41 舞台の裏側(side:アロール)

 エファラン防衛で負傷した士官の回収が終わると、アロール達は見張りに一部隊だけ残し、撤収した。

 死人はいない訳ではない。

 それでも生き残った者の方が圧倒的に多く、あの激しい防衛戦や、新種の侵略機械アグレッサーと戦ったことを思えば、大勝利と言えなくもない。アロール自身も五体満足で帰投でき、僥倖だと感じていた。


「なんと……エファランの内部では、そのような事が起こっていたのか」

 

 魔術師協会会長リチャード・アラクサラから、大聖堂アヤソフィア地下の装置が敵に占拠されかけていたと聞き、想像以上に厳しい状況だったのだと知る。

 外と中、同時に攻められていたのだ。

 よくもまあ、両側とも、侵攻を止められたものだ。


「悪い、アラクサラ。娘さんが容疑者を連れて脱走したのだと知らず、ネムルートに送ってしまった」

 

 知っていれば、ネムルートに行くカケル達を引き留めていただろうかと、アロールは自問する。


「はぁ……いや、娘が暴走して、こちらこそ申し訳ない」

 

 リチャードは怒らなかった。

 むしろ消沈した様子で、白髪混じりの頭を抱えて、どうしたものかと苦悩している。悩みすぎて、そのうちハゲるのではと、アロールはリチャードの毛髪の行く末を心配した。


「今からネムルートに迎えに行ったら、入れ違いになるかもしれない。帰ってくるのを、待つしかないな」

 

 それが吉報であれ、凶報であれ、彼らを送り出したアロールは受け止める責任がある。

 

「ただ……ここまでの出来事を順番に並べて考えると、君の娘さんは大活躍したのかもしれない」

「……」

「大聖堂の地下で真っ先に敵を取り押さえ、エファラン防衛戦では敵の中枢を射って勝利をもたらしてくれた」


 その貢献が真実なら、カケル達を捕らえて尋問に掛けるのは、的外れを通り越して恩知らずも甚だしい。

 ただ、本人達不在で、真偽のほどが分からない。

 アロール達は情報を集めながら、ネムルートへ旅立った若者達が帰ってくるのを待つことにした。

 時間が過ぎるのが、妙に遅く感じる。

 それから半日経ち、夕方になった頃、エファラン外部から伝令が入ってきた。


「東のネムルートの方角から、鎧竜と並竜が一頭ずつ近付いて来ます。グラスラと、学生のクリストファーくんだと思われます!」

 

 それは待ちに待った知らせだった。

 距離が近付けば、竜の止まり木の上から、通信の魔術で話もできる。

 アロールは急いで竜の止まり木に駆け登った。


「ホロウくん、グラスラに繋いでくれないか」

 

 遠くてもはっきり見える、鎧竜の巨体を確認しながら、友人に呼び掛ける。


「無事か、グラスラ」

『ああ。今回も死に損ねたぜ』

 

 友人の声は、笑っているようだった。


「ネムルートは……?」

『話すと長くなるから、簡潔に結論を言う。大丈夫だ。以上終わり』

 

 何が大丈夫なのかと、突っ込むのも馬鹿らしくて、アロールは安堵で崩れ落ちそうな気分を味わった。グラスラが敵にのっとられた基地を破壊できたかどうかも、一瞬でどうでも良くなる。謀略を巡らせたところで、結局なるようにしかならない。

 一番聞きたかった答えは、聞くことができた。今日はこれ以上話を聞く必要はないと、アロールは悟った。

 やっと、ゆっくり眠れそうだと思いながら、彼は着陸体勢に入った竜のもとへ、ゆっくり歩き出した。


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