26 アヤソフィア攻略

 イヴは相変わらず無鉄砲で、太陽のように眩しい。

 そこに何があるか分からない恐怖をものともせず、果敢に前に進む姿勢は、見習うべき点がある。が、カケルは真似しようと思わない。


「オルタナが先頭で、イヴが真ん中。俺は一番非力だから、イヴの後ろに隠れさせて」

「馬鹿じゃないの?!」

 

 彼女は憤慨したが、結局カケルを振り返って言った。

 

「仕方ないわね。私の後ろから出ないでよ」


 どうやらカケルの情けなさは、逆にイヴの優越感をくすぐったらしい。


「やった」

「……」

 

 先頭を歩くオルタナが呆れているのが、気配で分かった。

 三人は、イヴの案内に従って通路を進み、地下の制御装置のある部屋へ降りていった。

 照明の消えた空間で、イヴの召喚した光球が彼女の頭上を飛び、建物内部をぼんやり照らし出す。

 アヤソフィアの通路の天井は、半月状になっている。

 例のタマネギ型の屋根に合わせ、内部の構造もドーム型の天井が多用されているのだ。四角い角のない天井は、少ない光でも陰が無く明るく見える。

 階段の底まで降りると、円筒形の白い柱が延々つづく空間になった。足元は水が流れている。

 道がなく、部屋の端が見えないほど、この空間は広い。

 同じ柱がどこまでも続く空間で、どちらに進めば良いか、まったく分からなかった。


「イヴ、魔術で水流のマップを出せない?」

「やってみるわ」

 

 カケルの言葉に、イヴは呪文を唱える。

 空中に、彼女を中心とした数メートルの範囲で、部屋の平面図が描き出される。

 そこに水流の矢印が書き足された。


「湧き水は、生命樹ハオマの根の下から流れてるって聞いたよ。なら、水が流れてくる方向が、俺たちの進む場所だ」

「あなた……頭良いわね?」

 

 イヴが驚いた顔で、カケルを振り返る。

 賢くないと思われていたらしい。普段、カケルはわざとへらへら振る舞い、相手を油断させているので、自業自得だった。しかし、彼女に驚かれると、何故か複雑な気持ちになる。

 なんと答えるか迷っているうちに、オルタナが先を急かした。

 

「行くぞ。敵と交戦する可能性がある、アラクサラ、魔術の準備をしておけ」

「言われなくても!」


 三人は水の流れに逆らって進む。

 突き当たりは、滝のような水流が壁になっていた。


「開け!」

 

 イヴの呪文と共に、水流の壁が消失する。

 途端に光線が飛んでくる、が、カケル達はそこにいない。襲撃を推測していたので、脇にしゃがんで避けていた。

 ただ一人、オルタナだけが立ち上がり、光線が飛び交う中を進む。

 彼は、光線を発射している蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーを、的確に斬り伏せた。一機、また一機と蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーが壊れるたびに、光線の数も減り……やがてゼロになった。


「あははっ、すごいすご~い! ここまで乗り込んでくるなんて」

 

 水流の壁の向こうから、女性の声がする。

 オルタナが静かに「片付いたぜ」と言ったので、カケルとイヴは顔を見合せ、隠れている場所から出た。

 水流の向こう側は、円状の広間だった。

 中央に、青く輝く大きな球体が浮かんでいる。

 球体の台座の代わりに、円環の形をしたテーブルと、いくつかの椅子がある。テーブルの上には、四角いディスプレイが載っていた。

 女性は、カケルとオルタナを閉じ込めた軍の事務官だ。行儀悪くテーブルに腰掛けて、足を組んでいる。

 

「投降しろ」

 

 オルタナが女性に向かって、刃を構える。


「私を殺しても無駄だよ? もう神様は、生命樹ハオマに杭を打ち込んだ。エファランが滅亡する未来は、誰にも止められない」


 カケルは目を凝らし、女性の腰掛けているテーブルの上に、小さな蜘蛛のような、侵略機械アグレッサーの端末がいることに気付く。軍部の地下に閉じ込められる時にも見たが、コクーンに付いていたのと同じ種類だ。情報収集用端末、潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダー。その役割上、他の機械と違って自律思考が組み込まれている。

 おそらく、こいつが他の機械を動かす、司令塔だ。

 潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーは、紐のようなケーブルを伸ばし、テーブルの上のディスプレイと接続していた。

 それを見て、カケルは口の端に笑みを浮かべる。


「オルト、俺を侵略機械アグレッサーの端末に触らせて」

「分かった」

 

 オルタナは振り返らずに、了解してくれる。

 無視された格好の女性は怒りに震えた。


「生意気な坊やたちね。お仕置きが必要かな」

 

 女性の後ろの壁から、蛇のような姿の、侵略機械アグレッサーが現れる。通風孔ダクトの中を掃除する、黒いミミズみたいな工作機械マーク二一一。船団では綱渡蛇タイトロープと呼ばれていた。

 

紅輝石弓矢ルビーショット!」

 

 イヴが魔術の呪文を唱え、赤い光の矢を放った。

 光の矢は、綱渡蛇タイトロープに突き刺さる。が、本物の蛇と同じく簡単に壊れない綱渡蛇タイトロープは、なおもくねくね気味悪く動いた。


「さっさと止まりなさいっ!」


 イヴが悪態をつきながら次々矢を放つ。

 一方のオルタナは跳躍して、女性に踊り掛かる。女性は軍の事務官とはいえ戦闘できるらしく、オルタナの短剣を持っていた警棒で止めた。しかし、獣人の力にはかなわない。

 オルタナは女性を容赦なく床に薙ぎ倒す。

 その隙に、カケルはダッシュして、女性の後ろに隠れていた潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーに近付いた。

 テーブルの上で動かない潜入用小蜘蛛ドワーフスパイダーに、手を伸ばす。おそらく、こちらが現地人だと思って油断しているのだろう。

 触れるだけでいい。

 それだけで制御権はカケルのものだ。

 指先が端末に触れる。

 その途端、視界に輝く文字が表示される。


『メンテナンスモード開始』


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