20 生き延びるのは、強い奴だ(side:オルタナ)
昔から獣人は、エファランの地上の警備に携わってきた。警察組織の役目は内部の犯罪者の取り締まりと、たまにエファランに侵入する
警察には獣人が多いが、獣人自体は横の繋がりがあり、族長と呼ばれる獣人の長の下でまとまっている。何を隠そう、ソレルは族長の一族だ。
オルタナの母は、獣人をまとめる女傑で、強い遺伝子を求めて
「弱い奴は、死ね」
脳筋の獣人の中でも、さらに脳筋。いや、そのくらい過激でないと、獣人のトップには立てないのかもしれない。
幼い頃から、そういう思想のもと育ってきたオルタナは、殺伐としていた。
「どいつも、こいつも、弱いな」
手加減を間違えて、模擬戦で相手を殺しかけたことが、何度か。
カケルと出会ったのは、彼がお試しで戦士科の格闘技の授業に来ていた時である。
ちびっこくて細いカケルを見て、本当に竜か? と思った。
竜は人間の姿でも、獣人同様、筋力や敏捷性が強化されている。
ちなみに、獣人として生まれると竜になる可能性が無いが、脆弱な人間は思春期に何かしら刺激を受けて竜に覚醒することがある。
よって、普通の人間が尻込みする、過酷な戦士科の格闘技の授業も、竜の場合は気軽にお試しできるのだ。
教官が面白半分に、対戦相手としてオルタナを指定した。面倒なと思いながら、多少手加減しつつ、ズタボロに転がしてやった。細くても竜らしい耐久力はあったが、それだけだった。
「お前、戦いの才能ねーよ。二度と来んな」
「うん……俺もそんな気がしてた」
オルタナの忠告に、しっかりした返事がかえってきて「おや?」と思ったのが最初。
痛めつけられ、体もプライドもずたずたにされただろうに、こちらを見返すカケルの琥珀の瞳は、微塵も傷付いた色がなかった。
それどころか、へらりと笑ったので、勘に触る。
「殺されそうになってんのに、へらへら笑うんじゃねえ」
「いや、オルタナは俺を殺そうとはしてないでしょ」
「は?」
「え?」
きょとんと見返す、細くて弱そうな竜は、今までオルタナが出会ったどんな人間とも違って見えた。
カケルは飛行科で、オルタナは戦士科。同じ区画の学校に通っていても、コースが違うので同じ授業はめったに受けない。
だが、あの出会いから何故か、カケルの方から寄ってくるようになった。
「オルタナくん! 一緒にご飯食べようぜ」
「……なんで俺のところに来る」
「だって、オルタナの側にいると、他の奴が寄ってこないんだもん」
だもん?
少しイラつきながら、事情を聞くと、カケルの竜らしからぬ細さに、苛めてやろうと絡んでくる男が多いのだとか。
「お前、俺が怖くないのか」
「理由もなく暴力を振るったりしないだろ。あ、でも俺うざい? 張り倒したくなる?」
静かにするから近くにいさせてと頼まれ、オルタナは呆れて「好きにしろ」と答えた。
よく誤解されるのだが、皆勝手にオルタナの雰囲気を恐れて近寄ってこないだけで、オルタナ本人は人が嫌いという訳ではなかった。
こうしてカケルは、たびたびオルタナを避難所に使った。
他の人間よりは親しくなったが、それでもオルトと愛称を呼ばせるような仲ではなかった。
関係が変わったのは、カケルの愚痴を聞いた時。
ある日、カケルはおかしな愚痴を、オルタナに漏らした。
「昨日、ソーマさんが、俺が来て一周年記念だって、外食に連れていってくれてさ。あ、俺、外から来たんだ」
「良かったな」
こいつ難民だったのかと思いながら、オルタナは上の空で相づちを打った。弱い奴の話は、どうでもいい。
「良くないよ~。俺はもう、誰かの陰謀じゃないかとドキドキして」
「陰謀?」
「ほら、記念日とか、誕生日とか、祝ってくれる振りをして、殺されそうになったりするだろ」
しねーよ。オルタナは、おかしなことを言うカケルに、一気に興味を引かれた。
「なんか、素直にありがとうって、思えないんだよね。皆、裏で何を考えているか分からない。たとえ本当に親切な人でも、ずっと一緒にいられるか分からない……」
カケルの横顔は、憂鬱そうで、何か諦めていそうで、でも諦めきれないで、もがいているようだった。
ああ、こいつ、周りが全部敵の中で生きてきたんだ。
唐突に、オルタナはそう気付いた。
生き延びるのに手段を選んでいられない環境にずっといた。だから、迷わずオルタナにすり寄って、その威を借りる選択ができる。
生き残るのは、強い奴だ。
こいつは、もしかすると、俺より強いかもしれない。
「……人生の悩みのほとんどは、暴力と金で解決するらしい。だけど、どうあがいても克服できない難問が世の中にいくつかある」
オルタナは、母親の言葉を思い出して言う。
カケルは不思議そうに問い返した。
「難問?」
「人を信じることだ」
真面目に語ったのに、カケルは目を丸くして、そして笑いだした。
失礼な奴だ。
「あははっ、オルタナが真面目な顔で、そんなことを言うなんて」
「笑うな」
脳天に軽くチョップを落とす。
「いてて……そうだなぁ。俺は、オルタナを信じたいな」
大げさに痛がりながら、カケルはそう言った。
その言葉の意味は、後になって分かる。
カケルは、外で竜の姿でさまよっていて保護されたらしい。どこで生まれ育ったか、記憶が無いと本人は言っている。
おそらく、それは嘘だ。
記憶がないなら、あの愚痴は出てこない。
うっかり漏らしたのか、それとも……。
いや、嘘でも構わない。
その時が来るまで、お前の背中は俺が守ってやる。
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