ファーストインプレッション

18 帰りたい場所

 地面にぶつかった氷災厄アイスディザスターの翅が砕ける。

 重量のある竜に体当たりされたのだ。頑丈とは言えない虫の骨格では、衝撃に耐えられなかった。

 カケルはとどめを刺そうと、風を呼び起こす。

 複数の気流を縦に束ね、螺旋のように回転させると、竜巻の出来上がりだ。

 翼で煽って、竜巻を氷災厄アイスディザスターにぶつける。

 起き上がろうとしていた氷災厄は、竜巻に呑まれた。


「おいっ、阿呆竜!」

 

 地上で、オルタナが叫ぶ。


災厄ディザスターは、切り刻んでも死なないんだよ! むしろ分裂して増える!」

 

 なんだって?!

 よく見ると、地面に散らばった氷災厄の欠片から、小さな氷の蝶々が生まれている。

 竜の姿のカケルはともかく、生身の人間のイヴ達は、蝶々に取り囲まれると危険だ。


『皆、急いで俺に乗って!』

 

 カケルは地面に降りて、地上にいるメンバーを回収する。

 イヴとオルタナ、軍の士官ホロウと獣人の青年ハックの合計四人。

 竜といっても小柄なカケルの搭載制限ぎりぎりだ。


『お、重い』

「誰が重いの?」

『重くありません!!』

 

 イヴに突っ込まれ、カケルは気合いと根性、そして風の力を借りて上昇する。

 地面からある程度離れると、ゆるやかに旋回する。

 氷災厄の倒れた辺りから、じわじわと氷土が広がっていくのが見えた。この世界では、こうやって地形や気候が変わるのだと、カケルは戦慄しながら悟る。おそらく、エファランの手前の砂漠も、炎災厄ファイアディザスターのせいで出来たものだ。


「コクーンは……?」

『……』

「そう」

 

 無言のオルタナとカケルの様子に、何か察したのか、イヴが沈痛な表情になったのが気配で分かった。ホロウとハックも何も言わない。

 もう帰ってこないということを、当たり前のように受け入れる。

 外の世界に出るということは、死ぬ可能性があるということだ。

 カケルは背中に感じる、イヴとオルタナの温もりを、失いたくないと強く思った。信頼できないけれど、信頼したいと言われた。隠し事をしているカケルを、話してくれるまで待つと、そう態度で示してくれた。

 この二人は、カケルの穏やかな日常そのものだ。

 帰るべき故郷はなくても、二人のいる場所は、カケルの帰りたい場所だ。




 コクーンを運ぶ必要が無くなったこと、そしてカケルが風を操る術を獲得したことで、多少重量オーバーだがこのまま飛行できそうだった。

 カケル達は、エファランに戻ることにした。

 ここで待てというアロールの指示には反するが、氷土が広がる危険地帯に逗留できない。仕方ないと、ホロウも納得してくれた。

 こうしてカケル達は、エファランに帰投した。


 エファランは非常警報が解除され、出入りできる状態に戻っていた。

 カケルはシャボン玉の中に飛び込み、白い巨木の枝に着地する。

 ちょうど後を追うように、他の学生達や、ネムルート補給基地から帰ってきた者達も着地を始めた。どうやらアロールは氷土を見て状況を察し、カケル達との合流は取り止めたようだ。結果的に、全員同じタイミングでの帰投になった。

 竜の止まり木は、急に賑やかになる。

 カケルは竜の姿でいると邪魔になるので、竜専用脱衣場で人間に戻る。そうして、何も言われないのを良いことに、退散しようとしたが。


「カケルくんとオルタナくんは残ってくれ。聞きたいことがある」

 

 目敏いアロールに捕まり、家に帰れなくなった。

 コクーンのことを、まだ誰にも説明していない。

 いつか聞かれるだろうと思っていたが、できれば休んだ後が良かった。しかし、彼がいなくなった事を考えれば、報告は早い方が良いか。


「カケル……」


 イヴが心配そうに、カケルとオルタナを見た。

 彼女は家に帰るよう言われている。

 カケルは、もの問いたげな彼女を安心させようと、不器用な笑顔を作った。


「お疲れさま、イヴ。俺に気にせず、先に帰って」

「あなたのことを気にしてる訳じゃないわよ!」

「そう?」

 

 イヴは真っ赤になって叫んだ。

 勢いよく否定され、カケルはのけ反る。

 あれ? わりと好かれてるのかなと思ったけど。


「あの時、何があったか、私も説明が聞きたいのに……」

「明日、川原に行くよ」

「昼寝するだけでしょう?! もうっ」

 

 彼女は、ぷんぷん怒りながら帰って行った。

 なぜか隣でオルタナが深い溜め息を吐いた。

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