03 そして、君と出逢う

 空から落ちてきたのは、一人乗りの飛行機だった。資料でしか見たことのない旧式、大気圏内しか飛行できないやつだ。機械式エンジンを積んでいるらしく、うるさい駆動音がした。

 草むらに不時着した飛行機は、翼が折れて大破した。

 カケルは近くの木陰に隠れ、飛行機を恐る恐る観察する。竜の体は大きいが、それでも首を下げて屈めば、森の中にすっぽり入る。

 さっき、女の子の声が聞こえた気がした。竜の体は、視覚も聴覚も人間より優れているらしい。遠くのものが見えるし、僅かな音の輪郭がはっきり聞こえる。竜の目と耳の性能が良いので、近付かなくてもいいのが幸いだった。カケルは遠くから飛行機の墜落現場を凝視する。

 人間が乗っているのだろうか。

 この星は怪物が棲むばかりだと、大人たちから教わっていた。人間がいるとは聞いていない。


「……やっぱり部品を組み上げただけじゃ、うまくいかないか。直せないかなぁ」

 

 女の子の、鈴を振るような可愛い声がした。

 息を飲んで見守るカケルの前で、大破した飛行機の中から、少女が這い出てくる。

 あれだけ派手に不時着したのに、少女は元気そうな様子だった。

 作業用つなぎ服を着ているのが遠目で見て取れる。

 少女が光の下に立つと、彼女の明るいストロベリーブロンドの髪が輝いた。まるで蜂蜜を溶かして苺ジャムを混ぜたみたいな色と透明感の、綺麗な髪だった。

 少女は残骸になった飛行機の周囲をうろうろしたあげく、がっくり肩を落とした。


「無理そう……歩いてエファランに帰るしかないのかしら」

 

 飛行機を見つめて難しい顔をしていた少女だが、覚悟を決めたように顔を上げた。


「よし。頑張って歩こう!」

 

 いやいや、待って。

 カケルは心の中だけで突っ込んだ。

 こんな未開の大地を子供一人で歩くのは無謀だと、カケルにだって分かる。今カケルは大きな竜の姿だから安全だが、もし人間の子供のままなら途方に暮れていただろう。地面は凸凹でこぼこで岩も転がっており草ぼうぼう、まともに歩けたものじゃない。

 女の子が移動を始めたので、カケルはこっそり後を付ける。

 どこへ行くのか、非常に気になった。




 少女の後を追跡しながら、カケルは彼女と会話したくて思い悩んだ。人間がいないと聞いていた星に、人間がいたのだ。どういうことか、聞いてみたい。

 カケル自身、気付いていなかったが、人恋しさのせいもあった。独りになってから、まだ数日。孤独に慣れるには、短い期間だ。

 しかし、少女に直接話しかけるのは、気がひけた。

 今のカケルは、正体不明の怪物の姿だ。いや、そこそこ格好いい竜か? どちらにせよ、少女に怯えられたり敵視されたりしたらと思うと、足がすくむ。

 したがって、少女を捕捉できる遠方から、こっそり這って付いていくしかなかった。ペタペタ歩きがずるずるになった。そろそろ飛びかたを知りたいところだ。でないと、竜じゃなくてモグラになってしまう。

 カケルと違い、少女はテクテクと思いのほか、順調に移動した。

 野外に慣れているのか、岩を乗り越えたり、草むらを押し退けて進むのも、お手のものだ。それに体力もある。一日ずっと歩き続けても、へっちゃらなようだ。カケルの方が途中で疲れて休憩したりした。

 少女の目指す先には、例のシャボン玉がある。

 あれは、人の住む場所なのか?

 好奇心は尽きない。

 その夜、少女は谷底でキャンプを行った。枯れ木を集めて、「灯火ライト」と言う。すると、何もない空中に小さな火が現れた。カケルは息を飲む。あれは魔導ソーサリーだ。科学の進歩により、限りなく魔法に近くなった、現実を書き換える術式プログラム

 なぜ魔導ソーサリーと判断したかというと、少女の手元に銀色の文字が一瞬流れたからだ。魔導は魔法と違い種も仕掛けもあるので、ネットワークを通してダウンロードされた術式プログラムが可視化される。

 もう少し、近寄って確認したい。

 カケルは谷底に降りようとした。しかし、竜の巨体は隠密行動に向いていない。石を蹴ってしまう。小石が転がる音が、やけに大きく響いた。


「誰?!」

 

 少女が警戒する。

 遅まきながらカケルは身を小さくして、見つからないよう祈った。

 その鼻先を、蝶々がふわっと通りすぎる。夕焼け色の揚羽蝶スワロウテイルだ。

 花の甘い香りが風に乗って広がった。


自壊虫ワーム……!」

 

 少女が緊張した様子で呟く。

 足音がして、向かいの崖の上から、獣が飛び降りてきた。

 着地した途端、獣の足は折れる。

 しかし、その獣は気にした様子もない。

 何の種類の動物だろう。カケルは眼を凝らし、その獣を観察する。四足獣と思われるが、体のあちこちが破損し、毛皮は汚れ傷痕が目立つ。真っ赤な肉が見えているのに、獣は痛覚を持っていないようだ。傷口から腐敗が始まっている。獣の周囲には、蝶々が数匹燐光を撒き散らしながら、ひらひらと飛んでいる。

 獣は、少女に襲いかかろうとしていた。

 危ない!

 カケルは物陰から飛び出した。

 跳躍して、少女の前に降りる。そして、尻尾をふるって獣を弾き飛ばした。

 獣は岩にぶつかって痙攣し、動かなくなる。

 蝶々が獣の周囲から離れ、空に舞い上がって去っていった。


「竜……?」


 少女が呆然とカケルを見上げる。

 しまった。見つかってしまった。

 カケルはじりじり後退りし、少女から離れようとした。


「待って!」

 

 少女が呼び止める。


「命の恩人に、お礼くらいさせてくれない?」

 

 逃げようとしていたカケルは、その声に立ち止まり、恐る恐る、少女を振り返る。

 こちらを真っ直ぐ見つめる少女の瞳は、カケルの大好きな晴空ブルースカイの色をしていた。

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