39 一か八か

 ぞわり、と嫌な気配がした。

 周囲からカサコソと音がして、蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーが姿を現す。何匹も、何匹も。取り囲まれたことに気付き、ホロウが「うぎゃっ」と悲鳴を上げて飛び上がった。


『お前が仕えるにたると、どう証明する?』

 

 白竜が淡々と聞いてくる。

 返事いかんでは、蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーが襲い掛かってくる。

 カケルは白竜から視線を外さず、周囲の状況を確認した。

 こちらが上空にグラスラを待機させ、いつでもネムルートごと焼き尽くせると脅しているように、白竜の姿をした侵略機械アグレッサーもカケル達をいつでも殺せると見せつけているのだ。


「少なくとも、君の所有権は、書き換え可能だ」

 

 カケルは動じた様子は見せず、飄々と答えた。


「軍団の一端末じゃなくて、君は君の個性を獲得する。切り離された一個体として、独自の進化を歩める。生きることも、死ぬことも自由だ」

『……我々が生きていると?』

「動いているものは、生き物だよ」

『……』 

 

 沈黙する白竜に向かい、カケルは歩みを進める。

 上空のグラスラを警戒し、白竜は判断に迷っているようだ。

 腕を伸ばし、指先を、硬直する白竜の鼻先に触れさせた。


『っ』

 

 以前の潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーと同じように、接触によりメンテナンスモードに追い込めるが、今回それはしない。


「所有者の書き換えを」

 

 自分の名前を、その機械に与える。

 白竜がびくりと、驚いたように震えた。


『か、カケルって、あのカケル様?!』


 感情がないはずの機械の音声が、裏返っている。

 いきなり相手の態度が変わったので、カケルは戸惑った。


「どの俺か知らないけど……」

司書家ライブラの最年少の魔導士ウィザードですよね?! 新しいコマンドが作れて、絡まったコードの処理がめちゃうまだって、僕らの間で評判の!』

 

 誰のことだろう、とカケルは苦笑した。

 確かに、自律思考するAI達の間で噂になっているとは聞いたことがあるけれど、何年も経ってこんなところで言われると思わなかった。

 白竜は、子供のようにはしゃいでいる。


『うっわ、僕って超幸運?!』

「あ~、とりあえず、降伏するんだったら、周りの蜘蛛は引いてね。あと、ネムルートの壁は全部開けて」

『はいっ、了解しました!!!』


 先ほどと態度を激変させ、白竜はパタパタ翼を上下する。

 シャッターが降りるような音と共に、ネムルートを囲む半透明の壁が消えていく。蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーの群れも、潮を引くように去っていった。

 ただ一匹だけ残った白竜が、片方の翼を自分の手前に持ってきて、器用に一礼する。


『ご命令をどうぞ、カケル様』


 どうやらカケルは、賭けに勝ったらしい。

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