12 故郷の侵攻

 イヴとオルタナは、それぞれ竜の姿のカケルの肩あたりに座る。そこなら、背中の中央の突起につかまって体を固定できるからだ。

 二人が落ち着いたのを確認すると、カケルは翼を広げながら、手近な崖に駆けていき、跳躍する。光の道が、カケルを包んで上空に持ち上げる。

 やはり、気のせいではない。光の道……気流は、カケルの望むよう動いていると感じる。慣れれば、そのうち平地でも、風を起こして離陸できるのではないか。


「飛ぶの上手くなったわね。普通の竜は、もっと高いところからジャンプしないと、風を掴めないのに」

『そうなの?』

「そうよ。なんで私たち飛行士が竜に同行すると思ってるの。竜だけでは飛ぶことが難しいからよ。私たちは、天候や地形を見て、気流を推測するの」

 

 イヴは、母親が飛行士だったらしく、自分も飛行士を目指していると言っていた。先週、飛行準士の試験を受けたばかりとも。

 だが、彼女は飛行士というより、魔術師と呼ぶ方がふさわしいと思う。五年前のあの日、乗っていた飛行機が墜落してもピンピンしていたのは、彼女が魔術を駆使して自分を守っていたからだ。


『ねえ、イヴ。聞いていい?』

 

 カケルは、魔術師である彼女に聞きたいことがあった。


『なんで、魔術でアロールさんたちと連絡とれないの?』

 

 助けを呼びに行くなどという、原始的な手段を取らずとも、通信できるなら連絡が取れるはずだった。

 背中のイヴが呆れたように溜め息を吐く。


「あなた魔術に詳しくないから、そんな風に思うのかもしれないけど、連絡の魔術は、エファランの中か補給基地じゃないと使えないの!」

『ほえ? エファランの外でも魔術が使えるのに、なんで?』

 

 素朴な疑問。

 通信を阻害する何かがあるのか?

 いや、それは基本的にないはず。魔術がカケルの考えている通り、ネットワークを通じてリソースを読み込んでいるなら、魔術が使えて通信ができないはずがない。

 残る可能性は……


『イヴ、通信に使っているユーザーIDと、魔術に使っているユーザーIDは違ってたりしない?』

「何語をしゃべってるの。何そのユーザー……?」

『うーんと、魔術の呪文の最初らへん、エファランの中で使う通信連絡と、エファランの外で使える魔術で違ってない?』

「……そういえば。そうね」

 

 ビンゴ。やはり、ネットワークが違うのだ。

 この世界を覆う謎のネットワークの上に、エファランの人々が生活で使うネットワークが別に敷かれている。おそらく前者の方が古く、後者の方が新しい。


「……もしかして、呪文を変えれば、連絡魔術が使えるのかしら」

『エファランに帰ってから、実験すると良いよ~』

 

 カケルの想像が正しければ、二つのネットワークを形成するシステムの規格が違うので、全く同じ呪文で魔術は行使できないはずだ。連絡一つ取るのも、大変だろう。

 魔術ソーサリー

 それは、カケルの故郷、星を渡る船団でも最先端の技術であり、船団の中の一部でしか使用できない。

 コマンド一つで、さまざまな魔法のようなことが実行できる代わりに、物質の構築を計算で補うため、これを実現するシステムは最高の処理能力を擁し、ネットワークも最大速度で安定して通信できる必要がある。

 人類の夢の結晶。それが、魔術ソーサリーなのだった。

 黙ってカケルとイヴの会話を聞いていたオルタナが、口を開く。


「おい、アラクサラ」

 

 イヴの家名は、アラクサラだ。

 呼ばれたイブは嫌そうな声で答える。


「何よ、ソレル」

 

 ソレルは、オルタナの家名だ。

 この二人、仲が悪いのかな、とカケルは疑問に思った。


「あいつ、コクーンと言ったか。奴のことについて、何か知ってるか」

「同じ戦士科のあんたの方が詳しいでしょ。闘技大会の学生の部のチャンピオンな癖に」

 

 イヴがそっけなく返す。

 オルタナは学生らしからぬ強さで有名だ。それに加え、抜き身のナイフのような雰囲気に、カケル以外の学生は怖がって近付かない。


雑魚ざこのことなんか、知らねーよ。それよりも、奴がカケルと同じと言っていたのは、何でか知ってるか」

 

 弱い戦士は眼中にないと答えるオルタナ。

 清々しいほど傲慢だが、なぜか彼が言うと反感が沸かない。生きざまが、野性の獣のようだからだろうか。それにしても、コクーンのことは、カケルも気になっていた。背中の会話に、耳を澄ませる。


「カケルと同じ……きっとエファランの外から来たという意味だと思う。彼、北の滅びた都市ガリアの出身よ」

「生き残りか」

「そう。侵略機械アグレッサー生命樹ハオマを枯らされて、外に逃げた人たちは自壊虫ワームにやられたそうよ」

 

 イヴの声のトーンが落ちる。


「私、安全なエファランに生まれて良かったと思ってしまう。エファランの南は炎災厄ファイアディザスターがいるけど、昔の勇敢なエファランの人々のおかげで、弱体化していて今は脅威ではないし」


 この世界には、エファラン以外にも、シャボン玉のような都市国家が、いくつか存在するらしい。しかし、情報規制が敷かれているのか、他の都市の状況は知らされなかった。

 イヴの言うことが本当なら、コクーンと自分は同じどころか、まったく違う。それに、コクーンの故郷を滅ぼしたのは、カケルの故郷の船団だ。


「……もうそろそろ、ネムルートが見えてくるはずだけど」

 

 イヴの呟きに、カケルは前方に注意を向ける。

 だいぶ地上から離れて上昇していたが、竜にも容易く飛び越せない高い山脈が目の前に広がっている。草木の生えていない荒涼とした山頂に、エファランより小さなシャボン玉がある。

 目を凝らすと、そのシャボン玉の虹色の境界は割れ、中から煙が上がっているのが見えた。

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