27 凍結コマンド

 本来、作業用機械は人間の下僕だ。カケルの生まれ育った船団では、無線接続でコントロールされるものだった。しかし、この世界は船団が使える無線ネットワークが配備されていないため、非常用手段を使うしかない。有線接続、または接触型の接続をしてから、命令を入力する。

 船団の人間、それも管理者権限を持つ人間であれば、接触するだけでメンテナンスモードが起動するようになっている。

 カケルは、その権限を持っていた。


『高天原の管理者インターフェースを認証』

 

 竜になってから壊れていると思っていた補助脳、船団の人間なら生まれた時から体に埋め込まれている演算装置コンピューターが動き、視界に文字を描き出す。


「自律思考を凍結、プロンプトでの対話に限定して」

 

 対象機械のAIが余計なことをしないうちに、その思考を凍結する。

 これで、この潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーは、カケルの思い通りだ。

 どうして補助脳が動いているか分からないが、今の内である。

 カケルは、この端末が持っているデータを自分の補助脳にダウンロードし、分析にかける。


「アマノイワト……?」

 

 侵略機械アグレッサーの目的と思われるキーワードが気になったが、今はそれどころじゃない。

 この潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーは、エファランの生命樹ハオマに侵入して、生命樹を機械工場に作り替えるウイルスを放っていた。

 カケルは、中断コードを送信させ、その処理を止める。


「エファランにいるすべての機械なかまに、凍結コマンドを送信しろ」

 

 イヴを襲おうとしていた綱渡蛇タイトロープが、電池が切れたように崩れ落ちた。

 同時に、地下室の照明が復活し、周囲は急に明るくなる。


『ギ…ギギ……』

 

 潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーが小刻みに震える。

 AIがカケルの暴挙に抵抗している。


『ウラギリ、モノ……』

「裏切りも何も、俺は一度だって、この星の浄化に賛成したことはない」

 

 カケルは端末を指で弾いた。


「自壊しろ」

 

 機械といえど自律思考が組み込まれているものは、人間と同じだ。命令を与え従わせることはできるが、言うことを聞かなくなることもある。

 カケルは機械の回路をショートさせた。

 焼き切れたジュッという音と共に、細い煙が上がる。

 潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーは、痙攣して動かなくなった。

 命令は、音声入力で行っているため、他の人にもカケルの声は聞こえていただろう。

 これはさすがに誤魔化せないかな。

 侵略機械アグレッサーが完全に沈黙したことを確認したカケルは、恐る恐るイヴとオルタナを振り返った。


「あなた……」

 

 イヴは呆気に取られている。

 オルタナの方は、侵略機械アグレッサーの手先の女性を拘束しようとしており、カケルの方は見ていない。


「イヴ!!!」

 

 その時、複数の男達が、水の壁を突破して広間に入ってきた。

 先頭にいる魔術師協会会長リチャード・アラクサラは、娘に飛び付いて安否を確認する。


「無事だったか」

 

 他の兵士は、オルタナに駆け寄って、女性の拘束を手伝っている。リチャードの部下の魔術師は、カケルの背後にある球体の確認を始めた。

 良かった。これで一件落着だ。

 カケルは安堵したが、それは間違いだった。


「あんた……!」

 

 後ろ手に拘束され、床から顔を上げた敵の女性は、カケルを憎々しげに睨む。その視線に含まれた愉悦に気付いた時には、遅かった。


「この、裏切り者!!!」

 

 彼女は真っ直ぐにこちらを見つめる。犯人はこいつだと、叫ぶように。

 その場の皆が一斉にカケルを見た。


「……参ったな」

 

 嵌められた。

 女性と同じく、カケルも難民で、エファランの外から来た。

 彼らの仲間じゃないと言っても、誰もそれを証明できない。侵略機械アグレッサーを止めたのはカケルだが、どうやってそれを為したか、エファランの人々には分からないのだから。

 こちらを睨む女性の口元が笑みに歪んでいる。

 死なばもろともだと、その視線が語っていた。


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