06 秘密を胸に

 こちらに火の球を飛ばしてきた怪物は、もう遠くなっている。

 風に乗ってすぐ飛翔速度が上がったため、危険な場所は脱していた。カケルは翼を広げ、どこまでも上昇していく。

 目の前には、鏡のように景色を反射する、シャボン玉の球面があった。表面が水のまくのように透明で淡く輝いているので、中が見えない。

 近付いてみて分かったのだが、シャボン玉の上部は蓋のように分離している。そして、その隙間から複数の竜が出入りしているのが見えた。


「今見えてるところ、あそこからエファランに入れるよ!」

 

 少女が示したのは、竜の出入り口だ。

 カケルは息を飲む。

 入ってしまえば、出ることは難しそうだ。はたして自分は、受け入れてもらえるのだろうか。

 ええい、ままよ。

 少し悩んだ後、その出入り口に飛び込む。

 人間と会いたい。話がしたい。

 この世界の秘密を解き明かしたい。

 好奇心こそ、カケルを駆り立てる原動力だ。

 

「帰ってきたんだぁ」

 

 少女の感慨に満ちた呟き。道中、泣いたり悲嘆に暮れたりしなかったが、おそらく気を張っていたのだろう。

 一方のカケルは、ホバリングしながら、その都市を見下ろしていた。

 天をく巨大な白い樹木。

 樹木の根元は湖になっている。

 そして湖を囲むように、建物が立ち並ぶ。いくつか背の高い建造物もあるが、樹木から遠ざかるほど建物は背が低くなった。その街並みの中で目立つのは、特徴的なドーム状の屋根だ。タマネギを上に載っけたような建物が、いくつか建っている。カケルはその建築様式デザインを、昔ライブラリで見た街の写真からイスラム風と判断する。シャボン玉は砂漠地帯に囲まれていた。つまり、オアシスの街を守っていたのだ。

 空には自分と同じように竜が舞っており、ちらちらカケルを気にしている気配がした。

 竜は樹木の枝に着地している。竜が着陸できるだけあって、白い木の枝は太く頑丈で、上部分が平らになっており、葉っぱや突起がなく滑らかだった。

 他の竜の着陸の仕方をよく観察してから、カケルは他の竜を真似まねして手近な枝の上に降りた。


「イブ!」

 

 人間の男が転がるように駆け寄ってくる。

 単眼鏡モノクルを掛けた、知的な印象の中年男性だ。


「お父さん」

「この、馬鹿娘が! 探索に人手をいていたんだぞ。いったい、どこに行っていたんだ!」

 

 少女の父親らしい。

 失踪した娘が戻ってきたので、慌てているようだ。


「お父さんが、許可をくれないのが悪いんだから」

「沢山の人に迷惑を掛けたんだぞ。反省の色もないのか!」

 

 大層、立腹している。

 カケルは傍観者に徹しながら「良いなあ」と羨ましく思った。

 一番に駆けつけてくれる父親。

 たくさんの人に探してもらえる、心配してもらえるイブという少女は、とても恵まれている。


「まあまあ、会長。お嬢さんが無事で、良かったじゃありませんか」

 

 枝の上に、別の男が登ってくる。


「急ぎ軍に一報入れましょう。彼らはお嬢さんの事より、侵略者のものと思われる飛行物体の調査をしたいでしょうから」

「侵略者?」

 

 イブがきょとんと聞き返す。

 

「三日前、星の外から飛んできた小さな船が、地表に落ちたんですよ。侵攻機械アグレッサーを載せている可能性があるので、空の上で竜に撃墜させたようです。お嬢さんが巻き込まれなくて、何よりです」


 それ、僕だ。

 カケルは硬直して、ダラダラ冷や汗を流した。

 ここに来て、全て謎が解けた。

 竜が棲むと聞かされていた星には人間がいて、都市国家を築いていた。カケルの生まれた船団は、星の浄化を目指していたから、遠隔操作の機械などを船に載せて星に送り込んでいただろう。その機械は何故か現地の住人に敵視されており、警戒対象になっていた。だから、星に降りる前に竜に撃墜された。


「ところで……この竜は?」

 

 イブの父親と、その部下と思われる男が揃ってこっちを見たので、カケルは内心震え上がった。

 星の外から来たと知られたら、殺されるかもしれない。


「私を助けてくれたの。記憶喪失みたい。外に開拓に出た人たちの子供かも」

 

 イブという少女がさらっと説明してくれる。

 素晴らしい説明だ。

 カケルは思わず、うんうんと頷いた。

 記憶喪失ということにして、保護してもらうのが、一番良い。自分もその説明をつらぬき通そう。


「そうか……娘を助けてくれて、ありがとう」

 

 イブの父親がそう言って頭を下げてきた。少女の説明は、疑われなかったようだ。

 助かったと、カケルは安堵する。

 しかし、頭を下げられても返礼できず、どうすればいいかと、まごまごした。

 その様子を疑問に思ったか、イブの父親は怪訝そうな表情になる。

 しかし、イブが空気を読んだように補足した。


「その竜、話せないみたい」


 またも、ナイスアシストだ。

 イブはまるで、こちらの事情が分かっているかのように、的確にフォローしてくれる。おかげで、世間知らずで話せなくても、疑われることはなさそうだ。

 少女に感謝の視線を送ると、イブはふっと笑って、悪戯っぽくウインクしてくれた。父親は気付いていない。


「なるほど。よほど危険な目にあったのだろうな。可哀想に。生存本能で、竜の姿になっている間に、言葉を忘れたのか」

 

 男たちは、カケルに同情してくれた。


「ようこそ、エファランへ。竜の少年。今から此処ここは、君の故郷となる」


 その言葉に、カケルは複雑な感慨を抱く。

 故郷は星の海に浮かぶ船団だ。

 しかし、もう帰ることはできない。ここで生きていくしかない。

 真実を隠したまま、エファランで暮らしていけるのだろうか。

 しくも、その歓迎の言葉は、カケルの境遇を見透かしたように、胸の痛みを伴って響いたのだった。

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