い荒らされるはずの竜の止まり木が、途中で侵略機械アグレッサーが撤退したかのように綺麗な状態だったから、もしかしたらそうではないかと思っていました」

 

 カケルも混乱している。

 何か情報を持っていかれたり、おかしな情報ウイルスを埋め込まれたりしていないか、懸念がよぎる。リリーナが敵か味方か分からないので、情報を持っていかれて大丈夫か分からないのだ。

 警戒するカケルを真っ直ぐ見つめ、リリーナは続ける。


「無理に探って、失礼しました。カケルくん、私は、私達はあなたを待っていました。本当の司書家ライブラリアンの後継者が空から降りてくるのを」

「!!」

「私が知ったのは、あなたの名前だけです、カケルくん。いえ、カケル・ユエル・ライブラ」

 

 船団から逃亡した時に捨てたはずの名前で呼ばれ、カケルの動悸が激しくなる。その名前の意味を知っている者はエファランに存在しない……はずだった。


「あなたは一体……?」

「カケルくんには、こう説明した方が早いですね。私は、先遣隊の子孫です」

 

 船団が起源星アースに到達する少し前に、一部の学者が先行して調査を行った。

 竜の棲む星になっているというのも、彼ら先行部隊の調査報告から分かったことだ。

 その後、先行部隊との連絡は途切れ、船団は起源星アースへの降下着陸を無期限延期することにした。


「え? 先遣隊なら、全滅したはずじゃ。どうして連絡を取らなかったんですか?」

 

 カケルは、目の前の王女を名乗る少女を見つめ、混乱して問いかける。

 すると彼女は笑みを消し、カケルを見つめて言う。


「それでは、私も問い返しましょう。カケルくん、あなたは何故一人きりで、エファランにやって来たのですか? あなたは本来、守られてしかるべき立場でしょう」

「っつ」

「おそらく、そういうことです」

 

 リリーナは言葉を濁したが、カケルは続きが分かった。

 司書家ライブラリアンは一枚岩ではなく、故郷の船団の中でも意見が分かれているのは、知っている。先行部隊は何かの思惑に邪魔をされ、本隊と連絡が取れないまま、現地の民と混ざってしまったのだろう。

 そして、後継者であるカケルが逃げださなければならないほど、今の司書家ライブラリアンは腐敗している。


「……まったく、話が分からないんですけど?!!」

 

 イヴが憤慨して割って入った。

 王女とカケルの会話は、背景を知らない者からすれば、意味が分からない。

 もっともな意見に、リリーナはふんわりと笑む。

 

「では、イヴやオルタナにも分かるように説明しましょう。カケルくんにも、話さなければならないことがありますし、それにも説明が必要です」

 

 立ち話もなんなので、と言われて、カケル達はソファーに腰掛ける。

 立っているのは、リリーナの護衛だけだ。


「納得できる説明をするには、少し時をさかのぼらなければなりません。イヴ、オルタナも、この世界が星の竜を起こしたことで一度滅びたことを知っていますね?」

 

 例のお伽噺だ。

 太古の昔、姓名が誕生する前の地球に墜ちてきた一頭の竜。

 竜の血液から生命が誕生したと、エファランの伝説は語る。

 星の竜は傷を癒すため、星の内部で眠りについた。

 そうして何千年、何万年の時が経った。人間が高度な文明を発達させた結果、地を深く掘り起こし、星の竜を目覚めさせてしまったのだ。

 文明は、一度滅びた。


「その滅びる前に、人間達は空に向けて船を飛ばしていました。ごく一部の人間が難を逃れていたのです。それが、カケルくんの先祖です」

 

 リリーナは、ズバッと簡潔に、カケルの出自を説明してくれた。


「そうですね?」

「うん」

 

 確認されて、カケルは頷く。

 イヴとオルタナの視線が横顔に突き刺さって痛いほどだ。


「星の竜の災厄で滅びの時を迎えた人間達は、その空に旅立った同胞がいたことを思いだしたのです。自分達の末期の記録を看取ってくれるとしたら、かつて別れた兄弟たる、彼らしかいないと。この星には、カケルくんの一族しか解けない記録がいくつものこされています」

「ちょ、待って。なんで俺の一族限定?」

「本気で言っていますか? カケルくんは、カケルくんの一族、司書家ライブラリアン記録れきしの守り手ではありませんか」

 

 リリーナに指摘され、カケルは今さらながら、自分の一族の特殊性を思い知った。

 歴史の守り手とのたまい、あらゆるデータの管理を独占する名家。今まで汚い面ばかり見てきたせいで、怪しい家だとばかり思っていたが、誇張でも何でもなく役目を持っている一族だったとしたら。


「俺は、司書家ライブラリアンじゃないよ……そこから逃げてきた」

「いいえ。あなたは否定しても、司書家ライブラの関係者であることは明らかです。あの機械たちを問答無用で停止できる権限を持っているのは、司書家ライブラリアンでも限られた者だけですから」

 

 リリーナの言葉を聞きながら、カケルは片手で顔を覆い、溜め息を吐く。

 過去うんめいからは逃れられない。

 世話係リードが言っていた通りだった。この星の遺跡に、司書家ライブラリアンに向けての記録メッセージが残されているなら、それは破滅を回避する何らかの手段を含んでいる可能性が否めない。

 未来に辿り着く手段は、いつだって過去の中にしか存在しないのだから。

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