記憶の欠片 escape
『本当のことを話しなさい。』
救いの手を選ぶか、また逃げるか。
今の私はまるで、誰かが手を差し伸べてくれるのを手のついていない腕を伸ばして待っているようだ。
お母さんは勇気を出して私の背中を押してくれた。
ここから先へ踏み出すのには私の勇気が必要だ。
ここで私が踏み出せば事態は悪化せずに済むかもしれない。
けど、私には見えてしまう。
色々なものを失っている未来が…。
怖い。このままでいたらどんどん失っていくのはわかっている。
でも絶対に失うとわかっている方を選ぶのは怖いんだ。
ガタ!
「うあっ。」
気づいたら車内で寝ていたらしい。
車の振動で目を覚ますと、そこは病院の駐車場だった。
どこかで見覚えがある場所だな。
そう思いながら重い頭を起こして車を降りる。
「えっ。」
病院の方を見ると、そこは優馬の入院していた病院だった。
確かに、ここら辺で有名な病院といったらここだしな。わたしも初めて受診するわけじゃないし。
私は母の一歩後ろを歩きながら病院の中へ進んで行った。
『精神科』
そう書かれた病室が羅列し、それと並行して椅子が並んでいる。
そこで待っている人は少なくない。
この中には本当に劣悪な環境によって心を病んでしまった人、大切な人を失ったショックで生きる理由を見失い、でも本能のまま生きようとここまで足を運んだ人だっているのだろう。
私は、、
私は奪うだけ奪って、裏切るだけ裏切って、後戻りができなくなった悪党だ。被害者面をして来ているが、本来なら人を病ませる立場なのだ。
私は自分の悪徳さを再認識する。
そして罪悪感を背負ったまま椅子に座り、順番を待った。
軽くなるのは腰だけで、最も重い部分は少しも軽くならない。
予約しているとはいえ、呼ばれるのには時間がかかる。病院あるあるだ。
飲み物を飲みたい気持ちが山々だが、そろそろ呼ばれるだろうという期待が私の足を止める。
「よし。」
私は期待を押し切り足を動かした。
「ちょっと飲み物買ってくる。」
親に一声かけて椅子から腰を上げる。
見える位置に自動販売機があったので、そこを目指して歩いて行った。
前に立つと、そこにあったリンゴジュースが無性に飲みたくなり、ボタンを押す。
ゴトッという音を鳴らしてボトルが落ちてきた。
歩いて母の元へ向かっている途中に、私を呼ぶ声が聞こえた。
「鈴木さーん!」
「はーい!私です!」
私は小走りで診察室の前まで走る。
座っている人たちの視線がチクチク刺さるのが心地悪かった。
診察室に入ると、思っていたより優しそうな先生が座っていた。
私が立ち尽くしていると、座るように促す。
よし、あとはシュミレーション通り。
「よろしくお願いします。」
あれ?なんかシュミレーションと違うような。
後ろを振り向くと、母が一緒に診察室に入ってきていた。
これは想定外だ。どこかでサバ読めば絶対口を挟んでくる。
どうするべきなのだ。
「じゃあまず生活習慣はどんな感じですか?」
先生が話し始めた。
「えーーっと、寝る時間はちょっと安定しませんが、睡眠は取ってます。ただ食事が、食べ物が喉を通ろうとしない感じでしばらくまともに食べれていません。」
「なるほど。」
そうして先生はパソコンに私の情報を打ち込む。カタカタというタイピング音が静寂を埋めた。
「では。」
先生は椅子に座り直してこちらに体を向けた。
「なにか、きっかけになるような嫌なことなどございますか?」
勇気を出して救いの手を握るか、怖がって振り払うか。
いや怖い。怖いよ。
なんで、、私以外はこんな思いしていないはずなのに。なんで私だけこんな思いしなきゃいけないの?ねぇ。
なんで彼は飛び降りちゃうの。
なんで私は、こんなにも、現実逃避しちゃうの。
なんで私は、全部人のせいにしちゃうのかな。
私は悪い女だ。
この報いは、受けるべきなのだろう。
こんなところで救いの手を求めちゃだめなのだろう。
そう思うと、思ったより口はスムーズに動いた。
「特にありません。本当に何も無いんです。」
先生は少しきょとんとした表情をした。
「で、では精神科に来た理由は、、」
「嘘よ…。」
口を開いたのは母だった。
「絶対、何も無いわけないじゃない!」
お母さん。
「ここ最近ずっと元気はないし、だらだら帰ってきたと思ったら夕ご飯食べずに2階に上がっちゃうし、そのあとご近所さんはあなたが大声で笑いながら帰ってたって噂話しているのよ!」
お母さん…!
「この前だっていきなり出かけたと思ったら次の日の朝まで帰ってこなかったじゃないの!」
「それは…!友達の家に泊まってただけだよ!」
『お母さん、助けて!』
逃げる自分と、救いの手を求める自分が心の中で葛藤する。
「あなたは絶対何かあるわよ。絶対何か大切なことを隠してる!」
「なんでお母さんがそんなことわかるの!?」
『助けてよ、お願い!』
「あなたの母親何年やってると思ってるのよ!」
そう言われると、私も何も反論できなくなった。
「ほら、話しなさい!何かあるんでしょ!!早く!」
嫌、怖い。嫌だよ!!
「もうやめてよ!お母さん!!」
『お願い助けて!お母さん!!』
私はぼやけた視界で、涙を必死に抑えながら訴える。
でも、必死のあまり私は絶対に言ってはいけないことを言ってしまった。
「もう!嫌だ!!お母さんなんていなければよかったのに!!」
そう言った瞬間、病院全体が静かになったような、時間が止まった感じがした。
お母さんも呆然と私を見て立ち尽くしている。
私は、最後の救いを捨ててしまったんだな、と自覚した。
その場で泣き崩れた母のもとに病院の先生がすぐに駆けつけ、別室に案内される。
私は一旦診察室の外へと誘導された。
記憶の欠片 ゆるる @yururu___ranovechan
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