29 信頼の証明

 まだ、夜は明けていない。

 体は睡眠を欲していたが、部屋の外で声がして、カケルは短い夢から覚めた。

 

「っ、ソレル……!」

「悪いな」

 

 ドカッ、バキッと誰かが殴り合っている音がした

 静かになった後、独房の扉が開かれる。

 眩しい。

 真っ暗だった室内に光が射し込んだ。

 扉の向こうに逆光を背負って立っているのは、イヴとオルタナだった。


「どうしたの? こんな夜中に」

 

 二人が面会に来るとしても、翌日以降だと思っていた。

 きょとんとするカケルに、イヴが厳しい表情で言う。


「エファランは、外からも攻撃を受けてるの。空飛ぶ侵略機械アグレッサーが大量に攻めて来てるそうよ。飛空部隊は、皆エファランの外に出て戦っているけど、防戦一方みたい」

「……」

「あなた、アヤソフィアで、侵略機械アグレッサーを止めたよね?……外にいる侵略機械アグレッサーも、止められる?」

 

 イヴの口調は彼女らしくなく、歯切れが悪い。

 アヤソフィアの一件を見ていたとしても、彼女にはカケルが何をしたか分かっていない。確証がないので、こんな頼りない口調なのだ。

 カケルは黙考する。

 止められると安請け合いはできない。先ほど、潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーを通じて凍結命令を出したが、外の侵略機械アグレッサーには、それが通じていないようだ。

 無理だと答えようとして、ふとネムルート補給基地のことを思い出した。


「止められるかは分からないけど、ネムルート補給基地は取り戻さないと。ネムルートから増援が来たら、守りきれない。司令塔になっている機械を止めたら、何とかなるかもしれないけど」

「!! じゃあ、今すぐネムルート補給基地に行きましょう!」

「今すぐ?!」

 

 イヴは活路を得たとばかり、目を輝かせる。

 ちょっと決断が早すぎる。

 それにカケルの推測を鵜呑みにし過ぎだ。


「待ってイヴ、エファランは非常警報中で、外に出れないだろ。だいたいネムルート補給基地に司令塔がいるかも分からないし」

「行動あるのみよ!」

「えぇ?!」

 

 行きましょうと、イヴがカケルの腕を引っ張る。

 しかし、そこに鋭い刃の切っ先が差しのべられた。


「待て」

 

 オルタナが、抜き身の短剣の切っ先を、カケルの頸動脈の手前に突きつける。驚いてイヴが動きを止めた。


「先に聞かせろ、カケル。お前はエファランの、敵か?」


 重苦しい空気が、部屋に満ちる。

 それは、目の前の獣人の青年が発している威圧感だった。

 返答をあやまれば、オルタナは即座に自分の喉を切り裂くだろう。カケルは友人の紅眼から、視線を外さないよう注意した。油断すると、獣は襲いかかってくる。


「……俺は、敵じゃないよ」

「口では何とでも言える」

「何に誓えば良い? 俺は何も持ってない。エファランで生まれた訳じゃないし、俺の言葉なんて信じるに値しないだろう。オルトは、俺が真実を言ったとして信じられるのか?」

 

 いつか、他愛のない会話をした。

 大概の困難は、暴力と金で解決できるが、人を信じることが一番難しい。それは真理だと、カケルは思う。人が裏切らない保証なんて、どこにも無い。

 それでも人は、人を信じたいと願う。

 カケルは、その希望を、良心を、諦めたくなかった。

 ならば……まずは自分が胸襟を開くべきなのかもしれない。


「その刃で試してみる? 俺は、イヴとオルトになら、殺されても良い」

 

 ふっと、オルタナの紅眼から敵意が消えた。

 彼が切っ先を下げると、空気が嘘のように軽くなる。


「命を無駄にすんじゃねえ」

 

 呆れたように言い「ここから脱出するぞ」と顎をしゃくった。

 三人は、暗い部屋から出る。

 カケルは、足元に見張りの獣人が転がってるのを見て、ぎょっとした。


「殺してねえよ。獣人は、めったなことじゃ死なない」

 

 オルタナはそっけなく言うが、彼は同族と交戦したのだ。表に出さない葛藤があってもおかしくない。なるほど、カケルに覚悟を迫ったのは、賭けるだけの価値があるか試したかったからか。


「私は、最初から、あなたが敵じゃないと知ってるわよ」

「イヴ」

 

 カケルの隣を弾むような足取りで歩きながら、イヴは軽やかに言った。


「覚えてる? 私達が初めて会った時のこと。私はエファランの外に家出して……あなたは自分も迷子なのに、私を助けてくれた」

「イヴは出会った時から、無鉄砲だったなぁ」

 

 思い出して、カケルは苦笑する。

 幼い少女と子竜の二人きりで、月下の砂漠を歩いたのだった。夜の砂漠は凍えるように寒く、世界で二人きりのように感じて少女のぬくもりを手放せなかった。


「ふ~ん、否定しないってことは、やっぱり迷子だったのね」

「ご想像にお任せします……」

 

 イヴの指摘は図星だったので、カケルは視線を明後日に泳がせる。

 無計画に、飛行機をぶんどって、船団から逃亡してきたのだ。イヴのことを笑えなかった。 

 

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