09 竜の止まり木
白い巨木の根本には、すでに十人以上の若者が集まっていた。東西南北の区域それぞれにある国立学校の生徒たちだ。本日の演習は、四つの区域の生徒が合同で行うことになっている。
生徒たちは、制服を着ている者と、私服の者が混じっている。
制服は、軍に士官する予定の生徒に支給される。それ以外は、一般の生徒だ。カケルは後者である。
集まっている若者たちの表情には、隠せない期待と不安が現れている。
それもそのはず。彼らは、生まれ育ったシャボン玉の、エファランの外に、今日初めて出るのだ。
「よう、カケル! 遅い到着だな! 俺はもう一時間も前からここにいるぜ」
「クリストファーくん。おはよう」
同じ東区の生徒が、カケルを見つけて近寄ってくる。
カケルより頭一つ高い背丈に、筋肉のついた分厚い体で、並ぶとカケルが子供に見える。ここエファランの男子は、筋肉質で背の高い者が多い。
そのむさ苦しい体の上に、快活な笑顔を浮かべる金髪の頭がある。
カケルは絡んでくる彼の腕を避けながら、その顔を見上げた。
「相変わらず、弱そうだな、お前は! 外は、
「どうも」
クリストファーは、自分も初めて外に出るというのに、カケルのことを心配してくれる。
「よう」
「オルト、おはよう」
ふと気づくと、足音も立てず背後にオルタナ・ソレルが立っていた。
彼は兵士になることが決まっているので、モスグリーンの制服を着ている。そして、その上から飛行用の厚いコートを羽織っていた。今日は外に出るので、コートは必ず持ってくるよう言われている。
オルタナに気づいたクリストファーは、威勢のよさがどこへやら、急におどおどとした態度になった。
「や、やあ。オルタナくん」
「目障りだ。消えろ」
オルタナに鋭い視線で睨まれ、クリストファーは「ひっ」と怯えて、どこかへ去っていった。
「外に出るってのに、どいつもこいつも浮かれてんな」
「初めて外に出るらしいから、仕方ないよ」
「ふん。毎年行われる、外部演習の初回は、死者が必ず出ることで有名だ。あいつら、自分だけは特別だとでも思ってるのか」
友人はいつも通り辛辣な口調で指摘する。
カケルは苦笑しながら、他の生徒を見回し、その中で知った顔を見つけた。
陽光を
彼女は一瞬こちらを振り返り、視線が合った途端しかめ面をして、そっぽを向く。
「……嫌われてるのかな」
「阿呆竜」
オルタナが深い溜息を吐いた。
「はいはい、注目。演習に参加する子たちは、こっちに来て並んで」
巨木の根本にある建物から、軍服を着た大人の男性が現れる。
優美な印象の金髪の男だ。
身分が高いらしく、装飾の施された上着の襟もとには、いくつかのバッジが輝いている。
「私は、エファラン国軍の飛空部隊、一番隊隊長、アロール・マクセランだ。今回の演習の護衛を担当する。諸君は未来ある若者だ。一人でも多く生き残り、エファランに貢献してくれることを願っているよ」
アロールの指示で、生徒たちに
科学技術が遅れているエファランだが、妙に技術の進んだ物があったりする。これもその一つだと、カケルは興味深く思う。
「
このエファランに来た時に、カケルが記憶喪失だと言って疑われなかったのは、竜だったからだ。長時間、竜の姿でいて、人間と会話しないと、理性や人間らしい思考を失うらしい。
その他、こまごまとした注意事項の説明の後、いよいよ演習が始まった。
カケルたちは、アロールの先導に従い、白い巨木と一体化するように建っている塔の根本から、
この演習は、竜の生徒の飛行訓練も兼ねている。
他の生徒を乗せて飛ぶのかな、と思っていたカケルだが、発着台となる枝の本数が足りないそうで、今回カケルは竜の姿にならなくても良いそうだ。
クリストファーが竜の姿になり、その背中に
付けないと大勢の人が乗れないのは分かるけど、
「軍属になれば、鞍を付けなくても空を飛べるよ」
「!」
まるで、カケルの思考を見抜いたような一言だった。
「そ、それは戦いに集中するからでしょ。俺は積極的に危険な場所に行きたくないですよ」
カケルが言い返すと、アロールは軽やかに笑った。
「はは。竜は平和主義が多くて困る。軍属志望の竜が少ないから、こうやってスカウトに回っているくらいだ」
「スカウトなら、あのクリストファーくんに声かけてあげてください。彼は勇敢な竜ですよ」
軍属になると、自由が制限される面もある。
カケルは外に
「ああいう夢いっぱいな子ほど、現実を知って気概を無くしてしまうんだよね。だけど、君は違うだろう」
アロールは、意味深に笑ってカケルを見下ろす。
「本当に残念だよ。君がエファランに保護された時、私が面倒を見る予定だったのに、君は学者のソーマ殿を保護者に希望した。私が保護者なら、良い竜に育ててあげたのに」
「……ソーマおじさんは、俺に優しいので」
カケルは少し鳥肌が立ったので、二の腕をさすりながら後退する。
隣でオルタナが牽制するようにアロールを睨んだ。
その視線を受け、アロールは愉快そうに片眉を上げる。
「ソレルの末っ子か。君の周囲には、面白いメンバーが集まっているね」
「?」
「さあ、君の番だ。竜に乗って」
いつの間にか、カケルの順番が来ていた。
別の区の生徒が変身した竜に乗せてもらい、離陸を体験する。
白い巨木の周囲には、例の光の道――おそらく上昇気流――が螺旋のように伸びあがっている。カケルの乗っている竜は、その光の道を逸れて、無駄な羽ばたきを繰り返していた。
「そうじゃない、こっちだ!」
軍の飛行士の指示で、ようやく光の道に乗る。
それを見て、カケルは疑問に思う。
もしかして、自分以外には、あの光の道は見えていないのだろうか。
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