25 この手で運命を掌握する

 大礼拝堂アヤソフィアは一般公開されておらず、国の高官と魔術師協会の役員だけが入ることが出来る。イヴは魔術師協会会長リチャードの娘のため、アヤソフィアの門番とは知り合いだった。

 通常は、煌々と灯りが付けられているアヤソフィア。

 今は黒い水に浸されたように、真っ暗だ。

 

「お嬢さん、なんでこんなところに?!」

 

 急な消灯に混乱している門番の間をすり抜け、敷地に入ると、顔見知りの魔術師がイヴを見つけた。


「サヌこそ、営業時間外じゃない?」

「私は照明の魔導基盤を見に行くよう、指示されたんですよ」

 

 魔術が組み込まれた機械は魔術師にしか扱えないため、協会所属の機巧魔術師が整備する。サヌは、腕の良い機巧魔術師だ。

 イヴは飛行機の組み立てをサヌに教わったため、彼とは親しかった。

 会話をしながら、サヌは足早に階段を下る。

 魔導基盤は、地下の制御室にある。


「手伝うわよ。気になることがあるの」

「駄目です。私が会長に怒られます……」

 

 サヌが制御室の扉に手を掛けた時、イヴは視界の端に光るものを見た。咄嗟の判断で、サヌの腕を引っ張る。


「何っ?!」

 

 サヌの頭があった場所を、レーザー光線が焼いた。


「プロシージャコール! シールド!」


 イヴは動揺しながらも、得意な防御結界の魔術を起動する。続くレーザー光線が、イヴの作った球体結界に弾かれた。

 光線の方向を辿ると、天井にコウモリのように逆さ立ちになった、侵略機械アグレッサーの姿があった。

 一抱えほどもある、かなり大きな卵型の本体に、蜘蛛の足のような金属の脚部が八本付いている。カケルがいれば、機種は分かっただろう。それは船外探索機械で、壁に張り付いて攻撃する蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーだった。


「なんで、侵略機械アグレッサーがこんなところに?!」

 

 蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーが断続的に光線を放つ。

 その光線が結界を貫き、床に穴を開けた。

 少女の頬に赤い線が走り、ストロベリーブロンドの髪が数本ちぎれて宙を舞う。

 どうやら出力を上げたようだ。

 今までは、壁を壊さないよう加減していたのだと、イヴは推測する。

 次は、耐えられない。


「下がれ、アラクサラ!」

 

 その瞬間、弾丸のように突っ込んできた金髪の青年が、手に持った短剣を蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーに投げる。

 獣人特有の能力で強化された短剣の切っ先は、頑丈な機械の外殻を軽々と貫いた。

 獣人の青年、オルタナ・ソレルは、投げた短剣の後を追って蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーに迫ると、器用に光線を避けて天井から機械を蹴りおとした。

 もう一本の短剣で、蝿取蜘蛛ジャンプスパイダーの体を切り裂く。

 紅い光を帯びた短剣は、金属で出来ているはずの機械を、バターのように軽々と両断した。

 スクラップにした機械を、オルタナは悠然と見下ろす。


「ふん」

「……速く走り過ぎだよ、オルト~」

 

 息を切らしながら、カケルが走り寄って来た。獣人の体力に付いていくのは大変とはいえ、彼は竜だ。竜は普通の人間より身体能力が高いはずである。運動不足じゃないだろうか。

 イヴはその情けない様子に、肩の力が抜けるのを感じた。同時に、安堵する。こうして駆けつけてくれるということは、イヴの片思いではなかったのだ。

 だが喜んでいる内心は表に出さず、彼女は両手を腰にあてて仁王立ちする。


「遅いわよ!!」

「えぇ~。イヴさん、イヴさん。俺たち、ここで待ち合わせしてた訳じゃないよね? どうしてここにいるのさ?」

「そんなの、あなたが言ってた、通信の魔術を試していたからに決まってるでしょ。誰かがアヤソフィアを攻撃するって、話してたのよ!」

 

 言ってから、はしょりすぎたかなと思った。

 通じるか不安だったが、カケルは顎に手をやって、視線を宙にさ迷わせる。


「……もしかして、アヤソフィアに、生命樹ハオマと繋がる装置がある? 侵略機械アグレッサーの頭も、そこにいるのかな」

 

 通じるどころか、段階をすっ飛ばして核心を突いている。

 ずっと呆然自失していた、サヌが声を上げた。


「そうなら大変だ! 会長に知らせないと!」

 

 サヌはきびすを返しかけ、その場から動かないイヴたちを振り返った。


「も、もしかして君たち、このまま侵略機械アグレッサーの追撃をするつもりかな……?」

 

 間違いだと言ってくれと、サヌの表情が物語っている。

 しかし、イヴははっきりと彼の希望を打ち砕いてやった。


「ええ、そのつもりよ!」

「あぁぁぁ~、会長になんて言えば」

「さっさと報告に行け、うすのろ! お前だけで、この無鉄砲を止められないなら、こいつの親父を連れてこい!」

 

 オルタナにどやされ、サヌは泣きながら走って行った。

 その後ろ姿を三人で見送る。

 ふと気付くと、カケルが真剣な目でこちらを見ていた。


「危険だよ?」

「望むところよ」

 

 イヴは燃えるような情熱と共に、彼を見返した。


「この世界に、絶対に安全な場所はない。怖がっていても状況は悪くなるだけ。それなら、怖いと思う場所に進んだ方が怖くない。状況に振り回されるんじゃなくて、私はこの手で状況を動かしてやるわ!」


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