第13話 ガーランド王子との対談

 ガーランド兄様の案内で通されたのは、砦に用意された彼の部屋だった。


 指揮所としての役割でも兼ねているのか、机の上には大量の書類や地図が広げられ、魔王軍の配置を示す悪魔のコマがいくつも置かれている。


 そんな場所に、私やミーミア、ついでにコルスも通してくれた兄様は、部屋の惨状に苦笑を浮かべた。


「散らかっていてすまないね。寝室は別にあるんだが、そちらは使っていないんだ。後で案内するから、レトメアはそちらで休むといいよ」


「ありがとうございます。ただ……そのお話だと、ガーランド兄様は寝ていないのですか?」


 ガーランド兄様は、武勇という意味ではあまり秀でていない。この砦に来たのも、あくまで前線の兵達を鼓舞するだけの意味合いのはずだ。


 そんな兄様が、寝室を使わず整理整頓も出来ないほど忙しいとなると、私の想像より状況は悪いのかもしれない。


「仮眠は取っているとも。だが、熟睡するには……状況がそれを許してくれなくてね。困ったものだよ」


 言葉通り、本当に困った表情で兄様は言う。


 一応、私もコマが置かれた地図を見てみたんだけど……正直、何がそんなに悪い状況なのか、よく分からない。


 それを察したのか、兄様は苦笑と共に説明してくれた。


「敵の動きが妙に小さいんだ。ほんの違和感のようなものなんだけど、どうにも気になって仕方ない。……いつもなら、この規模で魔物が集まっていれば、もう少し小競り合いくらいはありそうなものなんだが……」


「なるほど……」


 起こるはずの戦いが起こらないから、何か理由があるはずだって調査してるけど、それが分からないってことか。


「砦の人間は、長く対峙していればこういう時期もあると大して気にも留めていないんだ。お陰で僕の意見を聞いてくれる者もいないし、調査もなかなか進まなくてね」


 困ったものだよ、と肩を竦める。


 軍事的な話はよく分からないけど、兄様が思ったよりも戦地では自由が利かなくて困っているってことは分かった。


「おっと、すまない。君にこんな話をしても仕方ないね、さあ、長旅にトラブルまで重なって疲れただろう、寝室へ案内しよう」


 そう言って、ガーランド兄様は部屋を出ようとする。


 ……試されてるな、と私は思った。


「待ってください、ガーランド兄様」


 ガーランド兄様は頭が良いし、余計な話なんてしない人だったはず。


 そんな兄様が、わざわざ私に現状を話してくれたのは、その必要があると考えたから。


 その理由は、きっと……。


「人手がなくて困っているのでしたら、私を使うつもりはありませんか?」


 私が、言葉の裏を読める程度の頭があるかどうか、確かめるため。


 “砦の人間を自由に使えない”から、“自由に出来るコマになるつもりはないか?”って。


「……レトメアを?」


 まるで本気で驚いているかのように、兄様が目を丸くしている。


 役者だな、と思いながら、私は言葉を重ねた。


「私は元々、お母様のように戦場に立つためにこの砦に来ました。でも、どうやら砦の方には歓迎されていないようですので……兄様の手足となってこの力を役立てられるなら、それ以上の喜びはありません」


「……役に立つのかい? 君が」


「猫の手よりはマシだと思いますよ? 少なくとも、死なせたところで誰も困らないという点を考慮すれば、猫より扱いやすいんじゃないでしょうか」


「レトメア様、何を仰ってるんですか!?」


 王族同士の話し合いだからか、これまでずっと黙っていたミーミアが、無礼を承知で声を荒げた。


 それを手で制した私は、兄様と真っ直ぐ目を合わせる。


「近衛騎士団長から、純粋な剣技だけでも戦場で役に立つと太鼓判を押されています。魔法も無制限に使えば、そこらの騎士にだって負けません」


「騎士より上とは大きく出たね、しかも近衛騎士団長のお墨付きか……面白い」


 私の宣言に、ガーランド兄様はくすりと笑う。


 馬鹿にしているというよりは、本当に可笑しくて仕方ないという笑みに、今度は私の毒気が抜かれたようか気がした。


「……僕は第一王子だ、無闇に命を危険に晒すわけには行かない立場にある」


「存じております」


「僕が感じた違和感というのも、絶対に何かがあると決まったわけではない。悪戯に死ぬリスクを犯した挙句、徒労に終わる可能性の方が高いだろう。それでも、僕の手足となってくれるか?」


「もちろんです。それに、徒労に終わることなんて有り得ませんよ」


「……どうしてそう思う?」


「未来を知っているから、と言ったら、信じますか?」


 私がそう言うと、ガーランド兄様も、ミーミアも、ずっと我関せずを貫いていたコルスも息を呑んだ気配がした。


 ピリッと張り詰めた空気を緩めるように、私は微笑む。


「冗談ですよ。でも、兄様のために全力を尽くすと誓います」


「……分かった。やって欲しい内容を纏めておくから、今日のところは休むといいよ」


「ありがとうございます」


 話を終えて、私達は兄様の案内で寝室へ向かう。


 さて……言うべきことは全部言った。

 最重要人物の兄様にも会えて、運良く仕事も貰えたし、上々の滑り出しと言えるはず。


 後は、与えられた役割をこなしながら、兄様が死ぬ運命を破壊するだけ。


 そう考えながら、私は歩き出した。

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