新たな旅立ち

42 朝の強襲

 例の白竜は、鞄に詰めて持って帰っていた。

 ご命令をとせがむ白竜を机の上に放り、カケルは自室のベッドで眠りにつく。

 夢も見ない深い眠りから目覚めたのは、腹の上に重量を感じたからだ。


「重い……」

「誰が重いですって?」

 

 瞬時に目が覚めた。

 ここは東区のソーマとカケルの家だ。乱雑に散らかった男二人の家の二階、この空間にそぐわないキラキラしたストロベリーブロンドの少女が、カケルの上にうずくまっている。


「○✕△ッ?!」

 

 カケルは声にならない悲鳴を上げた。

 誰だ、イヴを家に入れたのは!

 この状況の唯一の救いは、イヴがきちんと外出着を着こんでいること、カケルも軽装だが肌着など着て寝ていたことだ。かろうじて、男の尊厳は保たれている。今まさに、イヴの行動いかんで、破滅に向かっているとはいえ。


「お、おはよー、イヴ……」

「遅よう、よ。もう昼前じゃない。待ちきれなくて、来ちゃったわ」

 

 視界の端、机の上の時計は、正午に近い時間を示している。

 やべ、約束の時間を過ぎてる。

 関係者は全員、竜の止まり木に集合し、先日の騒動の報告をする予定だった。

 しかし、イヴは焦っている様子がない。


「大丈夫よ。予定が変わって、私とカケルはアヤソフィアに呼ばれているから。私はそれを伝えに来たの」

「アヤソフィア?」

「王女様が、あなたに会いたいそうよ」


 王女……エファランは一応、王制の形を取っている。

 どうして、そのような偉い人が自分に会いたがっているのだろうと、カケルは首をかしげた。


「……イヴ。そろそろ降りてくれない? ついでに部屋を出て、一階で待っててくれるかな」

「別に、私の目の前で着替えても良いのに」

 

 恐ろしい。これが古代文献にあったセクハラだろうか。

 イヴは妙に浮き浮きした表情で、カケルの胸元を人差し指でつつく。何がそんなに楽しいのか。

 

「駄目だよ」

「どうして駄目なの?」

「それは…………」

 

 カケルが慌てていると、階下から足音がし、バンと激しい音を立てて扉が開かれた。

 あまりの勢いに、扉の立て付けが歪み、バキリと折れる。


「……殺すぞ」

 

 扉に靴跡をくっきり付けた格好で、オルタナが冷え冷えとした声を出した。

 その恫喝に怯えたカケルが「ごごご、ごめんなさーい!」と叫び、イヴが「なんで、あなたが謝るのよ!」と突っ込んで、部屋はカオスな状態になった。




「あんたは呼ばれてないでしょ!」

「はっ! アラクサラ、俺は自分の行きたい場所に行く。アヤソフィアだろうが、関係ない」

 

 何とか部屋からイヴを追い出し、着替えたカケルは、彼女と、そして乱入してきたオルタナと共に、アヤソフィアを目指していた。

 道中、イヴとオルタナの口論が続く。

 

「二人とも、落ち着いて……」

「あなた「おまえは、黙ってろ」なさい!」

 

 割って入ると、異口同音に却下された。

 理不尽さを感じる。

 三人は、北区の大聖堂アヤソフィアを目指す。

 先日、侵略機械アグレッサーの騒ぎで消灯されたせいか、アヤソフィアの周囲は見回りの兵士が多く、一般公開は停止しているようだった。


「出入りは関係者と、許可証を持つ方に限っています」

 

 門番に言われ、イヴは銀色のタグを懐から取り出す。

 この印籠が目に入らぬか、だ。


「私は、魔術師協会会長リチャードの娘、イヴ・アラクサラです。彼は、姫に呼ばれた客人でカケル・サーフェス」

「ああ、お話は伺っています。中へどうぞ」

 

 門番は扉を開いて中を指し示す。

 イヴはオルタナの方を向いて勝ち誇った顔をした。

 許可証かアポイントメントが無いと中に入れないらしい。

 オルタナはどうするのかと、カケルは恐る恐る彼を伺う。

 すると、無表情の友人は、懐から銀色のタグを出すではないか。


「オルタナ・ソレルだ」

「ソレルの方ですか。お疲れ様です。中へどうぞ」

 

 なんでぇ~~っ、とイヴが悔やしそうにする。

 ソレルは警察組織の管理や、要人警護を担う一族だ。許可証を持っていても不思議ではない。

 三人は、大聖堂に足を踏み入れた。

 カケルは興味深く建物を観察する。

 先日は暗闇の中での訪問だったので、よく建物が見えなかったが、実に巨大で壮麗な聖堂だ。特徴的な金色のタマネギ型の屋根のため、内装もところどころ金色が塗られている。壁は黒ずんでおり、歴史を感じさせた。

 通路の奥には大広間がある。

 天井が三階建ての屋根まで吹き抜けているせいで、この広間だけで小さな建物が入る空間の広さだ。天井近くのステンドグラスからは、幻想的な光が差し込んでいる。

 数百人が入れそうな劇場型の広間で、ここで議会が開かれるというのも納得の広さだった。

 大輪の花のような豪奢なシャンデリアを見上げていると、イヴが「そっちじゃないわ」と耳をつまんで引っ張る。


「いてて、なんで耳?!」

 

 考えてみれば、こんな襲撃し放題な大広間で、お姫様が待っているはずがない。

 脇の細い通路に入り、連結している別棟の廊下に移動する。

 沢山並んだ扉の一つの前で、近衛兵らしき男達が複数立っており、中にいる人物の身分の高さを想像させた。


「イヴ・アラクサラです。入ります」

 

 イヴが先導して、その部屋に入る。

 奥の椅子に座っている少女がふわりと笑った。


「お疲れ様、イヴ。それに、オルタナも、来てくれたのね」

 

 波打つ黒髪を清楚なドレスの上に流した翡翠の瞳の少女が、柔らかい表情でおっとりと喋る。


「はじめまして、カケルくん。私はリリーナ。このエファランの王女であり、イヴとオルタナの友人でもあります。どうぞよろしくね」

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