22 暗い夜のはじまり

「今の何……?」

 

 知識はなくとも、それが異常なものだと、イヴにも分かった。

 同時に街灯が消えたとなれば、関連性は明らかだ。

 イヴは跳ね起きて、上着を掴んだ。


「カケルを問いたださなきゃ!」

 

 彼なら、何か知っていると、根拠もなく直感した。

 単純に異常事態に遭遇し、話す相手が欲しかったということもある。

 足早に階段を降りて、家を飛び出した。

 いつもと違う暗闇に染まった街で、大通りを歩く人々は怪訝な顔で街灯を見上げている。立ち止まっている人々の間をすり抜け、駅へ急いだ。

 カケルの住所なら、前にこっそり調べたから知っている。


「イヴさん!」

 

 東区へ行く列車に飛び乗ろうとしたイヴを、誰かが呼び止める。

 

「タルタルくん」

 

 彼は、合同演習で外に出た際に、同じチームを組んでいた商人の息子タルタルだった。ビックバンバーガーを猛プッシュするので、彼の顔を見ると分厚いパンに挟まったトマトと肉を思い出してしまう。

 非戦闘員のタルタルと、負傷した竜のクリストファーは、イヴ達より一足先にエファランへ帰投していた。


「良かった! イヴさんは帰ってたんやね」

 

 タルタルは、イヴを見つけて安堵した表情になる。


「皆が帰って来たと聞いたんで、例の打ち上げをいつするか、話してたんです。でも、カケルくんとオルタナくんは、まだ竜の止まり木から帰ってきてないらしくて」

「え?! まだ帰ってないの?!」

 

 イヴは驚いた。

 ということは、向かうつもりだった彼の家に行っても、意味が無いということだ。


「……」

「イヴさん?」

「……決めた」

 

 カケルがどこにいるか分からない。

 普通なら、自分の家に戻って待つだろうが、あいにくイヴはそのような大人しい少女ではなかった。

 彼女は、先ほど聞いたメッセージが怪しいと感じていた。

 アヤソフィアで、何か起きている。

 もしかしたら、そこにカケル達もいるかもしれない。


「どこへ行くんですか、イヴさん! 打ち上げいつやるか、教えてくれないと!」

「今は、それどころじゃないのよ!」

 

 タルタルの呼び止める声を無視し、大礼拝堂アヤソフィアへ駆け出す。

 ここにカケルやオルタナがいれば、彼女の行動を止めていただろう。明らかに危険と思われる場所へ、一人で行くなと……だが残念ながらストッパーは不在だった。イヴは彼女が彼女たる所以ゆえんである無鉄砲な勇敢さを発揮し、事件が起きている現場に飛び込んで行った。





 ネムルート補給基地が壊滅したことを報告すると、謁見の間は重い雰囲気に包まれた。

 一段上の玉座に座るエファランの国王は、沈鬱に呟く。


「それでも、我らは次世代の生命樹ハオマを育てなければならぬ。どんなに危険でも、希望は外にしかないのだ」


 犠牲を覚悟しても打って出ないと、後退すればますます劣勢になる。

 エファラン国王は、その事が分かっている。

 アロールは、賢明な君主をいただいているエファランの幸運に感謝した。

 

「ネムルートは、すぐに取り返すか、取り返さなくても焼かなければなりません。あそこからエファランに向けて侵略機械アグレッサーが発進すると、防戦一方になってしまいます」

 

 竜の部隊を編成する許可を得ようと、口を開きかけたところで、アヤソフィアの全ての照明が消えた。

 広間が真っ暗になる。


「なんだ?!」

  

 集まっていた面々は、動揺する。


「……失礼」

 

 すぐに、魔術師協会会長のリチャード・アラクサラが魔術の灯りを付けた。謁見の間だけが、明るくなる。

 その場に集まった十数人の、軍部高官や防衛関連の官吏たちは、それぞれ部下や同僚と顔を見合わせ話している。近衛も国王に近寄って怪我が無いか確認している。

 

「誰か! 照明を制御する魔導基盤を見てこい!」

 

 会議どころでは無い雰囲気だ。

 これでは、帰れない。

 アロールは早く飛空部隊の本部に戻って、待たせているカケルとオルタナと話をしたいと考えていた。だいたいアロールも外から帰ってきたばかりで疲れているのだ。帰って家で休みたい。

 しかし、そんな希望を打ち砕くように、小走りで別部隊の隊長が広間に飛び込んできた。


「アロール! 侵略機械アグレッサーの攻撃だ! 出られる竜は外に出て、エファランを封鎖した方が良い!」

「なんだと?!」

 

 嫌な予感が、ひしひしとする。

 さきほどの謎の消灯も、タイミングが良すぎる。

 アロールは広間を出る前に、リチャードに声を掛けた。


「リチャード! ソレルと連絡を取れないか? 獣人部隊を使って、アヤソフィア周辺を調査した方が良い」

「私は彼女が苦手なんだがな……」

 

 嫌そうな顔をしているリチャード・アラクサラの方は振り返らず、アロールは竜の止まり木へ急ぐ。

 この夜を乗り越えなければ、明日は来ない。

 なぜか、そう感じた。

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