世界のかたち
07 昼寝大好き竜(改稿)
―――それから、五年の歳月が流れた。
竜の姿は何が良いって、風邪をひかないのが良い。
あと真っ裸で外で寝てたって文句を言われない。
河原で寝そべって
カケルはその宝石のような青い鱗を存分に光にあてる。周囲には、同じような目的の竜がごろごろ寝ている。首を伸ばせば水が飲めるので、河原は絶好の昼寝場所だった。
「あ。ここにいた」
ストロベリーブロンドの少女が、寝ている竜を踏み越えて、カケルに駆け寄ってくる。
尻尾を踏まれた他の竜がびくっと震えたが、彼女は気付いていないようだった。
カケルの頭の横あたりにちょこんと座り込み、いつものように鱗を撫でてくる。
「今日ね、飛行準士の試験を受けたの。受かってるかなぁ」
相変わらず、彼女は飛行士に憧れているらしい。
出会った頃から無鉄砲なお転婆娘だった。
彼女、イブは、五年の歳月を経て女性らしい魅力的な容姿に成長していた。腰まで届くストロベリーブロンドの髪に、すらりと引き締まった手足。花のように魅力的な女性だが、例えるなら薔薇は薔薇でも、温室の薔薇ではない、荒野に咲く野薔薇だ。
気の強そうな眉の下には、つぶらな空色の瞳。
生き生きと躍動的に輝いて、真摯にカケルを見つめる。
「ねえ、来週の合同訓練、あなたも出るの?」
イブは、目をつむっているカケルの鼻先を、ぐいぐい押した。
「もう話せるんでしょ。ちょっとくらい話しましょうよ。私ばっかり、話してるじゃない。あなたの声、聞いたことがないわ」
カケルはここに寝に来ているので、彼女とおしゃべりするつもりはない。
かたくなに沈黙を守る。
いつものことなので、イブは文句を言いながら、一方的に話をし、満足したのか帰っていった。
その少し後。
河原に金髪の青年が現れる。
嵐のように剣呑な雰囲気をまとった青年だ。獣の
周囲の竜は、青年におびえて飛び起き、逃げ出した。
しかし、カケルはその場を動かずに昼寝を続ける。
「……おい」
昼寝を続ける。
「おい、起きろってんだよ、阿呆竜!」
金髪の青年は、カケルの脇腹を蹴った。
彼は普通の人間ではなく獣遺伝子で強化されているので、いかに竜でもこれは痛い。
カケルは昼寝を続けていられず、仕方なく身を起こした。
『……もう少し、優しく起こしてくれてもいいんじゃない』
苦情を言うと、青年は鼻で笑った。
「どこに優しく起こす義理がある。面倒くせえ」
『ひどいなぁ、オルトは俺の友達だろ』
「誰が友達だ。勝手にひとの名前を省略すんな。オルタナ・ソレルだ」
金髪の青年は、オルタナ・ソレルという名前だった。
このエファランで暮らすようになってから、親しく話すようになった同世代の男子で、カケルは一方的に友達認定をしている。
「バイトの時間だぞ。着替えろ」
だって、律儀に毎回、時間どおり起こしに来てくれるのだ。
本人がどう言おうと、これを友達と言わずして何を友達と言おうか。
カケルは『もうちょっと寝てたかったなぁ』と嘆きながら、場所を移動した。
人間の姿に戻るためだ。
「ここに来た頃は、竜から人間に戻れるなんて、思ってもみなかったな」
一生、竜の姿かと思っていた。
河原の近くにある空き地で人間に戻ると、周囲に竜の形をした砂の山ができた。砂は風に飛ばされてすぐに消える。
エファランに来てから知ったが、人間の体がそのまま竜に変化している訳ではないらしい。竜の体内に元の人間の体を収納しており、人間に戻る時は竜の体を分解して砂にする。昔の医者が竜を解剖したらしく、図鑑を見た時カケルは夢が壊れた気分になった。
裸を他人に見られないうちに、オルタナが持ってきた衣服を手早く身に着ける。
この五年でカケルも背が伸び、少年が青年と呼べるくらいに成長した。
甘味が好きでよく食べるのに、なかなか太らないので、体格は細い。しかも髭が生えない優男なため、見た目が弱そうで、
少しでも強く見せようと、一人称を「俺」に変更してみた。
「行くぞ」
オルタナと共に、河原から離れ、街の中に移動する。
街の中は、人の喧騒で溢れている。
ここ北区には王族の住む宮殿もあり、市場は活気に満ちていた。
聴力のすぐれたカケルの耳には、いろいろな情報が入ってくる。
「活きのいいオオヤシガニだよ~! 外に狩りに行った飛空部隊から直接仕入れたんだ。安くしとくよ~!」
「南区の農園のバナナだ。今年は甘くて旨いぞ」
「これ? 東区の風穴付近で拾った機械だよ。遺産かどうかは、研究所に鑑定してもらわないと分からないな」
機械? 脇道にそれようとすると、すかさず隣のオルタナが耳をつかんだ。
「逃げるな」
「逃げてないって! 痛いってばオルト!」
そのまま目的地まで引きずっていかれる。
街の大通りに面した一画に、喫茶店があった。このエファランでも珍しい甘味の店だ。
カケルはそこで下働きをしている。
貧乏なので金を稼ぐと共に、
「きゃ~、カケルくんだ~」
女の子がこちらを見て黄色い声を上げたので、にっこり笑って手を振っておいた。
男臭くないカケルの給仕は目の保養らしい。情けないと思っている自分の容姿が、意外なところで役に立っている。
「あれ?」
カケルは、喫茶店の奥のテーブルに、先ほど河原で会ったイブがいるのに気付いた。
彼女はこっちを見ると、頬を赤らめ恥ずかしそうな表情でそっぽを向く。
「……」
会話がしたいなら、今言えばいいのに。昼寝中に会話しないことにしているカケルは、彼女の仕草を疑問に思う。
そういえば、よく喫茶店に来るイブと、会話したことがない。
厨房に入りながら、オルタナは横目でカケルを見て言った。
「お前、あいつの前で人間の姿に戻ったことあるか?」
「なんだよ、いきなり。そんなことあるに決まって……」
なかった。
もしかして、俺がいつもしゃべってる竜だと、認識されてない?
まっさかぁ。まさかだよね。
カケルは、いつも通り、彼女の存在を気にしないことにして、給仕の仕事を始めた。
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