11 正しい遭難の仕方
頼りない童顔の軍人の名は、ホロウと言った。
まがりなりにも唯一の正規の軍人である彼のもとで、一旦、状況を整理しようということになった。
負傷した竜に乗っていたのは六人。イヴと軍人のホロウ、商会の息子タルタル。制服を着た青年二人に、補欠の竜一人。
補欠の竜はヒューイという名前で、突然の襲撃に動揺し、咄嗟に変身できなかったと弁解した。
「あの状況で、いきなり変身して、他の人を乗せて脱出とか、無理だろ! 僕もエファランを初めて出たんだぞ!」
ヒューイは、カケルより背が高く体格も良いが、神経質そうな顔つきの青年だ。自分を責められても困ると慌てている。
「うん、初めては仕方ないよ。皆、そうさ」
そうホロウはヒューイを慰めたが、一行の視線は竜のカケルの方を向いた。ちなみにカケルはまだ竜の姿のままだ。
カケルは、あの土壇場で飛び降りて竜に変じ、一行を襲った
「いや、比べるのはどうかと思うよ。君、カケルくんだろ。エファランの外で生き延びて保護された竜の少年。アロール隊長が、将来有望だって話してたよ」
雰囲気を察したホロウが、カケルの来歴を紹介してくれる。
いつのまにか、森で獣に育てられた少年的扱いになっている。実際は、わりと坊っちゃん育ちの箱入り息子で、現地サバイバルも短期間だったのだが。
「そうなのか! コクーン、お前と一緒だな」
「俺は竜じゃない」
ヒューイは、隣の男をつついた。
コクーンと呼ばれた男は、波打った長い黒髪をうなじで一まとめにしている。士官志望らしく隙のない制服姿で、腰に短剣を装備していた。
一緒……?
カケルは興味を覚えた。コクーンもこちらを見ている。
脇道に逸れそうなことを察してか、ホロウが学生たちの会話を遮り今後の方針を話し始めた。
「ヒューイくん、君も竜の姿になってくれないか。怪我をしたクリストファーくんは人間の姿に戻って、皆で分かれてカケルくんとヒューイくんに乗れば、ネムルートまで行けると思うんだ」
「ホロウさん、竜の
イヴが冷静に指摘する。
その視線は、翼を貫かれて痛い痛いと呻いている竜のクリストファーと、その背中で大破した
「鞍がないと、複数人で竜に乗ることは不可能です」
カケルとヒューイが竜の姿で飛ぶとして、人間の姿に戻ったクリストファー含め、合計七人。鞍なしの竜に乗るには、人数が多すぎる。
「ここで救助を待った方が良いんじゃないか」
コクーンの発言はもっともに聞こえた。
仮にも一番年上で軍人なのに、指示を否定されたホロウは立つ瀬がない。
「うぅ。でも、待っても救助が来るか」
「なら、無事な竜のどちらかに、助けを呼んできてもらえばいい」
落ち着いて堂々と発言するコクーン。
おろおろしているホロウと、どちらが学生なのか見分けが付かない。
「そ、それもそうか。カケルくんお願いできるかな?」
ホロウのすがるような視線を受け、カケルは戸惑った。
え、俺はイヴを助けに来たんだけど。
イヴを置いて助けを呼びに行けと言ってる?
動揺したカケルは、竜の頭を左右に動かす。
途端に、気配に敏感なオルタナの蹴りが飛んできた。
「ふらふらすんな」
ひどいよー。
「……では、私も彼らと共に、助けを呼びに行きます」
カケルの内心を知ってか知らずか、イヴが声を上げる。
「え?! イヴさんがいないと、めっちゃ心細いんですが?!」
タルタルが悲鳴を上げた。
しかし、ホロウが意外にも賛同する。
「いや、良案かもしれない。イヴさんは魔術師協会の会長の娘だ。彼女の言葉を軍も無下に出来ない。最優先で助けを呼べるだろう」
こうして、竜のカケルにオルタナとイヴが乗って、ネムルートへ向かうことになった。
ところでホロウは方針だけ決めると、また青ざめて「合流に遅れるとか減俸かも。借金が」などと呟いている。
頼りないホロウのおかげで、すっかりリーダーのようになっているコクーンと、イヴが具体的な行動について会話する。
「俺たちは、クリストファーを隠せる場所に移動する」
「クリストファーくんは人間に戻らないの?」
「竜から人に戻るのは簡単だが、そこからすぐにまた竜に変身は出来ないだろう。ここはエファランの中と違って、危険に満ちている。脆弱な人間の体よりは、負傷していても竜の方が良い」
かと言って竜が二頭地面を這っていると目立つので、ヒューイの竜化も温存するようだ。
しかし、寝転がっているクリストファーの巨体を、どうやって動かすのか。
「……はぁっ!」
一行の中でずっと無言だった、熊のような図体の青年が、竜の尻を押した。
おぉ、と見ている皆の感嘆の吐息。
竜の巨体が少しずつ動いている。
「……ハックだ。力だけは、誰にも負けん」
筋肉隆々な青年は、そう言って笑う。
ハックは獣人なのかな、とカケルは思った。オルタナもそうだが、普通より力が強い人間は、大概は獣遺伝子で強化されており、エファランではシンプルに獣人と呼ばれている。見た目の獣要素は薄く、何の獣かは本人申告でないと分からない。
「あ、待って。連れていく前に、魔術で目印を付けさせて」
イヴが呼び止める。
「あなたたちがどこに行っても、必ず迎えに来るから」
目に見えないマークを付け終わると、彼女は腹這いになったカケルの背によじ登る。
この感触。懐かしいな、とカケルは思った。
「……ずっと、何を考えてるのかな、と思ってたけど」
ついで、竜の優れた聴覚が、彼女の涼やかな声音を拾う。
「助けに来てくれたから、今まで無視してくれた分は、一回分だけ許すわ。ねえ、カケルくん?」
『!!!』
やっぱり根に持ってる?!
首筋を撫でられてゾワゾワし、カケルは震え上がった。
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