第11話 移動中の襲撃
お母様から遠征の許可が降りた私は、王国東部にある対魔王軍最前線の砦へと馬車で向かった。
許可と言っても、それを認可するのはお母様一人の権限じゃ無理なんだけど……今回に限っては、普段私を蛇蝎の如く嫌ってる連中が背中を押して、お母様が止める立場だったから、実質お母様の裁量で決まったようなものだ。
ただ、お母様の意思で決められたのは、私が砦に行くことだけ。
私の護衛や付き添いに関しては、私の“敵”ともいえる連中が好き放題選んでる。
「はてさて、どんな命令を受けているのやら……」
「どうしました? レトメア様」
「なんでもないわ、ミーミア」
それでも、ミーミアを連れて来られたのは僥倖だった。
私が全力で魔法を使ったら、すぐに血が足りなくなるだろうし。
もしミーミアがいなくて、戦場の只中で吸血衝動の襲われでもしたら……本当に化け物になってしまうところだ。
「あ、もしかして……さっき護衛の騎士に言われたことを気にしてらっしゃるんですか?」
「え? あー……」
私の独り言を自分なりに解釈したミーミアは、心配そうな眼差しを向けてくる。
騎士から言われた言葉というのは、出発直前、初めて顔を合わせた彼らが、開口一番に放ってきた暴言のこと。
……化け物に護衛なんて必要なんですか? と。
厳密には、私に直接言ったわけじゃなく、わざと聞こえるように騎士同士が会話してただけなんだけど……その言葉で、私よりもミーミアの方が怒り出して大変だった。
その時は私が宥めて事なきを得たんだけど、ミーミアの怒りはまだ収まっていなかったらしい。子供らしく頬を膨らませている。
「あんなの、いちいち気にしてたら身が持たないわよ。逆の立場なら、私だってそう思うかもしれないし」
「ダメです、ちゃんと気にしてください!」
罵声も嫌悪も、単なる日常の一コマだ。
そう告げる私に、ミーミアは真っ向から反論した。
あまりの剣幕にびっくりしていると、ミーミアは私の体を正面から抱き締める。
「レトメア様はまだ八歳なんですよ? 何も悪いことなんてしていないんですよ? むしろ、私の家族を助けてくれた、とっても素敵な方です! それなのに、あんな風に言われるのが当然みたいな顔をして、諦めないでください!」
「…………」
確かに“今回”は、まだ何も悪いことはしていない。
でも私は、一歩間違えばお母様をこの手で殺し、ミーミアのことも襲ってしまうような化け物だって意識は、簡単になくならないの。
何も言えずに黙り込む私を、ミーミアは優しく撫でてくれた。
「レトメア様がもう諦めてしまっているのだとしても、私は絶対諦めませんから。レトメア様がどんなに素晴らしい人なのか、私がみんなに知らしめてみせます!」
「ふふっ……ありがとう、ミーミア。期待してるわね」
私だって、お母様に会うために、自分の立場向上を目指してるんだ。ミーミアの言う通り、周囲への期待が無さすぎるのも良くない。
そう結論づけた私に、ミーミアは微笑んだ。
……こんな風に、笑いかけてくれる人がいる。
それだけのことが、こんなに嬉しいって気付く事が出来ただけで、“二度目”を生きた甲斐があった。
「それから……もう少しだけ、こうしてて貰ってもいい?」
「もちろんですよ、レトメア様の気の済むまで、いつでも私の胸は空けておきます」
幸いというか、私と馬車を同乗してすぐ傍で守ろうなんて殊勝な働き者は一人もいなかったので、ここでいくらミーミアに甘えようが、外にいる騎士達にバレることはない。
そんな安心感から、私は遠慮なくミーミアに体を預け、やがて意識が微睡みの中に沈んでいった。
「……様、レトメア様、起きてください!」
「んぅ……? ミーミア、どうしたの……?」
いつの間にかすっかり眠ってしまっていた私は、ミーミアの慌てる声に揺すり起こされた。
何事かと体を起こすと……いつの間にか、馬車は見知らぬ森の中に放置されている。
「先程、騎士の方が道を間違えたらしい、と言い出して……確認のために様子を見てくると、どんどん人がいなくなり……」
