21 彼はきっと別の世界の人間だ(side:イヴ)
初めて彼女を乗せてくれた竜は、サファイアのように蒼く輝く鱗を持った小柄な竜だった。
そう、カケルが、はじめて乗った竜だ。
あの幼い頃の冒険を、今でもよく憶えている。母親の訃報を受け家族がばらばらになって、つらい現実から逃げるために、イヴは外に行くための飛行機組み立てに熱中した。
運良くカケルと出会わなければ、きっとエファランに帰る前に、
「彼は、いったいどこから来たんだろう」
エファランに戻ってきてから、冷静になって考えると、そのことが気になった。
外には、理性を失って放浪する竜たちがいると聞く。彼らは人としての思考をすっかり失って、かつての同胞を見ると襲いかかってくることがある。
カケルは、そういった野生の竜ではなかった。
この世界の殺伐とした常識を無視して、まるで妖精のように、浮き世離れした空気をまとっていた。
出会った時、彼は別の世界から来たのだと、直感した。
だからエファランに入る時に、それとなくフォローしたのだ。
あれから五年。
相変わらず、あの竜は、ふわふわと掴み所がない言動で、イヴの質問にまともに答えようとしない。昼寝のふりをして、ずっとイヴとの会話を無視し続けている。それが後ろめたいのか、たまにとても親切だ。
イヴは密かに確信している。
彼は、イヴたちの知っている常識の外側から来訪した人間だ。
もし万が一この都市が危機に陥った時、何か尋常ならざる不思議な力を発揮できるのは、きっと彼のような異邦人だ。
「イヴ、もう外に行くのは止めてくれ。マリアに続き、お前まで失ったらと思うと……」
「お父さん、北の都市ガリアが墜ちたのは知っているでしょう。外に出なくても、危険は変わらないわよ」
合同演習から帰ってきたイヴは、出迎えた父親リチャードと、何度となくした口喧嘩を繰り返す。周囲の家政婦なども、この親子の言い争いには慣れっこなので、平静な表情で見守ってくれている。
リチャードのように、子供が外に行くのを止める親は、少なくない。エファランは平和な都市で、シャボン玉の中は概ね安全だった。外に出るのは、軍人以外は
やたら外に出たがるイヴのような少女は珍しく、リチャードが止めるのも第三者から見れば分からなくもない。
父親は説教を続けようとして、途中で表情を変えた。
どうやら、魔術で連絡を受け取ったようだ。
「私も陛下に呼ばれたので、
「私はもう決めてるから!」
会話なんて無駄だとイヴは思うけれど、リチャードは娘を説得できると信じているようだ。
足早に去っていく、頑固な父親の後ろ姿を見送る。
自分の部屋に戻って、荷物を置いた。
着替えて寝台に腰掛け、リラックスすると、なんとなく魔術の実験がしたくなった。彼女は自他ともに認める魔術師で、古いものも新しいものも大好きだった。好奇心旺盛と言っても良い。
確かカケルは、呪文を組み換えれば外の世界でも、連絡できる可能性をほのめかしていた。新しい魔術を開発する事を考えると、胸が踊る。
「コンタクト……コール……これも違うか」
イヴは、知っている呪文を組み合わせて、連絡の魔術を再現できないか試す。
それは、本当の偶然だった。
『ジ……ジー……ライティング…ダウン』
唐突に、誰かのメッセージを受信した。
仰天するイヴだが、突然、窓の外が不自然に暗くなる。
イヴの住むエファラン北区は王城があり、夜間も明るい。帰ってきてから日が暮れて、街灯の明かりが住宅街を照らしていた。その街灯が消えたのだ。
『アヤソフィア…コウゲキヨウイ……サクセンカイシ』
王城は通称で、正式名称は、
政務に使われているが、元は礼拝堂……古い伝説にある【星の竜】を奉る聖堂だ。どんな願い事も叶えてくれるという、竜の神様。エファランではこの聖堂があるおかげで、竜の社会的立場が保障されており、人と竜が共存する穏やかな国となっている。
伝説を語り継ぐ王族は、アヤソフィアの裏の宮殿に住んでいる。
「アヤソフィア……攻撃?!」
イヴが偶然、傍受してしまったのは、エファランに潜伏し先ほど活動を開始した、
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