19 次の標的・狙われる都市

 三人の会話を邪魔せず、アロールは待っていてくれていた。

 自分も疲れているだろうに、低姿勢で学生のカケル達に謝る。


「すまない、カケルくん、オルタナくん。ホロウから簡単な報告は聞いたが、できれば君たちの口から直接聞きたくてね。少しだけで良いから」


 カケルはオルタナと共に、竜の止まり木の根元にある、軍の飛行本部の建物に連れて行かれた。

 建物の内部には、大勢の人が座ることのできる長机と、地図が貼られた石板がある。石板の片隅に数字が走り書きしてあって、カケルは何となくそれを眺めた。


「アロール隊長、国王陛下が直接報告を聞きたいと……この二人は、私が代わりに案内しますわ」

 

 事務官らしき女性が、アロールを呼び止める。

 

「う、うーん」

 

 アロールは片目でちらとこちらを見た。

 すぐに終わらせて、カケル達を帰してくれる約束だったのだが、さすがに国王を待たせるのは不味いのだろう。


「本当に済まない!」

「アロールさんの馬鹿~……!」

 

 カケルは軍属でない学生の特権をフルに使って、去っていくアロールの背中に、子供らしく文句を言った。

 

「では君たち、こちらに来て下さい」

 

 事務官の女性が、手招きする。

 彼女はエファランでは一般的な、大地を思わせる茶色い髪と緑の瞳をしている。獣人や竜は、色彩が鮮やかになる特徴があり、金髪は上流階級に多いから、普通の人間だと思われる。

 カケルとオルタナは、彼女の案内で廊下を進み、階段を降りた。

 何か妙だ。

 なぜ学生を待たせるのに、地下室に案内するのだろう。


「ここで待っていて」

 

 机と椅子以外に何もない部屋に通され、さすがに事情を聞こうと振り返ったカケルの鼻先で、透明なシャッターが降りる。


「なっ?!」

「坊や達に恨みは無いけど、あなた達が見たものを話されると、困るんだわ」

 

 女性は、チェシャ猫のように笑った。

 その制服の肩の上に、蜘蛛のような機械がよじ登ってくる。


「それは侵略機械アグレッサーの端末……!」

「ああ、やっぱり気付いたの。閉じ込めて正解だった」

 

 女性は踊るような足取りで、部屋を出ていく。

 オルタナが無言で透明な壁を蹴った。

 すごい音が鳴ったが、壁には傷一つ付かない。


「じゃあね、坊や達。このエファランが地獄になった後に、また会いましょう」

 

 女性が扉を閉める。

 透明な壁と、部屋の扉で、二重に閉じ込められてしまった。


「……どういうことだ?」


 オルタナが怒りをこらえている口調で呟く。

 カケルは腕組みして考える。

 昔のことわざで、虫は一匹見たら、その倍の数が見えない場所に潜んでいるという意味の言葉があった。

 カケルは自分の記憶を探ってみたが、適切な言葉が出てこなかった。船団こきょうにいた頃は、補助脳の記憶データから引っ張ってこれたのに。昔の人間はコンピューターを持ち歩いたらしいが、カケルの時代には体の中に埋め込んでいる。竜になった今は、そちらが使えない。


「コクーン以外にも、侵略機械アグレッサーの端末を持っている人が、エファランに入り込んでいたのだと思う」

 

 オルタナの疑問に答える形で、カケルは推理を披露した。

 もう一つ、適切な言葉を思い出した。

 氷山の一角、だ。

 昔の起源星アースでは、北極の海に巨大な氷が浮かんでいて、目に見えるのは巨大な氷の一部だけだったという。


「エファランは、たぶんガリアの次の標的にされていて……侵略機械アグレッサーは人間を使って侵略する機会を伺っていた」

「お前がコクーンの話をアロールに報告したら、外部から来た人間の所持品の調査が始まるだろうな。奴らは、それを止めたかったのか」

「そうだと思う。だけど、コクーンが失踪した以上、ばれるのは時間の問題だ。だから、今この時に行動を起こした」

 

 カケルの推測どおり、侵略機械アグレッサーが一斉蜂起を始めたなら……家に帰ったイヴが危ない。

 なんとかして、ここを脱出し、危険を伝えないと。


「くそっ!」

 

 オルタナは、腰の短剣を抜き、透明な壁を切りつける。

 斬擊を受けると、壁は妙にしなってたわんだ。

 おそらく衝撃を吸収する仕組みなのだと思われる。獣人を捕まえて閉じ込めるのだから、相当の力を想定した造りだろう。


「壁を壊すのは無理だよ、オルト。きっと、万が一間違って閉じ込められた時ように、中から解除する装置がどこかにあるはず……」

「そんな都合の良いもんが、本当にあるのかよ?」


 オルタナがもっともな指摘をしたが、他に考えられる脱出手段はない。

 カケルは四つん這いになって、床を端から調べ始めた。

 が、途中で、へなへなと座り込む。


「お腹減って力が出ない……」

「はぁ?!」

 

 竜になるのは疲れるのだ。

 帰ってきて休憩していないので、そろそろ限界だ。


「……まったく。竜は燃費が悪いな」

 

 呆れ顔のオルタナだが、ウェストポーチから棒状のクッキーを取り出して渡してきた。常に非常食を持ち歩いているなんて、オルタナらしい。


「ありがとぉ~」

 

 カケルは受け取ってクッキーをむさぼりながら、オルタナを横目で見る。

 いつの間に、この友人は、こんな面倒見が良くなったのだろう。

 最初に出会った時は、むちゃくちゃ冷たくて、ボコボコに殴られたの記憶があるのだが。



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