「それで、気付いた時には誰もいなくなっていたと」
「……はい。面目ありません」
「気にしないで、私も油断していたから」
連中が仕掛けて来るとすれば、砦に着いた後、魔王軍との交戦の最中だと思っていた。
でも、よく考えれば移動中の“事故”だってよくある話なんだし、こっちも警戒しておくべきだったわね。
「あの、これってもしかして……私達、置き去りにされたんでしょうか……?」
「まあ……そのまさかでしょうね。巻き込んでごめんなさい、ミーミア」
「そ、そんな、レトメア様のせいじゃありませんよ!!」
ミーミアは、下級貴族の娘だ。権力者からすれば、死のうが生きようがどうでもいいって判断になるのも、理解出来なくはない。
納得なんて、到底出来ないけど。
「ありがとう。お礼ついででなんだけど、ちょっとだけ馬車でじっとしてて。多分、すぐに“迎え”が来ると思うから」
「迎え……?」
「ええ。……地獄への、ね」
そう呟きながら馬車を降りると、木々の合間から次々と人影が現れた。
全身黒ずくめの格好は見るからに暗殺者だけれど、構えた得物はやけに粗末な錆びた剣。
これからあなた達を盗賊の仕業に見せ掛けて殺しますと、これ以上ないくらい分かりやすく教えてくれている。
「レトメア様、に、逃げてください!! 私が、少しでも時間を、か、稼ぎますから……!!」
震えた声で、震えた足で、転びそうになりながら降りてきたミーミアが、私を守ろうと必死に両手を広げている。
ああ、もう……どうしてこの子は、私なんかのために、ここまでしてくれるのか。
ここまでされたら、私もそれに応えるしかなくなっちゃうじゃない。
「大丈夫よ、ミーミアは下がって。こいつらがいれば、帰り道くらいは分かるはずだから」
「え……?」
どういう意味ですか? と困惑するミーミアを制し、私が前に出る。
化け物という忌み名が効いているのか、少しばかり警戒した様子の彼らに、私は告げた。
「死にたくない奴は手を挙げなさい。そいつだけ、砦への案内役に生かしておいてあげる」
「レ、レトメア様!?」
この状況で挑発なんてすると思っていなかったのか、ミーミアがぎょっと目を剥いた。
そんな可愛らしい反応をするミーミアを余所に、私は自らの手首を爪の先で傷付ける。
「立候補者はゼロか。じゃあ仕方ないから、そこのあなたでいいわ。それ以外は……死になさい」
軽く手を振ると同時に、手首から流れ出た私の血が薄い刃となり、周囲を薙ぎ払った。
それは、空中に赤い一閃を引くと同時に、目の前にいる暗殺者達を、そして……伏兵が潜んでいる可能性がある周囲の木々もまた、全て上下に切断する。
一瞬の出来事に、暗殺者達は誰一人、何の反応も出来ないまま命を落とした。
……私はともかく、ミーミアまで殺そうとしていた奴らだ。いくらなんでも、私に許せる範囲をとっくに逸脱してるし、状況から見ても立派な正当防衛だろう。
でも、それでも。
「人を殺すのは……やっぱり、気分の良いものじゃないわね……」
ただ一人、私の力を見て腰を抜かした暗殺者の男を残し、血の海に沈んだ死体の山を見て。
私は、胸に感じる痛みから目を逸らすかのように、顔を俯かせて……そんな私を、ミーミアが後ろから抱き締めた。
ポロポロと、涙を溢しながら。
「ごめんなさい、レトメア様……私が、不甲斐ないせいで、こんなことをさせてしまって……」
「…………」
仕方ないことだとは言っても、目の前でこんな風にあっさりと人を殺したんだから、少しは怖がられると思っていた。
それなのに、ミーミアは怖がるどころか、さっきと変わらず私を抱き締めてくれた。
そのことが嬉しくて、嬉しくて……思わず泣きそうになったけど、今はそんな場合じゃないとぐっと堪え、ただ一人生かした暗殺者に声をかける。
「さあ……ムーンライト王国第二王女、レトメア・デア・ムーンライトの名において命じます。死にたくなければ、私達を東部の砦まで案内しなさい」
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