31 空を制するもの
シャボン玉の壁までは、かなり距離がある。何しろ都市や村や農場をすっぽり覆う、広大なシャボン玉だ。おおよそ半径30km、中央から端まで徒歩で約8時間。歩いていくと、時間が掛かり過ぎる。
「東の風穴まで、どうやって行ったら良いかしら。夜だから、タクシーも動いてないわよ」
イヴは首を傾げた。風穴の情報を提供してくれた当人のオルタナは、無言で渋面になっている。どうやら二人とも、そこまで考えていなかったらしい。
カケルは「簡単だよ」と教えてあげた。
「貨物列車に乗せてもらおう」
貨物列車は、人の行き来がなくて線路が空いている夜に運行するので、ちょうど良かった。
まるで犯罪者のように荷台に忍び込む。
一番年上で世間体が気になるのか、はたまた真面目な性分なのか、ホロウが嘆いた。
「うう。勢いで承諾して付いてきちゃったけど、これって豪華な報酬をもらうか、犯罪者にされて人生終わりか、どっちかのハイリスクハイリターン?!」
「やだなあ、気付くの遅いですよ、ホロウさん」
カケルは、ホロウが逃げないように、さりげなく退路をふさぐ。
「大丈夫ですよ~。魔術師協会会長の娘と、獣人族長の息子がこっちにいるんですから」
エファランの人々は、身内には寛容だ。
難民で正体不明のカケル以外は、怒られることはあっても、殺されることはないだろう。
「カケル、俺たちどこに行くんだよ?」
クリストファーが今さらな事を言う。
この同級生は、知能に使うべき部分を、筋力その他に持って行かれてる感がある。
「外だよ、外」
「外ぉ?!」
適当にクリストファーに説明していたら、貨物列車は東区の端の農園地帯で止まった。
そこからは徒歩だ。
時間は掛かったものの四人は夜明け前までに、東区の風穴……シャボン玉の壁で穴の空いた箇所……に辿り着いた。
シャボン玉の壁は半透明になっており、表面が揺らいでいる。壁の向こう側に蜃気楼のような黒い森が見えた。壁の一部が切り取られたかのように欠け、真っ黒な穴が空いている。
風穴という名前の通り、強い風が内部から外部へ向かって吹いていた。
「……俺が先に行くよ。竜は、
カケルは穴を観察していたが、覚悟を決めると、一歩踏み出した。
黒い穴をくぐり抜ける。
その途端、真っ暗になり、空気が変わった。
シャボン玉の中は人の灯りで明るかったのだと、カケルは知る。目が慣れると、外部の状況が見えてくる。
足元は、砂漠の砂を踏みしめている。
月が浮かぶ夜の砂漠は、遠くに森や山が見えた。
「っつ!!」
上空で爆音が響き、空を見上げると、そこには花火のように閃光が炸裂する。炎を吐きながら飛び回る竜と、
目を凝らして、戦況を把握する。
エファランの竜達は、防衛戦線を維持できていない。
すり抜けた
シャボン玉の外側は頑丈なのか、まだ穴は空いていない。おそらく壁が厚いせいで、エファラン都市部からは、上空の異変が分からないのだ。
「反撃どころじゃないじゃん?!」
状況を見て取ったカケルがやけくそに叫び、その声に答えるように、上空から竜が墜落する。
すぐ近くに墜落した竜は、盛大な砂ぼこりを起こした。
「イヴさんは俺が守る! うぉっ、死んでる?!」
カケルの後に続いて出てきた面々は、砂漠の海に墜落した竜の姿に仰天した。クリストファーが大袈裟に驚いたので、オルタナが舌打ちしている。
「見ている場合じゃないよ。
どこから現れたのか、夕焼け色の
カケルは竜の姿に変身し、他の四人を背中に乗せる。
風を操り、大地を蹴って離陸した。
「カケル、い、今どうやって離陸したんだ?! 普通、助走付けるか高い所から飛び降りないといけないよな。なんかフワッと浮き上がったよな?!」
「うるせえ」
クリストファーは騒ぎ過ぎて、オルタナに殴られている。
カケルは構わず急上昇し、戦場を俯瞰できる位置を探して旋回した。夜の空は暗いが、戦火が交錯しているので、戦いの状況はすぐに分かる。
戦いの火花は、エファラン外縁部と、その手前の空に集中していた。
「エファランの空軍は、二つに分かれてるようね。迎撃する部隊と、エファランの壁に取り付いた
イヴが戦況を分析する。
彼女の言う通り、エファランの竜部隊は二手に分かれていたが、どちらも仕事に手こずっているようだった。
原因は、
ひゅんひゅん縦横無尽に飛び回る、小型の
「それにしても、あの鳥みたいな機械、竜と同じくらい速く飛ぶのに、味方とぶつかったりしないのね」
『……! イヴ、それ良い着眼点!』
なぜぶつかりあわないのか、それは位置関係を把握し、管理する親玉がどこかにいるからだ。
そして親玉の指示は、通信によって子機に届く。通信というものは、中継点が無ければ成立しない。無数の中継点を結んだものが、ネットワークと呼ばれるものだ。
故郷から送り込まれた機械達は、この世界に元からあるネットワークを利用できない。
なら今、目の前を飛んでいる
『イヴ、あの格好いい、ルビーショットって魔術の準備をしてよ』
「良いけど、なぜ?」
『敵の中継機を、破壊する』
幸いにも、空軍から外れて飛ぶカケルは、注目を浴びていない。
音もなく虚空を最速で駆け抜け、
『……見えた』
肉眼には見えなくても、風を遮る巨体がそこにあるのは、分かっている。
『イヴ、まっすぐ撃って!』
「何もないのに? ええい、
イヴの放った魔術が、空中で消える。
次の瞬間、光学迷彩で見えなかった敵機の輪郭が、見えるようになった。
何も無かった空間に、金属で出来た巨大な傘が現れる。
音や光を集める放射曲面をした反射器が特徴の、
バランスを崩した
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