14 故郷に帰りたいか?

 地上に降りると、カケルは人間の姿に戻った。

 一応、森の中で着替えた。女性イヴの目を汚さないよう注意している。

 三人は、崖下に隠れたクリストファー達の元に急いだ。


「あ、イヴくん! 助けは連れてきてくれたかい?」

 

 イヴの姿を見付けたホロウが目を輝かせる。

 一番年長の軍人なのに、焚き火で芋をあぶっている姿は、一番年下に見えた。


「いえ。アロールさんから伝言です。負傷した竜のクリストファーくんは人間に戻って、タルタルくんと一緒に竜のヒューイに乗ってエファランに引き返すようにと。他のメンバーは、ここで待っているように、とのことです」

 

 迎撃に向かう前、飛行中にアロールは後のことを指示していた。

 戦う術を持たない商人の息子タルタルと、怪我人のクリストファーを優先的に離脱させる指示を、イヴが説明する。

 残るコクーンとハックは戦士科の士官志望者なので、荒野での行軍訓練は受けているだろう。ホロウは軍人なので言わずもがなだ。

 イブ達はここで待って、アロールと、先行する二隊の学生たちが戻ってくるのを待つ。学生たちはネムルート補給基地で、予備のくらを受け取っているので、合流さえすれば補欠の竜に乗せてもらって全員帰れる予定だった。


「うぅ。ネムルートに行けなかった僕は、監督責任で減俸かなぁ」

 

 ホロウは給料の心配をしている。

 しかし、ネムルート補給基地があの状況なので、減俸どころでは無いだろうなと思うカケルだ。

 手分けして、竜に変じたヒューイの背中に、タルタルと人間に戻ったクリストファーの体を縄で固定する。

 翼を負傷したクリストファーだが、人間になれば負傷は無かったことになる。だが、それでも背中に幻痛を覚え、激しく疲労するものらしい。クリストファーはぐったりしていた。


「ヒューイさん、皆さん、無事にエファランに帰ったら、ビックバンバーガーで打ち上げしましょう。三割引きします!」

『金取るのかよ……』

 

 二人を背負って夕陽に向かって飛び立つ竜を、皆で見送る。

 どうもタルタルを見るとビックバンバーガーを連想してしまう。本人の猛烈アピールのせいだろうか。あのバーガーは濃い味付けだが、付け合わせのポテトと共にたまに食べたくなるのだ。ああ、ビックバンバーガーが行ってしまう。

 ビックバンバーガー、食べたいなぁ。

 カケルのお腹がぐうと鳴った。


「……えっと。夕御飯にしようか」

 

 ホロウの言葉に、反対する者はいなかった。




 竜の姿で長時間飛行したのは初めてだったせいか、たいそう腹が減った。

 カケルは、無言で焼き芋を頬張った。ねっとり甘い芋は、体に燃料を投下しているように、胃に染みる。

 一行は焚き火を囲んでキャンプ中だ。

 芋や魚を採ってきたのは獣人の学生ハックだった。この世界の人々は、子供でもサバイバル能力が高い。


「よく食べるな……」

 

 気が付くと、隣にコクーンが座っていた。

 少し呆れた表情だが、その瞳には好奇心の光が揺れている。


「君は、俺と同じくエファランの外の生まれだと聞いた。どこから来たんだ?」

 

 カケルは急ぎ水で芋を喉に流し込んだ。

 彼とは一度、話したいと思っていた。


「……覚えてないんだ。気が付いたら、竜の姿で外にいた」

 

 本当のことは言えないので、生まれ育ちを、そのように誤魔化して皆に説明していた。

 コクーンは、同情したようだ。

 冷静沈着を絵に描いたような容姿だが、表情を崩し悲しそうに眉を下げる。


「じゃあ、もしかしたら同郷かもしれないな。俺は、北の都市ガリアの生まれだ。四年前に、侵略機械アグレッサーに侵入されて滅びた」

「どうやって生き延びたの?」

「……妹のおかげだ」

 

 どきん、とカケルの胸が弾んだ。

 妹。考えないようにしていた、故郷に残してきた双子の妹のことが、頭をよぎる。

 

「妹がお守りだと言って、キーホルダーを持たせてくれたんだ。お守りのおかげか、俺はあまり狙われなくて……エファランに辿り着けた」

 

 コクーンは腰のポシェットから、汚れた小さなキーホルダーを取り出す。

 もとは猫か何か動物をデフォルメしたものだろうか。

 まるっこい金属の、塗装が剥げた表面に、カケルはそれを見付けてしまった。

 知識が無ければ分からないだろう。

 小さな数字と黒い点線のバーコード。型番と認識コードが、演算チップの上に記載されている。

 間違いない。侵略機械アグレッサーの端末だ。


「エファランは良い国だ。俺のような難民も、快く受け入れてくれた。しかし、それでもたまに思う……」

 

 コクーンは、カケルの動揺に気付いていないようで、話を続ける。


「故郷が懐かしい。ガリアでは、雪のことを六花と呼ぶ。花のような牡丹雪が降るんだ。今はもう廃墟だとしても……いつか、帰りたい」

「帰りたい……?」

「お前は、そう思わないか? いや、記憶がないんだったか」

 

 記憶が無いのは嘘だ。

 しかし、カケルはコクーンと違い、故郷に帰りたいと思わない。

 だとしたら、帰るべき場所は、どこなのだろう。

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