04 少女と竜

「あなたの名前は?」


 カケルは尻尾で地面に名前を書こうとしたが、尻尾を数度振ってから前脚の方が動かしやすいと気づいた。というか、なぜ尻尾で字が書けると思った。

 しかし、前脚で地面を削る前に、少女は待つのに飽きて次の質問に移っていた。


「あなた、エファランの竜だよね?」


 エファランって、どこ。

 首をかしげた竜に、少女は溜息を吐く。


「遭難して、どこか壊れちゃってるのかしら。機械じゃあるまいし」

 

 事実は当たらずも遠からずだ。

 尻尾をぶんぶん振るカケルを見て、少女は無難な結論を出した。


「うん。つまり、私と同じ、迷子ね」

 

 その通り!


「一緒にエファランに行こうか」

 

 自分がそこに行って、受け入れてもらえるのだろうか。

 カケルは不安に思ったが、どちらにせよ少女の行く末が気になるので、手前までは一緒に行こうと考えていた。

 ここで別れて、この子が途中でさっきのような獣に襲われでもしたら、寝覚めが悪い。

 身をかがめて翼を折り、少女に背中を差し出す。


「乗っていいの?」

 

 むしろ乗ってもらった方が都合がいい。

 カケルの竜の体は大きく、隣で歩く少女をうっかり踏みつぶしかねない。

 少女は戸惑いながら、竜の背によじ登る。

 背中の付け根あたりにぬくもりを感じて、少女がそこに落ち着いたことが分かった。

 少女が呟いた。


「あたたかい……」

 

 その言葉は、カケルの感想でもある。

 空には、穴の開いた月が浮かんでいる。大昔の戦争で、月の資源が使い尽くされ、あげくのはてに遠距離砲撃が当たって穴が開いてしまったらしい。月の歪みも、この星の生態に影響を及ぼしているとか、いないとか。しかし、今はどうでもいい話だ。

 今も昔も変わらない月光が、一人と一匹を優しく包み込む。

 この星に落ちてきて、初めて感じる心地よい沈黙が、カケルを眠りに誘った。




 一人ではなくなった。

 少女はカケルの背で眠った。翌朝一人と一匹は、虹色のシャボン玉目指し、ペタペタ地面を歩きだした。

 

「ねえ、なんで飛ばないの?」


 飛び方が分からないんだよ。

 カケルは心の中だけで返事した。そして、立ち止まって翼を上下させてみる。

 少女は、カケルの翼を小さな手で撫でた。


「翼は傷ついてない。飛べるんじゃない? ねえ、あそこの崖から飛び降りてみようよ!」

 

 えぇ。それ失敗したら、君が木端微塵だよ。

 カケルは困ったが、少女のキラキラした眼差しで見つめられると、試してみてもいいかもと思う。

 ただし、失敗しても着地できそうな、低い崖で試すべきだ。

 手頃な崖を探しながら、再びペタペタ歩き始めたカケルの背で、少女は鼻歌をうたう。

 のんびりとした旅だった。

 少女は携帯食料を持っているらしく、当面、食べ物を探しに行く必要はなさそうだ。カケルは乗り物に徹した。途中で雨に降られて木陰に頭を突っ込んだり、休憩がてら、日向ひなたぼっこして眠くなったり。

 

「ここから砂漠か……」

 

 しかし、のんびりしていられたのは、二日だけだった。

 森と丘が連なる地帯を抜けると、空気が乾いている。

 草木は少なくなって、やがて砂の海が始まった。

 例のシャボン玉まで近くなっているのに、その前には砂漠が待ち構えているとは。


「飛ばないの? 飛べないの?」

 

 少女に聞かれ、カケルはしょぼんと首を垂れる。

 飛べたら砂漠を渡るのは楽だ。

 項垂うなだれた竜の様子に、少女は答えを悟ったらしい。

 拳を握って意気揚々と宣言する。

 

「よし、歩こう」


 歩くのは僕だけどね。

 カケルは、さくさくと砂に足を踏み入れた。

 表面がさらさらの砂の上に、足跡と尻尾を引きずった跡が刻まれる。それは風に吹かれてすぐに元通りになった。

 しばらく砂の上を歩いた。

 

「なんだか雲行きが怪しいわ」

 

 少女が空を見上げて言う。

 風が強くなってきた。

 砂が空中を舞い始め、見通しが効かなくなる。

 

「あの岩陰に隠れよう!」

 

 前方に、垂直な岩の塔が立っている。

 風を避ける場所を探して、カケルは少女と共にその根元へ駆け込んだ。岩の根元には洞窟のような、空洞がある。

 少女が魔導で灯りを付ける。

 すると暗闇の中に、巨大な骸骨の姿が浮かび上がった。


「ひぇっ」

 

 少女が驚いて声を上げる。

 その骨は、人間のものではなかった。

 しかし、犬や猫など獣のものでもなかった。それにしては、あまりにも大きすぎる。頭部は鼻先に向けて尖り、額から角が生えている。あばら骨はアーチのように床から屹立していた。

 竜の骨……?

 カケルは持ち前の勘の良さで、その正体に気付く。同時に、身の危険を感じた。このような巨体を持つ竜が死ぬほどの脅威が、ここにあるということである。

 ここを出た方がいい。

 外の砂嵐の方が、まだマシかもしれない。

 カケルは回れ右をしようとしたが、少女が「待って」と肩を叩いた。


「この竜の骨! もしかするとここに、いなくなったお母さんの手掛かりがあるかもしれない!」

 

 なんだって?

 

「ねえ、この岩の中を調べさせて! お願い!」

 

 背中にいる少女の顔は見えないが、必死に言っていることが伝わってくる。

 カケルは退避しかけた首を戻し、骸骨の虚ろに窪んだ眼窩と視線を合わせた。竜の骨は、カケルにお前はどうする? と問いかけているようだった。

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