40 帰投

 侵略機械アグレッサーの一部無力化に成功したものの、エファランの人々にどう説明しようと、カケルは頭を悩ませた。

 とりあえず、ネムルート補給基地に巣くっていた機械の群れは、撤退するよう命じた。機械工場にされていた竜の止まり木も、元に戻す予定だ。


『そりゃお前、アロールかそれ以上のお偉いさんを味方に付けるしかないんじゃねえか。もうここは危険じゃないって言われても、俺にゃあ分からねえよ。他の奴らもそうだろ』

「そうですよね~」

 

 どうしようかと悩み相談すると、意外にもグラスラは相談に乗ってくれた。

 ホロウも軍の士官だが頼りないので、頼みの綱は、この経験豊富なおじさん竜しかいない。

 白竜を捕まえたカケル達は、ネムルート補給基地からエファランに引き返した。

 ホロウとカケルは、クリストファーに乗って。

 イヴとオルタナは、グラスラに乗ったまま。

 二頭の竜は、来たそらを引き返す。


「エファランに入れてもらえるかな……」

 

 非常事態とはいえ、いろいろ無茶をやった。

 無事に戻れたとしても、後始末が大変面倒だ。

 しかし、今は一仕事終えた後の疲労が酷い。竜の背で、眠らずにいるだけで精一杯だ。


「うぅ、生きて戻れて良かったぁ」

 

 数刻経ち、エファランが見えてくると、ホロウが感動して泣きむせぶ。

 

「大袈裟な……ってことも、ないか。帰ってきたんだ」

 

 カケルは、シャボン玉を眺めて感慨にふける。

 本当の故郷は、空の上に浮かぶ宇宙船だ。しかし、今この胸に感じているのは、郷愁と呼ぶべきものだろうか。不思議なことに、カケルはシャボン玉を見て安堵していた。

 カケル達を乗せた竜は、シャボン玉上部の出入り口を潜り抜け、着地体勢に入る。


「イヴ!!!」

 

 例によって、イヴの父親が真っ先に駆け寄ってくる。

 既視感のある光景に、カケルは苦笑した。

 

「私がどれだけ心配したか! もう帰って来ないかもしれないと思ったんだぞ!!」

「……ごめんなさい」

 

 父親が泣きそうな顔なので、さしものイヴも、たじたじになっている。


「カケルくん」

 

 ぼんやり父娘の再会を見守っていると、汚れた白衣を着た一人の中年の男性が、足をもつれさせ、枝から転げ落ちそうになりながら、小走りでやってくるのが見えた。

 思わず、声を掛ける。


「ソーマおじさん、足元気を付けて!」

 

 学者業のソーマは、普段ろくに運動していない。

 元から無精な男だが、カケルが出発してから風呂に入っていないのか、髪も服も乱れ放題の悲惨な有り様だ。

 よろよろとカケルの前に辿り着くと、ソーマは息を切らせながら言う。


「良かった。カケルくん、外に出たら、どこかに行ってしまわないかと……カケルくんがいなくなったら、僕のご飯は」

 

 ご飯の心配と言っているが、彼が本当に言いたいのはそういうことではないと、今のカケルには分かっている。

 待っている人がいるのは、良いものだ。

 それがたとえ、家事できなくて生活能力皆無の、冴えない中年男であっても、だ。


「許されるなら、家に帰ってご飯作るよ……」

 

 枝の根元から、厳しい表情のアロールがやってくるのが見えた。

 これから閉じ込められて尋問かな、とカケルは思った。もともと敵対勢力の仲間だと疑われていたところ、見張りを殴って脱出してきたのだ。イヴとオルタナはともかく、カケルは尋問の続きをさせられるだろう。

 きっと何を話しても疑われると、カケルは絶望的な気分になる。

 しかし。


「ふぅ……皆さん、話は明日、聞きましょう。ひとまず今日は解散

で」

 

 アロールは表情をゆるめ、あっさりそう言いはなった。


「え。良いんですか?」

 

 思わず、カケルは突っ込んでしまう。

 ネムルート補給基地を取り返したかどうか、聞かなくて良いのだろうか。敵がすぐ攻めてくるか、気になっているだろうに。

 

「皆が、無事に帰って来たのだ。今日の収穫は、それだけで十分さ。そうだろう、アラクサラ」

 

 アロールは苦笑し、イヴにくっついているイヴの父親リチャードに話を振る。

 リチャードは「そうだな」と頷いた。

 人間の姿に戻ったグラスラが気だるい様子で宣言する。


「疲れた頭では、まとまるものも、まとまらねえよ。解散だ、解散」

「お疲れ様でしたーーっ、僕はこれで!」

 

 ホロウが真っ先に離脱し、すっ飛んで枝を降りていった。

 それを見て、やっとカケルも肩の力が抜けた。

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