17 竜の覚醒

 氷災厄アイスディザスターと化したコクーンの足元から、霜柱が広がっていく。森の木々は霜に覆われ、枯れ落ち始めた。

 

「オルト!」

「お前も下がれ、カケル! くそっ、こいつ俺たちを氷漬けにするつもりか?!」

 

 オルタナはカケルの襟首をつかみ、後ろに大きく跳躍する。

 人間の姿で、人間離れした動きができるのが、獣人の大きな特徴だ。

 しかし、このままでは、すぐ追い付かれる。

 カケルの懸念を嘲笑うかのように、氷災厄アイスディザスターは上昇し始める。糸の切れた蛸のように舞い上がり、上空で雪片を降らせ始める。地面は凍らないが、雪片を受けた森の木々の天辺が枯れ始めた。

 人間が雪を被ったらどうなるのか、興味があっても試す危険は侵せない。

 オルタナは素早く樹木の下に走り込み、間一髪で雪から逃れる。

 氷災厄アイスディザスターは羽ばたくたびに、大量の雪を撒き散らす。

 そうして災厄は、ゆるやかな速度で移動を始めた。

 ここにいるカケル達を無視する形だ。


「! 駄目だ! コクーンは、イヴ達のいるキャンプを潰す気だ!」

 

 カケルは、その狙いに気付き、ぞっとした。

 キャンプにいる彼女達は無防備だ。今、襲撃されれば、ひとたまりもない。

 迷っている暇はない。


「おいカケル! ここで竜に変身しても、空に上がれねえだろ!」


 木の下から出ようとするカケルを、オルタナは引き留める。

 重量のある竜は軽い虫とは違って、離陸に時間が掛かる。飛行機は離陸に必要な揚力を得るため、長距離の滑走が必要だ。竜は、崖から飛び降りたり上昇気流を利用する、あるいは飛行機と同じように滑走することで離陸する。


「関係ない。俺は皆を守る」

 

 俺なら出来る。

 なぜか、そう確信できた。

 意識を集中して、竜に変身する。そして、光の道を呼び集める。気流はカケルの意思に従って動く。それはもはや、大気を操っているのと同じだった。爆風が体を地面から持ち上げ、離陸を簡単にしてくれる。

 その時、氷災厄アイスディザスターがキャンプの真上に到達した。


「!! あれは……」

 

 妙な冷風に気付いたホロウやイヴが、空を見上げる。

 そこには漆黒の翅を広げた災厄の姿があった。


『させるか!!』


 軽やかに空に舞い上がったカケルは、氷災厄アイスディザスターに横から体当たりする。

 まさか追撃されると思わなかったのか、氷災厄アイスディザスターはまともに体当たりをくらい、吹っ飛ばされた。

 カケルの方は、体当たりを終えると、くるりと旋回し、キャンプの真上に陣取って翼を広げる。その周囲を、突風が吹き荒れた。

 朝日が、青い竜のサファイアのような鱗を輝かせる。


『空の上で、虫なんかに負けるもんか』

 

 風はカケルの思い通りに吹く。

 ここはもう、カケルの領土せかいだ。

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