夜明け前

28 過去からの助言

 疑わしきは罰せよ、ということだろうか。侵略機械アグレッサーの手先の女性とは別に、カケルも拘束された。イヴやオルタナが抗議してくれたようだが、現状カケルの無実を証明する手段はない。

 アヤソフィアから少し離れた商業施設の地下にある、警察の留置場に放り込まれた。

 窓のない暗い部屋で、長椅子に仰向けになって、天井を見上げる。

 結局、帰れなかったなぁ。

 ソーマおじさんは、俺を心配しているだろうか。

 横になると眠気が襲ってくる。

 夢の中で、カケルは幼い頃に戻っていた。


「人の歴史を記録する司書家ライブラリアン……科学技術とかなら分かるけど、僕らの歴史ってすごく主観的じゃない? こんな空想物語みたいなの、記録する意味があるの?」

 

 司書家ライブラリアンの後継ぎとして、カケルは昔ながらの目視や暗記で、歴史を覚えさせられていた。データは、システム上に保存されていて、すぐに取り出せる。なぜ貴重な時間を使って生身の脳に情報を入れようとするのか、当時のカケルには分からなかった。

 検索すれば出てくるデータを、声に出して何回も読んだりしながら、自前の脳で記憶しなければいけない。それは旧時代的に思える。非常に面倒くさい、古くさい手段だった。

 だから、教育係にいちゃもんを付けた。理由は何だってよく、ただ勉強をサボりたかったのだ。


「読むの面倒くさいよ~」


 それにしても、この歴史という奴は、人死にや失敗の記録ばかりで嫌になる。敗者の記録は勝者によって上書きされるが、勝者も永遠に勝ち続けることは出来ない。歴史は、その時代の人々に都合が良い様に、どんどん書き換えられる。絶対に成功していて正しいのは、いつだって「今」だけだ。


司書家ライブラリアンのカケル様が、外でそう言ってはいけませんよ。問題になります」

 

 初老の教育係リードは、穏やかな声で、子供のカケルをさとす。


「歴史をることは、未来を知ることです。だから、司書家ライブラリアンは、この船団を率いる資格を持っています」

「……」

「私達は、この暗闇が支配する宇宙せかいにおいて、先の見えないまま手探りで前に進むしかありません。未来は、今まで選んだ選択肢以外の道に進むことで得られるもの。過去を知らなければ、同じ選択肢を選び続け、ぐるぐるループして一歩も進めない」

 

 リードは、膨れっつらをしたカケルの頭を、そっと撫でる。

 この教育係は数ヵ月後に、謎の失踪をするのだが、当時のカケルは知らないことだ。


「歴史は、人の意思決定、無数の選択肢しっぱいの積み重なり……カケル様、起源星アースに降りる機会があれば、かの星の歴史を探してください」

「リード?」

「未来に辿りつく手段はいつも、過去の中にしか存在しない」

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