第12話 砦到着

 適当に生かした暗殺者に、砦までの道を案内させる。


 私を殺そうとした敵にそれを要求するのは、リスクが大きい気もしないではないけど……戦闘の最中に腰を抜かして動けなくなる程度には、まだ裏社会で生きていく覚悟も固まっていない新米(?)だ。


 腐っても王女の名で保護すると言ったら泣いて喜んでいたし、ひとまず案内するまでは信用してもいいだろう。


 万が一裏切られても、こいつ一人くらいなら瞬殺出来るしね。


 まあ、強いて問題を挙げるなら、案内役が敵の暗殺者っていうことよりも、むしろ……御者がいないせいで馬車を動かせず、徒歩で移動することになってしまったことだろうか。


 お陰で、数日中には着くはずだった旅程が、それはもう伸びまくった。


 一週間後、何とか砦が見えるところまでやって来た私達……というより、ミーミアは、それはもう盛大にやり遂げた表情で歓喜の雄叫びを上げていた。


 うん……苦労かけてごめんなさい。


「で、俺は本当に“通りすがりの傭兵”で通すつもりなんですかね? お姫サマ」


「そうよ、文句ある?」


 そして、一週間も一緒に行動していれば、多少は情も湧くというか、気軽に喋れる仲になるようで。


 ただ一人生き残った暗殺者は、砦を目前に最終確認とばかりに話し掛けて来た。


「いや、文句なんてないですよ。前の主は人使いの荒い御仁だったから、殺されないように手を回してくれるってだけでありがたい、お礼に靴の裏だって舐めますよ」


「私に権力なんて皆無だから、出来るのは私の名前で正式に雇ってあげるくらいだけどね。あと、汚いから舐めなくていいわ」


 裏切った暗殺者なんて、それこそ真っ先に暗殺される対象だ。


 それでも、私が堂々と側近として囲ってしまえば、在野に下るよりは殺しにくくなるはずだ。


 もちろん偽名を使って貰うし、当分は暗殺者らしい密偵の仕事も振るつもりもない、先行投資みたいな引き込みだけど。


「それでいいですよ。何となく、今のうちに姫サマに付いておけば、美味しい汁を吸えそうな気がしますからね」


「……まあ、期待して待ってなさい」


 自信ありげな暗殺者……コルスに、私は適当に返す。


 私の目的はお母様に気兼ねなく会えるようになることだから、こいつが考えているほどの大出世をするつもりなんてないんだけど、まあ夢を持たせておいた方がいいでしょう。


「しかし、話には聞いていましたけど、本当に嫌われ者なんですね、姫サマ。砦にはもう情報が行ってるはずなのに、結局ここまで迎えの馬車一つ寄越さないなんて」


「ちょっとコルスさん! レトメア様の前なんですよ、もう少し言い方を考えてください!」


 一応、私に対して敬語を使おうとしているコルスだけど、根本的には無礼な若造って感じの男で、時々こうして失言をかます。


 まあ、私にとっては今更過ぎて、大して気にすることでもないんだけど。


「ミーミア、別にいいから。もしかしたら、砦で何かあったのかもしれないし」


 そう、ガーランド兄様はこの時期に起きた魔王軍の襲撃によって、命を落とすはず。


 それがいつのことなのか、正確な時期は覚えていないけれど……予定外の“事故”で遅れちゃったし、或いは既に何かが起きていても不思議じゃない。


「急ぎましょう」


 二人にそう告げて、私は先を急ぐように歩を進めるのだった。






「ムーンライト王国第二王女、レトメア・デア・ムーンライトよ。先触れの通り、前線への援軍として馳せ参じたわ。現在の指揮官である、ガーランド・デア・ムーンライトへの目通りをお願いする」


 何とか無事に砦まで辿り着いた私は、見張りの門番二人に対して告げる。


 けれど、門番達の反応は鈍い。


「王子殿下もお忙しい方なのでね、そう急に言われても、準備というものがあります」


「なら、砦の中に部屋くらいあるでしょう、そこで待たせて頂戴」


「そちらの準備も、残念ながらまだなのですよ。何せ、こちらは王宮と違い、常に命の危険と隣り合わせの戦いをしているので」


 温室育ちのお姫様を接待する余裕なんてないと、遠回しに嫌味を言ってくる門番の二人。


 それに対して、当たり前のようにミーミアがキレそうになっていたので、今回は私が先に皮肉を返すことにした。


「そう、それは大変ね。私が来ることが決まったのが先月のこと、そこから旅の途中でも事故に遭って予定が遅れ、これだけの時間が経っているのに、部屋一つ準備する暇もないなんて。さぞ連日激しい戦いが行われていたんでしょうね」


「……何が言いたいのですか?」


「いえ? そんなにお忙しく戦い続けながらも、身に纏う鎧に傷一つ付けることさえ許さないなんて、お二人はさぞ高名な武人なのであろうと思っただけです。お名前を伺ってもよろしいかしら?」


「「っ……!?」」


 よっぽど腕が立つから、傷一つ付けられることなく戦えるんだろう……と言いつつ、そんなわけないことは明らかだ。


 鎧を与えられる騎士の一員でありながら、戦場にも立たせて貰えずこうして砦の警備員として日々を消化する。周りが武功を挙げる中、自分達だけ置いていかれてさぞストレスが溜まってるんでしょうね。


 だからって、その不満をぶつけられるサンドバッグになってやるつもりはないわ。


「……何の騒ぎだ?」


 一触即発の空気が漂い、さてここからどうしようと困っていた時。歳若い少年の声が辺りに響く。


 歳若いと言っても、今の私よりはずっと歳上だ。確か今年、十五歳になるはず。


 少し小柄に見える細い体付きは、武力とは無縁そうなか弱さを感じさせる一方で、その目付きには王族らしい貫禄と力強さが宿っている。


 この国の第一王子、ガーランド・デア・ムーンライト……私の、腹違いの兄がそこにいた。


「殿下!? なぜここに!?」


「妹がトラブルを乗り越えてようやく砦に到着したんだ、兄として出迎えることがそんなにおかしいか?」


「い、いえ、そんなことは……しかし……」


「それと、部屋がないのだったな。それならこちらで何とかする。諸君らは引き続き警備を頼む」


「しょ、承知しました!!」


 あんなにやる気のなさそうだった門番二人が、ガーランド兄様の登場で一気に背筋がピンと伸びた。


 これが本当の王族か、とどこか他人事のように考える私に、兄様はほんの僅かに微笑み……すぐに表情を引き締めて、踵を返した。


「ついてくるといい。僕が案内しよう」

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