30 仲間はゲットしにいくもの

 カケルが閉じ込められていたのは、北区の商業施設だ。

 見張りの獣人を倒して脱出した三人は、移動を開始した。

 エファランは非常警報発動中で、竜の止まり木も封鎖されている。シャボン玉の外に出るには、通常と別の経路を使う必要があった。


「東区の端に風穴がある。竜は通れないが人間はギリギリ通れるやつだ」

 

 オルタナは、そこから外部に出ようと言った。

 エファランは透明な壁に覆われた都市だ。外に出るには竜の止まり木から飛び立つ必要があり、利便性が悪い。歩いて外に出られる場所があるのに何故使わないのかというと、都市の周囲の地上は自壊虫ワームの群れが徘徊していて危険だからだ。

 しかし、危険でも今はそこしか通れない。

 駅から列車に乗って東区に移動する。

 その間、獣人の追っ手は無かった。なんやかんやで、オルタナが同行しているからだろうと、カケルは思う。この友人は、獣人の中でも特別らしいのだ。

 シャボン玉の外は危険に満ちている。

 カケルは腕組みし、思考を巡らせた。自分はともかく、イヴとオルタナは絶対に死なせては駄目だ。エファランに帰る手段を確保しておかないと。


「竜が俺だけだと、俺が負傷した時に飛べないよね。もう一人、竜を調達しよう」

「は? どうやって調達するつもりだ」

「寄り道してる時間がある訳?!」

 

 眉をしかめるオルタナとイヴを連れて、東区の住宅街に移動する。

 カケルは、合同演習で負傷して墜落したクリストファーを訪ねた。彼は、東区在住でカケルの同級生である。

 前に会った時は、怪我のせいでぐったりしていたが、休んだからか今は顔色が良い。


「こんばんわ~、クリストファーくん」

「お、お前カケル?! どうしたんだ、こんな深夜に」

「実は、頼みたいことがあって」

 

 後ろ手に扉を閉め、二人きりになる。まあ、どうせ耳の良いオルタナは聞こえてるだろうし、イヴも魔術で盗み聞きするのだろうが。


「クリストファーくん、ニーサちゃんが好きだよね?」

「な、なんでそれを?!」

 

 クリストファーは慌てふためく。

 彼は、同じ学区の獣人の少女ニーサに恋している。格好良いところを見せたいからか体を鍛え、弱そうなカケルにわざと絡むのだ。

 しかし、カケルは知っている。ニーサは強い男が好きで、一番強いオルタナに恋心を抱いていることを……言うつもりはないが。


「俺に協力してくれたら、ニーサちゃんと話す機会を作るよ」

「本当か?!」

 

 ちょろい。


「けど、協力って何を」

「極秘任務なんだ。イヴさんがいるんだから、分かるだろ」

 

 イヴの美貌と出自は、他の学区にも知れ渡っている。

 案の定、クリストファーは持ち前の正義感を刺激されたらしく、拳を握った胸を熱くしているようだ。


「うぉぉ……極秘任務。格好いい……」

 

 よし。一人ゲット。

 カケルは口八丁でクリストファーを連れ出すと、大通りをキョロキョロ見回す。

 あともう一人くらい、できれば軍関係者が欲しい。


「あ、ホロウさん!」

 

 ちょうど、合同演習で世話になった頼りない軍の士官ホロウが通りがかった。

 

「カケルくんじゃないか。こんな時間に……君たち、そろってどこに行くんだい?」

 

 ホロウは、カケルの後ろに続くイヴとオルタナ、クリストファーを見て頬を引きつらせる。

 勘の良い人だ。

 カケルは、さりげなく彼の退路に回り込んで、明るく言った。


「ホロウさんこそ、こんな時間にどうしたんです? ここって病院の前ですよね?」

「……」

「入院してるお兄さんのお見舞いですか?」

「なんでそのことを?!」

 

 図星を突かれたホロウは慌てている。

 簡単な推理だった。

 危険な軍の士官は、安定して高い給料をもらえる。それでも借金に怯えているホロウには、事情がある。金が必要な家庭の事情など、限られていた。

 あとは頼りないホロウは、どっちかというと弟気質だなぁと思って、鎌かけしたら当たりだったという訳だ。


「俺たちに協力して頂けますか。もしイヴを助けたら、彼女の父親に感謝されて、最新の魔導医療を無料で受けられるかもしれません」

「……」

「まあ、回答は一つしかないですけどね。俺たちが危険な場所に行くのに、ホロウさんが止めたり同行したりしなかったら、責任を問われます。減俸ですね」

「い、行く!」

 

 二人めの協力者ゲットだ。

 仮でも軍の関係者がいれば、後処理でいくらでも誤魔化しがきく。それこそイヴの父親が娘可愛さに、軍の秘密任務だったと揉み消してくれる可能性もある。


「あなたね……」

 

 さんざんダシに使われたイヴは、困惑している。

 カケルは彼女を振り返った。


「極秘任務、それで良いでしょ。大義を掲げれば、帰る場所を確保できる」

「それは、そうだけど……そうじゃなくて、ああもうっ!」

 

 イヴは何を言ったらいいか、言葉を選んでいるようだった。

 ここに来てはじめて、カケルの才能のようなものを目の当たりにして、彼女は感嘆していたのだった。しかし、カケルにとっては、故郷では人を巧みに誘導して苦難をくぐり抜けることは、珍しいことではなかった。

 不思議そうにするカケルを見て、イヴは呟く。


「それが、本当のあなたなのね……」

「?」

 

 彼は、人に従う器ではなく、人を従える方だ。

 そう彼女は直感していた。

 


 

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